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怪盗ムーラン・ルージュ
#ブラッド・ムーン・パラドックス編(60分)

 

 

 

≪役表≫
〇藤崎 武(ふじさき たける):
〇藤崎 乃吾(ふじさき のあ):
〇藤崎 志のぶ(ふじさき しのぶ):

〇ダリア・梨世(りぜ)・鳴海(なるみ):
〇妃貴 優凪(きさき ゆうな):

〇鳴海 風助(なるみ ふうすけ):

〇シヴァ・皇(すめらぎ)・ビノッシュ:

〇N(ナレーション):

 

≪兼役推奨≫

〇イヴ:
〇加賀美 雛(かがみ ひな):
〇加賀美 肇(かがみ はじめ):

〇佐伯 林瑠(さえき しげる):
〇山南 紫(やまなみ ゆかり):
〇不知火 みこと(しらぬい みこと):
〇警官A・E・I:
〇警官B・F:
〇警官C・G:
〇警官D・H:

〇機械音:
〇アナウンサー:

〇フランシス・葵(あおい)・ヴェルヌ:
〇毬緒(まりお)・ド・ヌーヴ:
〇オリヴィエ・マルティネス:


【劇中劇内】(兼役 武・皇以外)
〇名人:
〇兄:
〇弟:
〇神様:

 

 

_________________________________

≪配役例≫4:3:2
武尊/警官D・H♂:
乃吾/フランシス/林瑠/警官B・F♂:
志のぶ/毬緒/警官C・G♂♀:

風助/肇/名人/機械音/アナウンサー♂:

ダリア/みこと/弟♀:
雛/紫/神様♀:

優凪/イヴ/兄♀:

シヴァ/オリヴィエ/警官A・E・I♂:

N(ナレーション)♂♀:

_________________________________

 

 

 

【1】

N   海の近くに位置する帝国芸術大学附属、高等部絵画科、日本画専攻のクラスの一室。
    コンクールに出展する志のぶの日本画を雛とダリアはじっと静かに眺めている。


雛   …。


志のぶ (そわそわしている)…。


ダリア ……(沈黙に耐え切れず)ぷっ。


N   明らかに挙動不審な志のぶの様子にダリアは思わず吹き出す。
 

志のぶ 笑ってんじゃねーよ。
 

ダリア あははは、だって、しぃ…ひどい顔。あはははははは。


志のぶ 大体なんでお前がこんな所に来てんだよ!


ダリア なによ、姉妹校は交流自由なんだからいいじゃない?

    雛ちゃんにメールもらってここに来たんだもん、悪い?


志のぶ 悪っ…くはねぇけど。暇ならさっさと帰って勉強してろよな。


ダリア Pardon (パードゥン)?誰に言ってるの?しぃと一緒にしないで。※は?
 

志のぶ ぐっ……お前、最近乃吾にぃに似てきたよな…
 

ダリア そぉ?
 

志のぶ (ぼそっと)小姑2号め……


ダリア あ、もしもし、のんくーん?しぃってば失礼なんだよー?ダリアたちのこと小姑って言うのー。
 

志のぶ (かき消すように)わーわーわー、もしもし乃吾にぃ?誤解だから誤解っ!!あ……れ?


ダリア ぷっ、ホントちょろいなぁ、しぃってば。
 

志のぶ ダリア、おまえなぁ、マジでどこで覚えてくるんだよ。最近言葉のチョイスが色々と変だぞ。 


ダリア なにそれ?だいたい、騙されるしぃが悪いんだよ? 


志のぶ あーくそ…マジでムカつく。


雛   …。


ダリア 雛ちゃん?どしたの?さっきから黙ってるけど。


志のぶ おいコラ、話はまだ終わってねーんだからな!
 

ダリア しぃ、煩い、黙って。


志のぶ な…なんだよぉ、もぉ。


雛   夜空に光る、2つの赤い月……この赤の濃淡がとっても綺麗ね。
 

ダリア 2つの“紅い”月……ね。
 

雛   どうして月が2つなの?


志のぶ 母さんが子供のころ話してくれた民話をモチーフにしたんだ。この前たまたま武尊にぃから聞いて思い

    出した。


雛   民話…?


皇   儚い兄弟の物語だよ、ねぇ、志のぶ君?


志のぶ わぁっ!


N  背後から突然声をかけられた志のぶは、びくりと飛び上がる。


志のぶ びっくりした…皇(すめらぎ)先生、急に入って来ないでくれよ。


皇   ふふ、びっくりした?


志のぶ そりゃびっくりするよ。


N   “皇先生”と呼ばれた男は、悪戯気に笑うと志のぶの肩に手を回す。


皇   そういう君の顔を見るのがいつも楽しみだよ。


志のぶ ちょっ、その手どけろよ。


皇   あれ?こうすると日本の女性は喜ぶって聞いたんだけどな。


志のぶ どういう知識の詰め込み方してるんだよバカ。


雛   志のぶってば、皇先生にまでからかわれてるのね。


志のぶ うるせーよ。あ…ダリア、この人は俺の日本画を見てくれてる皇先生。


ダリア はじめまして。


雛   皇先生は元々帝都芸大の講師をしてくれてるんだけどね、このコンクールの間だけ付属高校の優秀な生

    徒の絵を見てるの。
 

皇   君が噂の可愛い従姉妹君だね。志のぶ君から話はよく聞いているよ、シヴァ・皇・ビノッシュです。よ

    ろしく。
 

ダリア シ…ヴァ?
 

皇   難しい名前だろう?私はいろんな国の混血でね、祖父が日本人とフランス人のハーフでミドルネームは

    代々“皇”を名乗っているんだ。
    良ければ君も皇と呼んでくれるかな?


ダリア はい、わかりました。
 

雛   ねぇ先生、そういえばさっき言っていた民話って?


皇   あぁ、それは―――


志のぶ (さえぎるように)なぁ!それより雛ちゃん、これどう思う?
 

雛   え?
 

志のぶ この絵!…どう思う?


雛   すっごくいいと思う。儚くて切なくて、吸い込まれそう。
 

志のぶ そっか、ありがと。じゃ…じゃあさ、俺これもう少し仕上げたいから…。


雛   (微笑)うん、じゃあダリア、約束してたカフェ行こうか。
 

ダリア oui(ウィ)♪楽しみにしてたの♪


雛   あ、よかったら皇先生も一緒にどうですか?


皇   私も?


雛   お忙しかったですか?


皇   いえ、ご一緒しようかな、ダリア君がよければ。


ダリア 大歓迎♪


皇   ありがとう。


雛   じゃあね、志のぶ、武尊ちゃんによろしく。


志のぶ え?あ…あぁ…


ダリア (意地悪そうに笑う)ふふ。


志のぶ なんだよ…。


ダリア ううん♪じゃあね、しぃ、“武尊ちゃんによろしく”。


志のぶ さっさと帰れ。


ダリア あはは、はーい♪


志のぶ (大きくため息をつき)…ったく。


N   教室に一人残った志のぶはいつかの夜に思いを馳せる―――


武尊  ん?…ああ、志のぶか。


志のぶ あれ、飲んでるの?


武尊  眠れなくてな…


志のぶ …。


武尊  どうした、ぼーっとして、お前も眠れない?


志のぶ あ…うん。


武尊  こっち座れよ。
 

志のぶ ああ。


武尊  よし、いい子いい子。


志のぶ …やめろよ、子供じゃないんだから。


武尊  嫌じゃねーくせに。


志のぶ う、うるさい。


武尊  (微笑)なぁ、志のぶ?眠れないなら…お話してやる。


志のぶ え?


N   グラスの氷を傾けて、武尊が話し始めるのを志のぶは静かに聞いた。

 

 

 

 

N   教室を後にした3人は海沿いのカフェで紅茶を飲みながら談笑している。

雛   さっきの志のぶちょっと変だったよね。あの民話の事、聞いちゃダメだった?


ダリア そんなことないでしょ。照れただけよ。


雛   (微笑)ならいいんだけど。そう言えばあの民話、皇先生ご存知なんですよね?


皇   うん、知ってるよ。


雛   どんな話なんですか?


皇   そうだね…物語はこんな風に始まる。


武尊  昔々、婆娑羅山(ばさらやま)という山に、大蛇(オロチ)が住んでいた。


皇   大蛇は人も、馬も、牛も、一口で呑み込んでしまう蛇の怪物だ。
 

武尊  山にうっすらと霧がかかると…決まってふもとの村を襲う。 
    その時、不思議なことに赤い月がふたつ昇るんだ。だから月がふたつ見えると… 


皇   「おそろしや。大蛇がくるぞ。」と村人は震え上がって、家にとじこもる。
    そんなある日、村にひとりの弓の名人があらわれた。
    大蛇の噂を聞いてやってきたんだ。
 

名人  なに、赤い月がふたつ?おおかた、目くらましじゃろうて。


武尊  名人は太い腕をさすって笑った。


名人  安心するがよい。わしが退治してやろう。


皇   早速、山の向かいにある大岩の影にひそむ名人。大蛇が出て来るのを、じっと待ち構える。


武尊  あたりは山鳥の声ひとつ聞こえない。
    やがて夜になり、霧が立ち込め始めた。


皇   すると、黒い左手の木立から一つ…黒い右手の木立からまた一つ…赤い光が昇ってきた。


名人  なるほど、赤い月がふたつ。 


武尊  見ていると、体がしびれ、気が遠くなっていくようだ。 
    ずる、ずる…と、霧の中、不気味な音が近づいてくる。


皇   名人は頭を振り、岩陰から飛び出した怪しい気配に向けて、矢を打ち込む。
 

武尊  しかし、体はますますしびれてくる。もう動けない。目の前には真っ赤な大きな口…。


名人  うおおおお!
 

武尊  名人は大蛇に…


皇   呑み込まれてしまった。


雛   なに…怖い話なの?


ダリア んーちょっと違うかな。


皇   この話には続きがある。…弓の名人にはふたりの幼い兄弟がいた。
 

武尊  ふたりは風のたよりで、長兄の最期を知った。弟が泣く。

    
弟   くやしい。兄さんがやられるなんて。


武尊  兄も泣く。
    
兄   きっと、かたきをうとう。


皇   ふたりは、その日からひたすらに弓の稽古に励んだ。
    一年経つと兎や、鹿や、熊も仕留められるようになった。
    それを捧げて、兄弟は山の神様に祈る。
 

兄   どうか、かたきをうたせてください。


弟   どうか、かたきをうたせてください。


武尊  二年経つと、飛ぶ鳥も仕留められるようになった。
    それを捧げて、兄弟は山の神様に祈る。 


兄   どうか、かたきをうたせてください。


弟   どうか、かたきをうたせてください。


皇   三年経つと、矢は岩をも通すようになった。
    岩の頂きに祭って山の神様に祈る。
 

兄   明日、かたきを討ちにまいります。


弟   どうかお守りください。


武尊  その夜、兄弟は同じ夢を見た。岩の上に神様が座っている。


神様  おまえたちに力を授けてやろう。さあ、目を閉じなさい。


皇   言われたとおり、目を閉じると、神様はふたりの瞼をそっと撫でた。
 

神様  これでおまえたちは。目を閉じていても見たいものを見ることができる。
  

武尊  翌朝、ふたりは大蛇のいる婆娑羅山へ向かった。 
    村人たちは引き止めるが、ふたりの決心は変わらない。 
    かつて兄が隠れた同じ大岩に身をひそめて、大蛇を待ち構えた。 


皇   やがて、あたりを霧が隠していった。 
    そうしてどこからか、生臭い風が吹いてきたかと思うと、 
    黒い右の木立の上に、一つ。 
    黒い左の木立の上にまた一つ。 
    赤い光が昇って来る。


弟   あれが、ふたつの赤い月…


武尊  見ていると、体が痺れてくる。
 

兄   いけない、あの月を見てはいけない。
 

弟   うん…兄さんも、あれを見て動けなくなったんだ。
 

皇   ふたりは、しっかり目を閉じた。
    ああ、でも見える。
    赤いふたつの月は、らんらんと光る大蛇の目玉だった。 


武尊  目玉は地面を舐めるように、ゆっくり上下しながら、恐ろしく長い体を引きずって近づいてくる。  


兄   俺は右の目をねらおう。  


弟   僕は左の目をねらおう。 


皇   大蛇は、もう目の前。
    ふたりは力いっぱい弓を引き絞り矢を放った。
 

武尊  途端に、紅いふたつの光は狂ったように乱れ飛んだ。 
    辺りの木はなぎ倒れ、崖はくずれ、山鳴りが轟く。 
    大蛇は、大岩に身を打ちつけながらのたうち回った。
  

皇   七日七晩が経ち、ふもとの村まで揺さぶっていた山鳴りはようやくおさまり、ゆるゆると霧が晴れ、村

    人たちは、おそるおそる山へ向かった。 
    すると岩の間に兄弟がしっかりと抱き合ったまま挟まれているのを見つけ、村人たちは慌てて二人を助

    け出した。

   
武尊  少し離れた所には見たことのない大きな沼が出来ていて、沼は紅く濁り、不気味な泡が湧き上がってい

    たそうだ。  
    

皇   それからというもの、ふたつの赤い月を見た者も、大蛇を見た者もいない。
    兄と弟は、村にとどまり、村人たちに慕われ、いつまでも幸せに暮らしましたとさ。


ダリア ふたつの紅い月…健気な兄弟のお話。


雛   ……


ダリア かよわくて、幼い兄弟が兄の仇討ちのために努力して強くなり、そして目的を果たす。
    しぃがどうしてこの民話をテーマに選んだかはわからないけど…


雛   本当に?


ダリア え?


雛   (小声)みんな秘密ばっかりね…


皇   加賀美先生?


雛   あ、いえ!なんでもないんです。紅茶冷めちゃったね、温かいのもらう?


ダリア ううん、大丈夫。
 

雛   そっか、あー…なんかお腹空いちゃったなぁ、ケーキでも頼もうかな。皇先生は甘いの大丈夫ですか?


皇   ああ、甘いものは大好きだよ。


ダリア ……


N   日もすっかり暮れ、星がきらめく夜道を3人は歩いている。


雛   あー、もう外真っ暗だぁ、ごめんね?こんな時間まで付き合わせて。


ダリア ううん、久しぶりに話せて嬉しかったよ。
 

雛   あたしも。先生もありがとうございました。
 

皇   こちらこそ、ふたりのお邪魔にはならなかったかな?


雛   全然、ねえダリア?


ダリア うん、楽しかった♪


肇   雛?


雛   あれ?おじいちゃん!!どうしたのこんな所で…


ダリア ?


肇   そこのビルで仕事の話をな、そちらは?


雛   なに言ってるの、昔から知ってるでしょ?ダリアちゃん。風助さんの娘さんだよ。


ダリア お久しぶり♪肇おじーちゃん。
 

肇   おう、そうかそうか、綺麗になっていてわからなか……!?(動揺する肇)


ダリア え?


雛   おじいちゃん?


肇   いや…君のお母さんにもよく似ているが、千鶴さんにも似ているなと思ってね。驚いたよ。


ダリア ひいおばあちゃんの事、知ってるの?


肇   ああ、私の妻も姉のように慕っていた。


雛   へー、そうなんだ。


肇   雛も私の妻の若いころに似ていてね、そうしていると、まるで…妻と千鶴さんが―――


皇   加賀美先生、お祖父様を私にもご紹介いただけるかな?


雛   あ、皇先生、こちら祖父です。おじいちゃん、こちら同僚の皇先生。
    

肇   っ、…いつも孫がお世話になっております…あー…すまないが、急いでいるので今日はここで失礼するよ、

    雛…ダリア君、気をつけて帰りなさい。
 

雛   え、おじいちゃん…。


皇   ……。


雛   ごめんなさい、先生。
  

皇   (柔らかく微笑んで)いや、かまわないよ。


ダリア じゃあ、わたしこっちだから。


雛   うん、またね、ダリア。(帰っていくダリアを見送って)…本当にみんな秘密ばっかり。
 

皇   秘密は人の性(さが)だからね。どこかのジャーナリストが言っていたんだ、確か…そう、秘密は武器で

    あり、友である。
     人間は神の秘密であり、力は人間の秘密であり、性(サガ)は女の秘密である。 
  

雛   ……。

 

皇   納得のいかない顔をしているね。

 

雛   なんだかもやもやしちゃって。

 

皇   良ければ話を聞くよ?

 

雛   皇先生、この後まだ時間ありますか?
  

皇   (微笑)ああ、いくらでも。

 

 

【2】


武尊  いらっしゃいませ。


雛   こんばんわ。


武尊  雛、いらしゃい。


雛   あれ?志のぶ?


志のぶ よぉ。


武尊  眠れないんだってさ、もうすぐ帰すから今夜は見逃してやって。


雛   そう、まあそんな日もあるわよね。


武尊  今日はひとりか?


雛   ううん、外で一本電話かけてくるって…あ、来た来た。


武尊  いらっしゃいませ。


皇   こんばんは。


志のぶ あれ、皇先生?武尊にぃ、この前言ってた俺の絵を見てくれてる先生。なんで雛ちゃんと?


雛   今夜は飲みたい気分だったから付き合ってもらってるの。ここ3件目。


皇   ああ、加賀美先生がこんなにお酒が強いとは意外だったよ。志のぶ君、こんばんは。 


志のぶ ういっす。


武尊  いつも志のぶがお世話になっております。兄の武尊です。


皇   皇です。まさかこんな形で名乗ることになるとは。


武尊  (微笑)ですね。


志のぶ え?


雛   どういうこと?


皇   実はよく来るんだ、このお店。


武尊  いつもありがとうございます。今日は何にされますか?雛、おまえも何にするか決めたか?


雛   武尊ちゃんのおすすめがいいな。


武尊  オーケー、甘いの?


雛   うん、甘いの。


武尊  皇さんはいつものに?


皇   覚えていてくださったんですね。ええ、では…


武尊  インペリアル・フィズ。砂糖は控えめに。


皇   (微笑)ええ、それを。


武尊  かしこまりました。


N   武尊はシェーカーにソーダ以外の酒を入れ、素早くシェイクする。
    クラッシュアイスが入ったグラスに注ぎ。上からソーダで満たし軽くステアし、皇の前に置く。


武尊  お待たせしました、インペリアル・フィズです。
 

皇   ありがとう。
 

武尊  おまえにはこれ。


雛   わぁ、ありがとう。


武尊  本当はノンアルコールカクテルのレシピなんだけど、オレンジジュースの代わりにコアントローを使っ

    てるからゆっくり飲めよ?


雛   色も綺麗だし……うん、甘くて美味しい。
 

武尊  そう、よかった。じゃあ、ごゆっくり。


N   軽く会釈をすると、武尊はカウンターにいる他の客の接客へ向かう。


皇   シンデレラか…ふふ、なるほど。


雛   え?


皇   そのカクテルの名前だよ。今夜は12時までにお姫さまをお届けしろという彼のメッセージかな。

    愛されてるね、加賀美先生。


雛   な……。お…おひめ…さま。


志のぶ 相変わらず、恥ずかしい兄貴。


皇   ああ、そういえば志のぶ君、今描いている君の絵のモチーフになった“民話”だけど、どうしてあれを題材

    にしようと決めたんだい?


志のぶ …武尊にぃから聞いた時、ちょうどテーマをどうしようか悩んでて…うまく言えないけど、これかなって

    …それだけ。
 

皇   そう。


志のぶ 俺、そろそろ帰るよ。


雛   え?もう帰るの?


志のぶ うん、おやすみ。


雛   気をつけてね。


皇   (微笑)…逃げたね。


雛   …うん。


皇   人間っていうのはどうしてそんなに血のつながりや絆に固執するんだろう。


雛   ……わかりません。


皇   君も色々…気になっているんじゃないのかな?


雛   このままでいいのか、正直悩んでます。

    志のぶも、乃吾も、武尊ちゃんも、あの日から変わってしまって…いつの間にか距離ができた。


皇   淋しいのかい?


雛   どうなんだろう。ただ、私には理解できなくて…


皇   藤崎武尊…彼は君に多大な影響を与えているようだね。

    恋心を抱くのは悪くない、けれど盲目なってはいけないね。
    …君に彼の全てを理解することなど不可能だよ。彼らと君“たち”は違う。


雛   ……。


皇   なんてね、同僚としてこんな事を言うのは不適切かな?


雛   いえ。


皇   加賀美先生…君のすべきことを忘れてはいけないよ?


N   皇の優しく、けれどどこか冷え切った声が雛の頭に浸透していくのを感じた。

 

 

 

 


N   ――夜明け前、静かに自宅の扉を開けリビングに入ってくる武尊を、志のぶが迎える。


志のぶ …おかえり。


武尊  あれ?起きてたのか。


志のぶ うん。


武尊  眠れないのか?


志のぶ …うん。


武尊  そっか…。


志のぶ 武尊にぃ、脚の調子どうなの?


武尊  ああ、プロテクターの違和感にも慣れてきたよ。


志のぶ そう…。


武尊  あ、そうだ…お前、今描いてる絵さ?あの話をモチーフにしたのか?


志のぶ ああ、あの二人から聞いたのか…うん、そうだけど?


武尊  なんで?


志のぶ なんでって?


武尊  お前、あの話聞いた時、興味なさそうだったからさ。


志のぶ ……。


武尊  志のぶ?


志のぶ 一人で全部背負わせねぇから。


武尊  何言って…
 

志のぶ (被せ気味で)いつもあの話思い出すんだろ?禍々しい紅い月の夜は特に。


武尊  そう…だな。


志のぶ なぁ、なんでいつも紅い月の夜だったんだ?俺たちが盗みに入る日は必ず…。


武尊  …たまたまだよ。
 

志のぶ (ため息)そうやってすぐはぐらかす……あの日もそうだったよな。


武尊  あの日?


志のぶ 母さんが俺たちの家を燃やした日。


武尊  ……。
 

志のぶ 父さんの葬式の日もそうだった…。


武尊  そうだったか?


志のぶ ホント、大人って嫌だ。都合の悪いことは全部そうやってはぐらかして。
    ふざけんなよ…あの紅い月に何の意味があるんだよ…。


武尊  そうだな、おまえに色々させといて…悪かったよ。

    あの民話は母さんから聞いたんだ。一度目は俺が10歳の時、エヴァンヌさんが死んだあの日。
    俺は紅い月が怖くなった。

    二度目は放火事件の前日、あの夜…俺は母さんがどうしてそんな話をするのかわからなかった。
    紅い月は誓いと…戒めだ。


志のぶ 誓いと戒め…?


武尊  なぁ、志のぶ、知ってるか?

    月食が進んで月が欠けた部分の割合が大きくなってくると、本影に近い所から月の色が次第に赤くなって

    くるんだ。
    そして皆既月食を迎える頃になると、独特の紅色に染まる。


志のぶ だからあの予告状を皆既月食の日にぶつけたんだろ?


武尊  ああ…太陽は毛織の荒布(あらめ)のように黒くなり。

    月は紅(くれない)に染められ。

    天の星は麗しく美しい女神の微笑みを連れ去り、我が手に堕とす。


志のぶ これで全部が終わる。


武尊  そうだな…これで終わりだ。もう寝ろよ、明日も学校だろ?


志のぶ うん…おやすみ。


武尊  おやすみ。


N   誰もいなくなった部屋のソファに腰を下ろすと、武尊はブランデーをグラスに注ぐ。
    それを一口含むと左脚のプロテクターを触った。

    あの手術以降、痛みは全くない。
    頭の縫い目も驚くほど違和感がない。
    『手術は成功した』と毬緒も言っていた。だからこそ…


武尊  これで終わりには“ならない”…ごめんな、志のぶ。


N   そう呟いて、彼はグラスのブランデーをあおった。

 

 

【3】


N   無機質な白い部屋に手術台があり武尊はその上で横になっている。
    手術着を纏った毬緒が彼を見下ろしながら、フランス語で数人のスタッフに指示を出した。
    『医療用語は聞き取れないな』と薄れゆく意識の中で武尊は思った。

    脳裏に先ほどの会話が反芻される。
    

フラン 武尊、君が相手にしようとしている組織は≪特殊な移植手術≫を受けた者たちで構成されている。


武尊  特殊な移植手術?


フラン ああ、世界的に危険視されている組織だ。
 

毬緒  詳細は後程データをお見せします。組織の名は≪バイラヴァ≫。
    …彼らは外部に比べ、数十年進んだ高度な科学技術を持っています。

    さらに科学的な移植研究を進め、脳や身体を開発することで特殊能力者を作り出している。


フラン 組織の構成員は裏で金銭やプログラムソフトの取引、≪新薬≫の開発などを行っていてね。
    僕たちの曾祖父ジャンが所属していた組織はバイラヴァの前身なんだ。
 

武尊  お前たちもアシュヴィンを追っているのか?


フラン 武尊、忘れたのかい?

    君にアシュヴィンの事を教え、情報を常に君たちに流していたのは誰だったのかを。
 

武尊  (微笑)なるほど、俺はおまえの手の上で踊らされてたってわけか。


フラン 利用するつもりが無かったと言えば嘘になるね。

    でも君にとっても悪い状況では無かったはずだ。お互いの目的は同じなのだから。


武尊  ファニー…お前たちは一体何者なんだ?


フラン 彼らバイラヴァに対抗し、組織の壊滅を目的とする。これが僕の職務。
 

毬緒  フランス国家警察、対テロ組織特別諜報部員“Cirque du Obscurite(シルク ドゥ オプスキュリテ)。


武尊  やっぱりしがない公務員だって言ってたのは…


フラン 武尊、何度も言わせないでくれ。

    嘘じゃないさ、僕は列記とした国家公務員だよ。


武尊  …。


フラン まあ、君が混乱するのも無理もないが話を先に進めよう…毬緒。


毬緒  ええ。まず我々にバイラヴァのような移植技術はありません。
    しかし、一般的な科学技術の水準を遙かに超えたモノを様々に保有しています。


フラン そして、脳の稼働率をあげた肉体で兵器を使いこなすことができれば、僕たちは彼らを追い詰めること

    が可能だ。


武尊  …この手術、俺が最初の被験者なのか。


フラン 成功率が合格ラインに達してからはそうだね。


武尊  なるほど。


毬緒  怖くなりましたか?


武尊  まさか?昂(たかぶ)るよ。


毬緒  あなたたち、実はよく似ているんですね。二人そろってクレイジーだ。


武尊  こいつと一緒にするなよ…


N   と、うわ言のように呟いて武尊は眩し気に目を瞬(しばた)かせた。


オリヴ はぁい。目が覚めた?ラッキーセブン。


N   目覚めた武尊の前に、体中に不思議な入れ墨を入れた男が笑顔を向けている。
    男の瞳はブルーとゴールドブラウンのオッドアイで、真っ白な短髪は艶づやと輝いていた。
    鍛え上げられた肉体が洋服の上からでもわかる。男はどこかへと電話をかけた。


オリヴ お目覚めよ。…わかったわ、自己紹介は済ませておく。


武尊  …。


オリヴ もうすぐファニーたちが来るわ。

    状態も安定してるみたいだし、手術はひとまず成功したみたいね。

    痛みはない?


武尊  痛みは…ない。


オリヴ よかった。


武尊  あなたは…?


オリヴ あたしはオリヴィエ・マルティネス。ファニーたちの同僚。

    …そしてあなたの先輩。


武尊  先輩?


オリヴ 藤崎武尊、7人目の被験者“ラッキーセヴン”あたしは最初の被験者。

    そしてあなたも含めこの手術が成功したのは3人だけ。


武尊  …。


オリヴ 死にたくなかったら、先輩の言う事はよく聞いて?それの使い方を教えるわ。

 

N   オリヴィエのオッドアイの奥が微かに光った気がした。

 

 

【4】


N   帝国美術館は厳重な警戒態勢をとっていた。

    窓の向こうには上空で監視するヘリが数台、階下には大勢の警官たちも見える。
    館内に設置された大きなモニターにはニュース映像と監視カメラ映像が映っており、風助たち二課の面

    々と優凪はそれぞれ険しい面持ちで見つめていた。


アナ  次のニュースです。

    今夜は天文ファンお待ちかね。

    かねてから発表されていたように、全国各地で皆既月食を見ることができます。 
    国立天文台によると、皆既月食の初めから終わりまでを日本中で観察することができるという好条件は、   

    約11年振りとのことです。   
    


優凪  これとムーラン・ルージュとどういった関係が?


林瑠  月食が進んで、月が欠けた割合が大きくなってくると、本影に近い側から月の色が次第に赤(あこ)う

    なってくるんです。
    そして、皆既月食を迎える頃になると、独特の美しい紅(あか)に染まります。


優凪  それで? 


林瑠  奴らは今まで赤い月夜に現れ、そして今回もご丁寧に、鳴海警部宛に予告状を出してきた。 


紫   太陽は毛織の荒布のように黒くなり。

    月は紅(くれない)に染められ。

    天の星は麗しく美しい女神の微笑みを連れ去り、我が手に堕とす。 


優凪  それが予告状?何の事だかわからないわ。 


みこと これはヨハネの黙示録を引用し、改変したものだと考えられます。

    “太陽は毛織の荒布のように黒くなり、月は紅(くれない)に染められ”…
    これは11年ぶり皆既月食が起こる今夜の事。 


紫   そして月が赤くなるのは皆既中の23:05。

    ですので彼らは必ずこの時を狙ってくるかと。 


優凪  なるほど、だから今日はこんなに警備が強化されているんですね。 


林瑠  ええ、今夜が山場や思とります。 


風助  館長、警備の配置についてですが…


優凪  お任せします。 


みこと え? 


優凪  今夜が大切な夜なら、素人の私が口を出す領域ではないでしょう?

    他の美術品に傷を付けない事、これさえ守って頂ければ結構です。 


みこと …。 


紫   そうですか、では我々にお任せください 


優凪  ええ、私はこれで。何かあればご連絡ください。 


N   そう言うと優凪はその場を後にした。その後ろ姿を複雑そうに見つめるみこと。


みこと ……。


紫   なに、ぼーっとしてんの? 


みこと ……。


紫   ちっ(豪快な舌打ち)…不知火!!? 


ナレ  反応しない事に苛立った紫の豪快な回し蹴りが、彼の背中に直撃する。


みこと いっっっだ!!!! 


紫   なに無視してんのよ!?あんたばか!?


みこと 何も蹴ることないじゃないですかあ。


林瑠  こらこら、手加減したりや。 


紫   すみません…で、なんなのよ。 


みこと いや、なんか、変だなと思って… 


紫   だから何が? 


みこと 妃貴館長ですよ……今まであんなに細かく警備に指示を出していたのに。 


風助  (思考をを巡らせハッとしたように)……紫、妃貴館長の動向見張ってろ。 


紫   ? 


風助  念のためだ。 


紫   了解しました。 


風助  それと、館長には内密で例の作戦を実行する、林瑠そっちはお前に任せる。 


林瑠  はい、不知火行くで。 


みこと はい。 


N   一人になった風助は懐から黒い封筒を出し、中に入っているカードを確認する。


志のぶ 太陽は毛織の荒布のように黒くなり。

    月は紅(くれない)に染められ。

    天の星は麗しく美しい女神の微笑みを連れ去り、我が手に堕とす。
    これがあなたに送る最後の手紙です。

    終宴をお互い楽しみましょう?
    あなたの……怪盗ムーラン・ルージュより。 


風助  ……ムーラン・ルージュ、今夜こそお前を逃がさない…絶対に。 


N   ――数時間後。

    時計の秒針の音が響く美術館内のホールに、二課の面々と優凪がじっとその時を待っている。
    別の場所で待機している風助から無線で連絡が入る。


風助  紫、館長の様子はどうだ。


紫   はい、一度宝石の確認の為にセキュリティ内に入りました。

    自分も同行しましたが、特に怪しい様子は何も。 


風助  そうか。


紫   彼女、本当に心配症ですよね。一日に何度も宝石の確認なんて。 


みこと ですが、その彼女が最終の警備について何も言わないのは、おかしいと思います。 


風助  ああ。紫、彼女から目を離すな。


紫   はい。


林瑠  警部、そろそろ時間です。 


風助  全員配置につけ、油断するなよ。


N   一方、ムーラン・ルージュの指令室。

    美術館の監視カメラを傍受した映像を観ながら、武尊は過去に思いを馳せていた。


イヴ  武尊、もうすぐ時間です。


武尊  ああ。


イヴ  どうしました?


武尊  イヴ、おまえは夢を見たことあるか?


イヴ  …いいえ、わたしにはその機能はついていません。


武尊  そうだよな…。


イヴ  悪夢でも?


武尊  悪夢なのか…今となってはわからない。
    毎晩必ずあの日の夢を見るんだ…。

    「志のぶのサッカーの試合を観に行こう。あいつがおまえの事チームメイトに自慢したいらしい」って。
    そう笑って、父さんが俺を連れ出す。

    夢の中の父さんは柔らかく笑ってて「志のぶは本当におまえの事が大好きなんだな」って。
    「なんだよそれ」って父さんに言い返そうと思った瞬間、強い衝撃に意識が飛んだ。

    少しして目を開けたら視界がぐるぐる回って、体にかかる重力もおかしくて。


イヴ  事故の時の夢を?


武尊  ああ…目の前には燃え盛る炎が一面に広がってて…。

    父さんのお気に入りの黒のスポーツクーペが燃えてた。
    血だらけになってる父さんを助ける事が出来なくて…ただ見てる事しか出来なかった。
    …血の滲んだ口元が何かを伝えようと動いている。あれ…なんて言ったんだろう。


イヴ  本当はわかっているのでは?


武尊  …おまえ、そういう事言うから“AIっぽくない”ってあいつらに言われるんだぞ。


イヴ  光栄です。続きがあるなら手短に。時間がありません。


武尊  (微笑)可愛くないやつ。

    …答えるために手を伸ばそうとしても、体が言うことをきかない。
    片脚がひどく痛む。

    血まみれで…肉か骨なのかわからないものが左脚から飛び出していた。
    恐怖と痛みに耐えきれず悲痛が口からもれるのと同時に車は爆発した。

    父さんと一緒に…。

イヴ  …。


武尊  でもまだ夢は続くんだ…。

    燃え盛る炎の後ろに俺たちの家が見えてくる。
    俺は何が何だかわからなくて、ただ茫然としていた。

    炎の向こうに母さんが見える。
    涙を浮かべてこっちを見て、何かを呟いている。

    轟音にかき消されて聞こえない。
    口元を読もうと目をこらしたら『ごめん、許して』って。
    俺の左脚はあの事故以来、炎を怖がって…大きな火を見ると脚が竦むんだ。
    だから、母さんを追いかけることもできなかった。


イヴ  炎は激しさを増す。紅蓮の月の下で。
    寧々が行ってしまう。安吾(あんご)のように。


武尊  イ…ヴ?


イヴ  あなたの叫び声を、寧々はちゃんと聞いていましたよ。


武尊  何を言っているんだ?俺がおかしいのか…?


イヴ  答えはもうわかっているはず。安心して、大脳に埋め込まれたチップは正常に機能しています。


武尊  どうしてそれを…。


イヴ  それも時機にわかります。


武尊  …。


イヴ  武尊、懺悔の為の夢はもう見ないで。


武尊  イヴ、おまえ…


乃吾  兄さん?


武尊  っ……


イヴ  また後で。ゆっくり話しましょう、この音声は他には聞こえていません。


武尊  ああ…。


ダリア どしたの?もうすぐ時間だよー?ずっと呼んでたのに。


武尊  そうか。


志のぶ ぼけっとしてんじゃねーぞ、おっさん。


武尊  (苦笑)悪い。ダリア、発電所の方は?


ダリア いつでも。
 

武尊  志のぶ、退路の確保は?


志のぶ 任せろよ。
 

乃吾  兄さん。


イヴ  時間です。


武尊  …ショウタイムだ。


N   武尊の合図と共に美術館内で無数の光と破裂音が飛び交う。


紫   なに!? 


みこと わぁっ、眩しいっ! 


林瑠  くっ…… 


警官A っつ……こちらA班、突然光が!


林瑠  落ち着け、慌てず視界を慣らすんや! 


警官B げほっげほっ、なんだこの煙!! 


林瑠  吸い込むな! 


みこと げほっげほっ、目が痛いです佐伯警部補、この煙、催涙効果が、げほっげほっ 


警官C わぁぁぁぁぁぁ


紫   今度は何?! 


警官D こちらD班、何者かに襲われ……うっ 


林瑠  どうなっとるんや。 


紫   こんな大掛かりな犯行初めてですよ、怪盗ムーラン・ルージュって組織的な窃盗団だったんですか?! 


林瑠  そんな情報はあがってきとらん。 


みこと はぁ、はぁ……あ…れ?山南大先輩様!


紫   はぁ?!こんな時にふざけてんじゃないっわよ、馬鹿不知火っ!


N   頬をつねり上げられるみこと。


みこと (ほっぺをつねられながら)いひゃっい!ふ、ふざけてなんか、ないですってっ! 


紫   どの口が言ってんの?あぁ?! 


みこと す、すみません!でもあの、館長が…居ません!!


林瑠  紫、追え、保管庫や!


紫   ちっ、あのクソアマっ!


林瑠  俺たちも行くで!全班、動けるもんは保管庫へ急げ!! 


みこと はい! 


N   ホールとは打って変わって静かな保管庫の前に優凪は佇んでいる。


優凪  無人の保管庫…ね、ちょっとわかりやすすぎやしねーか? 


乃吾  十分に注意してください。


N   無線機から乃吾の声が聞こえる。


優凪  わーってるよ。


ダリア なんかその声で言われると…


乃吾  複雑ですよね、武尊兄さん?


武尊  お前らな…イヴ、如貴優凪の様子は?


イヴ  ホテルでぐっすりと。


ダリア あーあ、ダリアもおにーちゃんのハニートラップ見たかったなあ。甘々だったんでしょ?


武尊  乃吾、おまえ…


乃吾  いえ、俺じゃありませんよ。


ダリア ファニーから聞いた♪ネックレスのデータ取れた後も妃貴館長にべったりだったから「武尊ってばもし

    かして彼女に本気なのかな?」って心配してたよ。


武尊  ばか、それは今夜の決行前日に呼び出して監禁しておくために…


優凪  武尊くん今夜はわたしと一緒に… 


武尊  さっさと仕事しろ。


優凪  はいはい。 


N   優凪…もとい彼女に変装した志のぶは、保管庫のキーパッドに暗証番号を入力する。


機械音 暗証番号ヲ確認シマシタ、開錠シマス。 


N   応答音と共に扉が開く。


優凪  お次は網膜パターン認証……っと。 


機械音 網膜パターン……一致シマセン。 


優凪  なっ!? 


機械音 網膜パターン一致シマセン、網膜パターン一致シマセン、網膜パターン一致シマセン…


優凪  え?なんで……昼間はいけたのに… 


ダリア すぐ対応する。


N   ダリアは素早くキーボードを叩く。


ダリア やってくれるわね、やっぱり気づいてるんだ向こうも。 


乃吾  大丈夫ですかダリア?


ダリア (怖いくらい綺麗な微笑みを浮かべて)ちょっと黙ってて、のん君?


乃吾  …はい。


優凪  ぶっあはは。 


乃吾  黙りなさい。


優凪  はーい、くくく。 


機械音 網膜パターン一致シマセン、網膜パターン一致シマセン、網膜パターン一致シマセン…


N   激しくキーボードを叩くダリアの口元には次第に笑みが浮かぶ。

    モニターに爛々とした彼女の瞳が映ったその時…


ダリア 舐めないでよね。 


機械音 …開錠シマス。 


N   応答音と共に扉が開いた。


ダリア 急いで、しぃ。 


優凪  了解。 


N   ハイヒールの音を響かせ保管庫の中へと入る。

    中央にはライトに照らされたガラスケース。中にはブルーダイヤモンドが輝いていた。


優凪  さて…と。 


紫   そこまでよ!!! 


ナレ  宝石に手をかけようとした志のぶに銃口が向けられる。


優凪  ちっ…(軽く舌打ちするが悠然と微笑んで)あら、山南刑事、どうされたの?

    そんな危ないものを向けるなんてやめてくださらない? 


紫   妃貴館長、いえ…怪盗ムーラン・ルージュ、お前を逮捕する!


優凪  私がムーラン・ルージュ…ご冗談はやめていただけるかしら、私は宝石が心配でここに来たの。
    開錠だって私しかできないのはご存知でしょう?


紫   それは…


林瑠  網膜認証。それがエラーになったあと外部からの操作によってこじ開けられとる。 


優凪  っ… 


みこと いつも警備の支持を細かくする妃貴館長が、今日に限って≪僕たちに任せる』と言う。

    こんな大切な日に。…すぐにおかしいと思いました。 


林瑠  せやから、君が昼にこの保管庫に来た時の網膜データを解析させてもろた。
    残念やったなあ。

    妃貴館長の網膜データとは一致した…が、微量のTRIS(トリス)が見つかった。
    コンタクトレンズの酸素の透過性を高める成分や。


みこと 館長はコンタクトをしません。


優凪  …… 


林瑠  (微笑)お見事や。

    あの高度なセキュリティに3度目の侵入を果たし、尚且つ妃貴館長に変装し俺らの目を欺いた。

    あの閃光弾と催涙弾にもやられたわ。
    それに加えてほとんどの警官が気絶させられとるこの現状… 


優凪  え? 


ダリア 警官を気絶させたって…のん君どういう事? 


乃吾  (一瞬考えを巡らせて)今は動向を見届けましょう… 


ダリア オーケー。


林瑠  怪盗ムーラン・ルージュ。

    君らが複数犯やったとしても3人ないし4人の集団やと我々は予測しとったが…

    こんなたいそうな組織やったんやね。 


優凪  (微笑)なんのことだか? 


林瑠  できれば君を傷つけたぁない、せやけど抵抗するんやったら話は別や…この意味はわかるな? 


N   警察官が一斉に銃口を志のぶに向ける。


林瑠  俺は鳴海警部ほど甘ぁないで。 


優凪  なるほど……?

    佐伯警部補は≪昼行灯に見せかけてその実…鳴海警部よりも鬼刑事≫というのは有名な話だ。

    けれどそちらこそ…私を甘く見ているのでは? 


みこと そうでしょうか? 


優凪  ? 


みこと 君に悪いお知らせです。 


優凪  なにかな、不知火刑事。 


みこと …その宝石は偽物です。 


優凪  っ!


みこと あなたは今まで何度もこんな事態を逃げ延びてきた。

    今回ももしかしたら…だからその宝石を≪偽物≫とすり替えました。 


優凪  なら…本物はどこに? 


みこと 鳴海警部が安全な場所に保管しています。 


優凪  …。 


林瑠  さて、君の戦意も喪失した所で大人しく投降してもらおか。 


優凪  ふふふ…っははは… 


紫   な、なによ急に! 


林瑠  偽物を掴まされて気でもおかしくなったんか。 


志のぶ あーはっはっは!


ナレ  優凪の変装を閃光弾の衝撃と共に解き、漆黒のスーツと仮面を纏った怪盗ムーラン・ルージュが姿を現

    した。


林瑠  落ち着け、まだ動くな!


志のぶ 素晴らしい、素晴らしいですよ皆さん!

    まさかこんなにも簡単に…(微笑)引っかかってくれるなんて。
 

林瑠  なんやて? 


志のぶ 太陽は毛織の荒布のように黒くなり。

    月は紅に染められ。

    天の星は麗しく美しい女神の微笑みを連れ去り、我が手に堕とす… 


紫   佐伯先輩… 


林瑠  奴が逃げられるはずはない、あれもはったりや。 


志のぶ 今宵は十数年ぶりの皆既月食…しかしこんなに眩いネオンの中では紅の月を見ることもできない。 


みこと 一体なにを…… 


志のぶ 美しい月を皆様にもお見せしましょう… 


N   その妖艶な声に警官たちはどよめく。


志のぶ 1(un:アン)・2(due:ドゥ)…(にやりと微笑んで) 


林瑠  総員確保ーーーー!!! 


志のぶ 3(trois:トロワ)。 


N   一瞬の静寂。視界が閉ざされ何が起こったか一同わからず、数秒置いて警官たちがどよめく。


志のぶ (林瑠の耳元で囁く)あなたでは力不足だったよ、佐伯警部補? 


N   走り去る空気に乗せてそう囁かれた林瑠は、固く拳を握りしめた。


林瑠  くっ!ムーラン・ルージュを逃がすな!不知火、おまえは自家発電に切り替えて来い! 


みこと はい!!


警官E ぐっ…… 


警官F がぁぁぁっ! 


N   突如、黒い影に警官たちが次々倒されていく


紫   なに?! 


N   空気を切るような音と共に何かが紫を狙い、彼女はそれをすんでの所で受け止めた。


紫   ぐっ。


林瑠  紫!


オリヴ やるじゃなぁい?日本の警官にしては。


N   暗闇に目が慣れてきた紫と林瑠の目の前に、黒ずくめのボディースーツを着た男が現れた。


紫   え…なに? 


林瑠  紫!油断するな! 


オリヴ んふふ、そうゆうこと… 


N   今度は更に破壊力を増した攻撃が紫を襲う。


紫   うわぁっ!


林瑠  ちっ… 


N   林瑠は黒ずくめの男の足元に銃を発砲した。


オリヴ あら?もう抜いちゃうの?せっかっちさん。 


林瑠  何者や。 


オリヴ ねぇ、色男?世の中には知る必要のない事がたくさんあるのよ?

    特にあなたみたいな…末端の人間にはね。 


N   響く銃声。


林瑠  …次は当てる。 


オリヴ かわいい。じゃあご褒美に撃たせてあげる。さぁ?どうぞ?狙うなら…ここよ? 


N   妖艶に笑ってその男は自分の心臓を指した。


林瑠  ふざけてんのか! 


オリヴ ノンノン、まさか?あたしはホ・ン・キ。 


林瑠  くっ… 


オリヴ んふふ、どうやらその拳銃はあなたのアソコと一緒でお飾りみたいね? 


林瑠  だまれっ! 


N   怒りの感情とは反対に、冷静に打ち放った弾丸を悠々とよける男。

    林瑠は驚きを隠せずにいた。


林瑠  な…避けた…っぐ…!


N   彼のみぞおちに拳がねじ込まれる。


林瑠  なん…やと…。


オリヴ (舌なめずりして)Bonne nuit,petit coco.(ボンニュイ,プチ ココ) ※おやすみ、可愛い坊や


N   倒れこむ林瑠に「おやすみ、可愛い坊や」と言い放ち、男はその場を去った。
    ――数分後、自家発電でに切り替えたみことが林瑠のもとに走りこんでくる。


みこと 佐伯警部補!(息を呑む)これ…は、一体


N   保管庫の前には気絶させられた警官たちが横たわっていた。


みこと 佐伯警部補しっかりしてください! 


林瑠  うっ… 


みこと よかった、気絶しているだけで。


林瑠  はや…く、鳴海警部に連絡を… 


みこと え?あ、はい!…っ 


林瑠  どない…した? 


みこと あの…無線も携帯も壊れてて… 


林瑠  何?!…俺の方もや… 


みこと 警部補これは一体… 


林瑠  あの、オカマ野郎。 


N   悔し気に床を叩く林瑠をよそに、志のぶは夜の街を走っている。
    乃吾との合流地点までの途中で、何人もの警官が気絶する姿を目にした彼は少なからず動揺していた。


志のぶ はぁ…はぁ…(立ち止まり息を整える)追手も来ないし、警官ぶっ倒れてるし…。

    乃吾にぃ?これ一体どういう事? 


乃吾  わかりません…閃光弾が爆発した際も何者かが警官を襲っているようですし…


ダリア 誰がそんなこと。


乃吾  志のぶ、警察の追手がないにしろ油断は禁物です。気をつけて戻ってきてください。


志のぶ 了解。

 


【5】

N   帝国美術館北西部にある高層ビルに、数人の警官と≪本物のダスラ≫を警備する風助の姿がある。


警官G 鳴海警部、自家発電に切り替えました。 


風助  ああ、ご苦労。 


警官H しかし、急に帝都全域で停電なんて… 


警官I それに佐伯警部補とも連絡がつきませんし… 


風助  落ち着け。


N   ふいに、つけたばかりの照明が消えた。


警官G なっ…また停電?!うっ… 


風助  どうした?!


警官H ぐぅ…っ 


風助  !? 


警官I 鳴海警っ…部…… 


N   警官たちが次々と倒れていく様子が聞こえる。拳銃に手をかけ様子を伺う風助の前に黒い人影が現れた。


武尊  太陽は毛織の荒布のように黒くなり、月は紅に染められ、天の星は麗しく美しい女神の微笑みを連れ去

    り、我が手に堕とす…… 


風助  くそっ?!ムーラン・ルージュか? 


武尊  (微笑)鳴海警部……今夜の月は特に美しい、こんな夜に作られた明かりは不要だ、そう思いませんか? 


風助  動くな!撃つぞ?!どうしてここがわかった!! 


武尊  ご機嫌はいかがですか?鳴海警部? 


風助  っぐ…!


N  威嚇で銃を放つが相手はそれにひるむ様子はない。


風助  …お前は何者だ。 


武尊  (微笑)怪盗ムーラン・ルージュ。 


風助  いつもの奴とは違うな?!だが、お前もムーラン・ルージュだというのなら、この場で逮捕する! 


武尊  この状況でその威勢の良さは賞賛に値します。

    ですが偽物を用意するなんてあなたらしくない、なにか企みでも?それとも最後の終焉に気が焦りましたか? 


風助  なんだと、あれが偽物だと気づいていたのか?! 


武尊  勿論、だから私がここに居るんです。

    それに、美術品を見極める審美眼がなくては怪盗なんて務まりませんからね。 


風助  くっ。


武尊  宝石をすり替えたのは、妃貴館長の様子がおかしいと気づいたあの時ですね?

    …それがこちらの“トラップ”だとも気づかずに。 


風助  トラップ…? 


武尊  あの予告状通り、あなたの前に姿を現すのはこれが最後です。

    それにふさわしく、あなたは今までの警備体制をより強化にした。
    さすがにあの膨大な量の警官たちを相手にしては私たちも捕まってしまうかもしれない。
    ですからこちらも、妃貴館長に変装し潜入させていた仲間にトラップを仕掛けさせました。
    あなた方に彼女への疑いの目を向け、この宝石を別の場所へ移動させるのが目的です。
    わざと彼女に怪しい行動をとらせ、そして、帝都全体を停電にし自家発電に切り替わるのを待ちました、

    病院やホテル以外で明かりがつくその場所を特定するために。 


風助  なぜ、今回に限ってこんな手の込んだ真似を? 


武尊  勿論、確実に女神の微笑みを手に入れるためですよ。

    私たちの目を欺くために選んだこの場所は外部から気づかれないようにする為に、警備は手薄。
    そろそろ目が慣れてきた頃でしょう?あなた以外はみんな夢の中だ。 


風助  (舌打ちして)俺から奪えるものなら奪ってみろ!


武尊  ははは、あなたと不毛な殴り合いをする気はありませんよ、鳴海警部。

    あなたが懐に忍ばせていた女神の微笑みは…私の手中にあります。 


風助  なに?!…いつの間に。 


武尊  みなさんに眠っていただく際に拝借しました、注意力散漫は相変わらずのようだ。 


風助  貴様っ! 


武尊  終宴です、鳴海警部。 


N   ムーラン・ルージュが懐から何かを出すのを見つけた風助はとびかかった。


風助  くっ…何度も同じ手にかかってたまるか! 


武尊  っ!? 


風助  絶対に逃がさない、お前を捕まえる!! 


N   二人はもみ合い、ムーラン・ルージュは窓へと身を投げ出される。

               もちろん風助に落とすつもりはない。このまま、拘束しようと手錠をかけようとした瞬間…。


風助  え…? 


N   彼は顔を覆っていた仮面を外すと風助に微笑みかけた。


風助  武尊…?
 

武尊  ごめんね、風助さん。


N   ひるんだ風助の隙をつき、武尊は勢いよく左脚で風助を蹴り上げる。


風助  っ…脚…で? 


武尊  さようなら。 


N   そしてそのまま、高層ビルの窓から身を投げた。


風助  え、おい、武尊…ったけるーーーーーーーーーーーーーっ。


N   落ちていく自身の甥に、風助は叫び続けた。


風助  …嘘だろ。


N   一方、飛び降りた武尊は空中で体勢を変え、左脚を軸に着地する。

    めりっとコンクリートの地面が軋む。


武尊  はぁ、はぁ…及第点かな。


N   着地した武尊の体から汗が噴き出る。

    額の汗をぬぐい、武尊は乃吾たちとの合流地点へと向かって走りだした。


武尊  ダリア、聞こえるか?ダスラは手に入れた。


ダリア お兄ちゃん、大丈夫?、無線いきなり切れたからびっくりした。


武尊  ああ、悪い。


N   先ほどの様子を知らないダリアの声にほっと癒されると、武尊は微笑みながら答えた。


ダリア …わざと切ったでしょ。お兄ちゃん。


武尊  ごめん。 


ダリア 後でちゃんと説明してよね。のん君としぃが迎えに行ってるから。


武尊  うん。


N   ふと空を見上げる武尊、紅蓮に燃える月が美しい。


武尊  月が紅いな… 


ダリア え?


武尊  (呟くように)この禍々しさを見て安心するなんて、俺も随分イカれてる。 


乃吾  武尊兄さん、もうすぐ到着します。

 

武尊  おお、ありがとな。 


N   空を見上げたまま武尊は無線からの声に答える。


志のぶ お疲れ、ご老体。 


武尊  (笑って)ふざけんなよ。(大きく息をついて)あー、疲れた。

    志のぶ、お前いつもこんな事してたんだな。 


志のぶ は?何を今更… 


武尊  ありがとな、ごめんな…いつも危険な目に合わせて。 


志のぶ ばーか、俺が好きでやってんのにいちいち謝ったりしてんじゃねーよ。 


武尊  いい子に育ったなぁ、志のぶは。 


志のぶ はあ?何言ってんの。


乃吾  (微笑)嬉しいくせに。


志のぶ …羨ましいの、乃吾にぃ。


乃吾  な、何を馬鹿なことを…


志のぶ わー、乃吾にぃが照れてる。


乃吾  照れてません。


志のぶ 耳まで真っ赤にしてよく言うよ。


乃吾  っ!


武尊  あはは。


N   和やかな空気の中、武尊は悲しみの混じった神妙な顔つきで口を開く。


武尊  ダリア、聞こえてるか? 


ダリア うん。


武尊  乃吾、志のぶ、ダリア……今日まで本当にありがとう。 


乃吾  どうしたんですか、改まって… 


武尊  お前たちのおかげで、ダスラを手に入れることができた…ここからは俺一人で動く。 


志のぶ は!?何言ってんだよ。 


武尊  怪盗ムーラン・ルージュは解散。俺はこれを持って母さんを探す。 


ダリア どうして急にそんなこと…


武尊  急じゃない、ずっと…ずっと。


乃吾  ずっとそう思ってたって言うんですか?

    俺言いましたよね、責任感が強く一人で抱え込みやすいのも、度が過ぎると周りを傷つけるって。
    そもそも発案者は俺です。

    志のぶやダリア、イヴがいてこそのムーラン・ルージュなんだって。

    兄さんも「わかってる」って言ったじゃないですか。


志のぶ 乃吾にぃの言うとおりだ、ここまで来て、はい解散って馬鹿じゃねーの。 


ダリア 納得できない。


武尊  これは呪われた宝石だ。この中に入っているダスラもワケのわからない組織に狙われている。

    お前たちをこれ以上危険に晒すことは…っ! 


N   突然、銃声が鳴り響く。


武尊  ぐっ!!


N   何発か放たれた銃弾は武尊がつけていた耳元の無線機を弾き飛ばし、肩や脚、腹部を貫く。


乃吾  兄さん?! 


志のぶ 武尊にぃ?! 


ダリア 何?!どうしたの?何があったの?!イヴ!何があったか教えて!


志のぶ 乃吾にぃっ、前!


乃吾  なんだよ…あれ…っ!


N   一瞬はりさけるような爆音と共に音声が途切れ、ダリアの耳元ではノイズ音だけが響いている。


ダリア …なによ…これ。どうなってるの。

 

 

 

 

N   一方、撃たれた傷口から血が流れだすのを感じながら、武尊はその場に膝をついた。
    武尊を打ち抜いた人物が遠くからゆっくりと近づいてくる。


雛   あれ?おまえ…知ってる。


武尊  っ…ぐっ…雛?


雛   雛…まあそうともいうけど、少し違う。俺はね雛の一部。
    ≪藤崎武尊≫…おまえ邪魔だなって…前から思ってたんだ。


N   そう言って銃口を武尊の頭に突き付けると、彼女はにやりと笑ってこう言った。


雛   とりあえず、死ねよ。

ブラッド・ムーン・パラドックス編 END

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