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#Inflect LOVE.(インフレクト ラブ)

  • 山瀬りづる
  • 2018年4月19日
  • 読了時間: 23分

祇園×エンヴィ(ギオンエンヴィ) #Inflect LOVE.(インフレクト ラブ)

こちらの台本は不倫を題材にしており、性的表現もあるためR15とさせていただきます。 時間50分(演者者様の間のとり方によって時間が変動します) 比率(♂:♀)1:1 登場人物 井上梨花(いのうえ りんか)/祇園の花街を少し外れたところで髪結い師をしている。 沢城蓮(さわしろ れん)/ラジオDJ、妻帯者。

【 放送用】 祇園×エンヴィ(ギオンエンヴィ) #Inflect LOVE.(インフレクト ラブ)

梨花: 蓮:

http://urx.mobi/JDN3

蓮   祇園精舎(ぎおんしょうじゃ)の鐘の声、諸行無常(しょぎょうむじょう)の響きあり。     沙羅双樹(さらそうじゅ)の花の色、盛者必衰(じょうしゃひっすい)の理をあらはす。おごれる人も久しからず。     ただ春の夜の夢のごとし。たけき者も遂にはほろびぬ、ひとへに風の前の塵に同じ…。

梨花М 春の香りがする体育館の舞台にスポットライトが差し込む。     舞台に立つ彼が平家物語の冒頭を語り…こう締めくくる。

蓮   この世に永久不変なものはない。

(タイトルコール) 梨花  祇園×エンヴィ(ギオンエンヴィ)

蓮   Inflect LOVE.(インフレクト ラブ)

梨花  『黒髪は女の命』といわれ、“長く艶めいた黒髪”は、古くから日本美人の絶対条件だった。      それを芸術の域にまで高めた「唐輪髷(からわまげ)」は遊女や女歌舞伎役者が結っていたと言われている。     今時、そんなオーダーはこない。     けれど以前、映画の撮影でこの髷(まげ)を結う機会があり、その野性味溢れる雰囲気に、ひどく引き込まれた事を覚えている。     日々、舞妓や芸妓の髪を結うのがわたしの生業。

    京都の結髪師(けっぱつし)は年々数を減らしていて、わたしの師範も3年前に他界し、今、この「結び屋‐艶や(あでや)‐」もわたしひとりとなった。     髪をすくいあげ、櫛に糊をつけて丁寧に撫で付ける。

    束ねて、結って、ひとつの形にしていく。     指を器用に使って、わたしは…『自分の心』も整えていく。

    髪を結う事で、このぐちゃぐちゃに乱れている心を…整えるのだ…。

蓮   さて、今夜も始まりました、KYOTO FM 『Midnight Ren Connection(ミッドナイト レン コネクション)』。

梨花М ラジオから聴こえる彼の声に、櫛を持つ手が震える。

蓮   みなさん、こんばんは。沢城蓮です。今夜も“祇園α(ぎおんアルファ)ステーション”よりお送りしていきます。      さて、今日から7月。随分暑くなりましたねえ。今日は湿度も高いし、過ごしにくい一日だったんじゃないでしょうか?     あ、そうそう、いよいよ祇園祭(ぎおんまつり)が始まりましたね…

SE (ラジオを切る)

梨花   (ため息)寝よ…。

SE(着信音)

梨花   …っ!?

SE(電話に出れず着信音が鳴り響く)

―数年前 祇園α(アルファ)ステーション応接室―

蓮   はじめまして、沢城です(名刺を差し出す)。

梨花  井上梨花です…。

蓮   今回の企画は打ち合わせして頂いてる通り、雑誌とラジオのコラボレーションで、今、話題の結髪師(けっぱつし)である井上さんの特集になります。     担当された映画のお話だけではなく、井上さんご自身の事についても伺っていきますので、答えにくい事や、記事にされたくない事は無理に答えなくて構いません。     なにか不安な事があればなんでも言ってくださいね。

梨花  はい…。

蓮  (微笑)緊張されてますね。東京でも何度かインタビューを受けられていると聞いてたんですが…まだ慣れませんか?

梨花  あ、いえ…違うんです。その…

蓮   違う?

梨花  実はわたし、沢城さんに何度かお会いしてます。

蓮   え?

梨花  あの…沢城さん、東山青龍高校ご出身ですよね?

蓮   はい、そうですが…。

梨花  わたし、そこの中等部にいたんです。

蓮   え、本当に?

梨花  はい。演劇部の、年4回の舞台、毎シーズン観てて…沢城さん、いつも主役されてて、素敵だなぁって。

蓮   いやいや、そんな…。

梨花  卒業して、東京に行かれた時も本当にすごいなって…。

蓮   …。

梨花  また京都に帰って来られて、ラジオ番組でお声聴いた時は嬉しくて。     毎晩聴いてるんです。レンコネクション。     仕事がうまくいかない時は何度も励まして頂いて…こうやってまたご本人にお会いできるとは思っていませんでした。

蓮   あはは。がっかりしたでしょう?随分おっさんになったから。

梨花  そんな、とんでもないです。

蓮   でも自慢できるな。今をときめく美人結髪師の井上梨花さんが、俺の後輩で、しかもラジオのリスナーさんだったなんて。

梨花  今を…ときめく。

蓮   あれ?これ死語ですか?

梨花  (微笑)死語って言葉も…もしかしたら?

蓮   あはは。やっぱりおっさんだなぁ俺。

梨花  そんなことないです。素敵です、昔も…今も。

蓮   優しいんですね。

梨花  あの…。

蓮   ?

梨花  先輩に敬語使われるの、なんとなく変な感じなので、よかったら普通にお話していただけると…。

蓮   ああ…なるほど。(微笑)わかった。

梨花  ありがとうございます。沢城さん…こういうお仕事もされるんですね。

蓮   うちの会社なんでもするんだよ。俺もDJだけじゃなくてコラム書いたり取材したり、食ってくためには色々とね。

梨花  そうなんですか…。

蓮   だから…眩しいよ。井上さんが。     好きな仕事をして認められて、すごく輝いてる。

梨花  そう…見えますか?

蓮   うん。

梨花  …。

蓮   そろそろインタビュー始めるね?

梨花  はい、よろしくお願いします。

蓮   月並みな質問だけど、結髪師になろうと思ったのはどうして?

梨花  祇園祭(ぎおんまつり)の時に師範の結う“勝山(かつやま)”に魅せられたのがきっかけです。

蓮   勝山?

梨花  はい、普段「おふく」の舞妓さんが祇園祭の時期だけ結う特別な髷(まげ)なんですけど…。

蓮   へえ。

梨花  元々「勝山」という名の遊女が好んで武家風に結っていたものから発展したんです。

蓮   なるほど。そういえば井上さんが注目を集めるきっかけになった、あの映画の髷(まげ)も確か元々遊女が結ってたんだよね?

梨花  はい、唐輪髷(からわまげ)も遊女や女歌舞伎役者が結っていた髷です。

蓮   あの映画の主人公は女歌舞伎役者だったじゃない?     京都四条の川原に小屋がけをして、舞を踊る女歌舞伎役者たち…彼女たちは舞が終わると見物客と一緒に別室へ行き、一夜を共にする。     見物客同士で贔屓(ひいき)の女性をめぐっての刃傷(にんじょう)ざたは当たり前で、当然、死者も出る。     そんな世界で…彼女は恋をしてしまう。

梨花  ええ…不毛な恋を。

蓮   不毛?

梨花  不毛じゃないですか?プライドを持って芸と女を売っていながら、恋に溺れて…最期は死を選ぶなんて…。

蓮   理解できなかった?

梨花  恋に落ちて盲目的に溺れるなんて、馬鹿な女のする事なんだろうなって…。

蓮   (微笑)キツイこと言うね。

梨花  あ、ごめんなさい、そんなつもりじゃ。

蓮   ううん、大丈夫。あ、ねえ?興味本位で、ひとつ質問していい?ああ、無理に答えなくていいから。

梨花  (苦笑)その前置きなんだか怖い。

蓮   え、ごめん。

梨花  ふふ。冗談ですよ?なんですか?

蓮   井上さんって…人を本気で好きになったことある?

梨花  …。

蓮   …あれ、なんか変な事聞いちゃ―――

梨花 (被せて)好きって…なんだと思います?

蓮   そうだな…。

梨花  沢城さんはありますか?

蓮   え?

梨花  人を本気で好きになったこと。

蓮   さぁ…どうだろう。

梨花  わたし…まだよくわからなくって。

蓮   よくわからない?

梨花  わたしの母が(ハッとして)。

蓮   井上さん?

梨花  あ…ごめんなさい、なんでもありません。

蓮   …そう。

蓮   よし、この辺りでいいかな。ありがとう、井上さん。いい話たくさん聞けたよ。

梨花  いえ、なんだか失礼なことばかり言ってすみませんでした。

蓮   謝ることじゃないよ、真っすぐで正直なのは魅力でしょ?

梨花  …ありがとうございます。

蓮   (思わず吹き出して)あはは、素直だよね、ほんと。

梨花  だ、駄目ですか?

蓮   ううん?いいと思う。

梨花  …はい。

SE(ノック音)

蓮   あ、ごめん、ちょっと待ってて。

梨花  はい。

蓮   …お待たせ。スタッフがよかったらみんなで飯行かないかって。井上さんこの後時間ある?

梨花  ええ、大丈夫です。

蓮   そっか、じゃあ行こ。

蓮   (少し酔って気持ちがよさそうに)はぁ…。

梨花  (微笑)大丈夫ですか?

蓮   うん、大丈夫。楽しくって飲みすぎたなぁと思って。

梨花  そうなんですね。

蓮   井上さんはめちゃくちゃ強いね、結構飲んでたのに顔色一つ変わってない。

梨花  ワインなら酔わないんです、不思議と。特に赤は。

蓮   へぇ?そうなんだ?赤ワイン好きなの?

梨花  はい。あ、よかったら…頂きもの物のワインがあるんですけど飲んでいきませんか?もうすぐうちのお店着きますし。

蓮   え?いいの?

梨花  ええ、送って頂いたお礼に。

蓮   でも、こんな時間に大丈夫?俺一応男なんだけど。

梨花  え…?

蓮   (慌てて)あ、何もしないよ?もちろん。

梨花  …そうなんですか?

蓮   っ…。

梨花  着きました…お店。

蓮   え、ああ…。

SE(ドアの鍵を開ける)

梨花  どうぞ。

蓮   お邪魔します。…わぁ、和モダンないい造り。住居もかねてるんだっけ?

梨花  ええ、奥がプライベートルームです。そこのソファ座っててください、ワイン持ってきますね。

蓮   待って。

梨花  ?

蓮   あの…さ、俺、言ってなかったんだけど…実は…結婚してるんだ。子どもも…いる。

梨花  …。

蓮   なんか楽しくてついここまで来ちゃったけど、もし井上さんがその…なんていうか…

梨花  知ってます。

蓮   え?

梨花  知ってます。奥さんとお子さんがいるの。

蓮   どうして…

梨花  ワイン持ってきますね?

SE(赤ワインをそそぐ)

梨花  どうぞ。

蓮   ありがとう…。

梨花  乾杯。

SE(ワイングラスの重なる音)

梨花  (微笑)本当はワイングラスは重ねちゃ駄目なんですけど、なんとなくいつも乾杯したくなっちゃうなあ。

蓮   …うん。

梨花  …困らせてしまってすみません。憧れの先輩にお会いできて嬉しくて、強引でしたね、わたし。

蓮   いや、俺も楽しかったし…。

梨花  それ飲み終わったころにタクシー呼びますから。

蓮   うん…。

梨花  …。

蓮   …。

梨花  …。

蓮   (沈黙に耐え切れず)ああ、ねえ、そういえばあの時。

梨花  え?

蓮   インタビューの時、お母さんの事言いかけてやめたけど、あれって何だったの?

梨花  ああ…(微笑)つまらない話です。

蓮   えー、でも、言いかけてやめられたら気になるな。

梨花  …それもそうですよね…あの時「本気で人を好きになったことある?」って言ってたでしょう?      わたしがそれをわからないのは母親が愛を知らない人だったからなのかもって思って。

蓮   愛を知らないって…。

梨花  お恥ずかしい話なんですけど、母方の祖母が男性にだらしのない人でね?     祖父が若くで亡くなってからいつも違う男の人を家に連れ込んでいたそうなんです。     母は祖母から愛情をもらえず邪魔者扱いされて育って、17歳で家出するように父と結婚しました。

    結婚した当時すでにわたしが母のお腹の中にいて…わたしが小さい頃は家族3人で楽しく過ごしていた記憶もあるんです。     でも、長くは続かなくて…母とわたしをずっと愛してくれるはずだった父は、外で女性を作ってわたし達の前からいなくなりました。     父と別れてから、母は毎晩お酒を飲んで幼いわたしを殴るようになりました…。     何度も何度も殴りながら、祖母や父への恨み言を吐露していたかと思うと、急に泣きだしてわたしを抱きしめて「お母さんには梨花だけなのよ、愛してるって。」     壊れて…いたんだと思います。…母の言う「愛してる」の言葉は血と涙の味がして…普通じゃないでしょ?     だから…この歳になっても好きだっていう感情がよくわからないのかなって…。    (苦笑)すみません。やっぱりこんな話つまらないですよね。

蓮   井上さん…。

梨花  はい?

蓮   どうして笑ってるの?そんな事笑って言うことじゃないよ。ごめん俺が変な事聞いたから…

梨花  変わらないですね…変な所に敏感で、変な所で真面目なの。

蓮   そうかな。

梨花  苦しかった中学時代、支えだったのは沢城さんの舞台でした。

蓮   俺の?

梨花  祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり…でしたっけ?

蓮   それ…。

梨花  『この世に永久不変なものはない』…あのセリフ忘れられないな。

蓮   …。

梨花  覚えてないかもしれないですけど、学生時代わたし達、何度か話したこともあるんですよ。     あの時の純粋な気持ちをもし言葉にあらわすなら…。     …沢城さんはもうお芝居しないんですか?

蓮   え?

梨花  わたし本当に好きだったから、沢城さんのよく通った声と観客を魅了するお芝居が。…タクシー呼びますね。

蓮   ねえ…さっき言ったこと…取り消していいかな。

梨花  さっき言ったことって…?

蓮   “何もしない”って言ったこと。

梨花  …沢城さんの好きなようにしてください。

梨花М そう言ったわたしの瞼を彼は自分のネクタイで覆い隠し、手首を縛った。     虚勢を張ったわたしの体は少し震えていて、どうか彼が気づきませんようにと心で呟き、初めての痛みを悟られないよう…わたしはあの頃へと思いを馳せた。     あの頃…わたしの日々は曇り空のように濁っていて、空虚で…沢城先輩の舞台を見ている瞬間だけが救いだった。     彼が立つ舞台はいつも明るい光が指していて、温かくて、胸が締め付けられて、高揚して、嫌な事を全部忘れられた。

SE(衣擦れの音)

梨花  ん…痛っ…。はぁ…寝ちゃってたんだ。…メモ?“鍵はポストにいれておく、また連絡する”…か。…嘘つき。

―数か月後、結び屋 艶や―

SE(ノック音)

梨花  はい……っ!?

蓮   こんばんはぁ。

梨花  沢城さん…こんばんは。どうしたんですか?

蓮   お店の明かりがついてたから、これ差し入れぇ。

梨花  赤ワイン…。しかもグラス付き。

蓮   好きだって言ってたから。飲まない?ちょっと休憩しようよ。

梨花  …はい。

SE(ワインをそそぐ)

蓮   かんぱーい。

梨花  …酔ってます?

蓮   うん。酔ってる…酔っ払いは嫌い?

梨花  あ…いえ。

蓮   あの日は声かけずに帰ってごめんね。…あと随分連絡しなかった事も。

梨花  はい…。

蓮   ねぇ?どうしてあの夜、俺の事ここに呼んだの?昔、憧れてた先輩と思い出作りでもしたかった?

梨花  …。

蓮   思い出したよ。キラキラした瞳で俺を観る、なぜかひっかき傷の絶えない綺麗な女の子の事。     あの頃の俺は無鉄砲で勘違い甚だしい奴だったからさ…恥ずかしくて過去に蓋してた。     自分には才能があるって思い込んで、将来を疑ってなかった。     …随分変わったよな。    

梨花  辛そうな顔…しないでください。

蓮   そんな目で見ないでよ。

梨花  そんな目って…。

蓮   可哀想なもの見るような目。あはは、母性本能でもくすぐられる?

梨花  っ…わたしそういうつもりじゃ―――

蓮   井上さんてさ、駄目な男がいいの?

梨花  そんなこと…

蓮   俺さ?役者として成功したくて東京行ったんだ。

梨花  知ってます。

蓮   一応デビューもしたし、作品にも何本かでた。

梨花  ええ。

蓮   でもね、俺よりすごいやつはいっぱいいて、自信も全然なくなって。年収10万越えない年もあった。     年収だよ?月収じゃなくて、年収。     バイト代で食ってくのも辛くなって、俺何やってるのかなぁって…全然わかんなくなって。     で、丸々10年やって…なんとなく区切りもついた気がして、そろそろ京都に帰ろうかなって思ってた時に、付き合ってた今の嫁さんに子どもができた。     その時思ったんだ『そろそろ落ち着けって』神様さまにも言われてるんだなって。

梨花  はい…。

蓮   今の会社も昔のツテで入れてもらって「沢城くん良い声してるね」なんて言われて成り行きでDJ始めて。     でも給料なんてしれてるし、色んな仕事して…気がついたらこの歳になってた。

梨花  そうなんですね。

蓮   多分、俺の人生のピークって君の言ってる“あの頃”なんだよ。     今の俺は余生を粛々と送ってるだけ…はは、自分で言ってて悲しくなってきた。

梨花  …。

蓮   嫁とも実際うまくいってないし、嫁以外の女と寝るのも君が初めてじゃない。     ね?駄目な男でしょ?

梨花  駄目じゃないです。

蓮   え?

梨花   駄目なんかじゃない。

蓮   何言ってるの…じゃあ本当の事、教えてあげる。俺が君をこの前抱いた理由…わかる?    『明るくて眩しい、キレイな女を汚したかった』…ただそれだけ。   なのに…初めてだったなんて…どうして…(溜息)…なにやってるんだよ。

梨花  やっぱり、気づいてたんですね。

蓮   俺は、君が震えてるのをわかってて“わざと”気遣わなかった。     自分の事もっと大切にしなよ。こんな男の事なんか早く忘れて、ちゃんとした恋愛してさ…。     責任取れないよ、俺。

梨花  ちゃんとした恋愛って何ですか?

蓮   それは…

梨花  わたしの事を明るくて眩しいって言いますけど、学生の頃はわたしがそう思ってた。     沢城先輩の舞台を見て、自分も何か夢を持とうって、あなたがいる明るいところに行きたいって。     先輩との思い出がずっとわたしを支えてくれたんです。     あの時の気持ちがわたしのちゃんとした恋なの。それを大切にしたくて、誰とも一線は越えられないままこんな歳になって…     わたしはきっと一生独りで生きていくんだろうなって思っていた時…あなたにまた逢えた。     沢城先輩はわたしにとって“唯一”なんです。あなたになら何をされても、どんな事をされても、嫌いになんてなれない。

蓮   …ごめん。

梨花  謝らないで下さい。

蓮   ……。

梨花  別に、どうにかしたいわけじゃないんです。わたし…迷惑ですか?

蓮   迷惑じゃ…ない。でも俺はずるい男だ。傷つくのは君だよ?

梨花  それでもいい。

蓮   君とお母さんを不幸にした女と同じ所まで堕ちるとしても?

梨花  覚悟してます。

蓮   …どうして?俺の何がいいの?顔?声?芝居?今の俺の事なんか何も知らないのに。俺は…あの頃とは違うんだ。

梨花  違わない。今でも素敵です。

蓮   盲目的すぎるよ、ちゃんと俺の事を見て、ただのおっさんだろ?

梨花  恋に落ちて盲目的に溺れるなんて、馬鹿な女のする事なんだろうなって…あの時そう言いましたけど。     わたし、あの映画の主人公の事、本当は馬鹿になんてできなかった。     彼女の気持ちよくわかってた。

蓮   やめてくれ。

梨花  嫌です。

蓮   どうしたいんだ俺を…

梨花  どうにかしたいわけじゃないんです。     ただ、理由とか理性とか色んなしがらみとか…もうどうでもいいくらい、どうしようもないくらい、あなたが…好きなの。

蓮   …っ。

SE(リップ音)

梨花  …んっ。

蓮   っ?!(体を引き離して)ごめん…。

梨花  だから…謝らないでって言ってるじゃないですか。

蓮   後悔する。

梨花  わたしはそれでも…。

蓮   君じゃなくて俺が。…駄目なんだよ、優しくできない…君を壊してしまいそうで嫌なんだ。

梨花  壊れてもいい…あなたになら、なにをされてもいいんです…。

蓮   君はどうしてそんなにっ…。(強く抱きしめる)

梨花  沢城…さん?でも…でもわたし…。

蓮   わかったから…もう、今は何も言わないでくれ。

梨花  …はい。

蓮   …大丈夫?

梨花  大丈夫です。そんなに心配そうな顔しないで下さい。

蓮   うん…。じゃあ、帰るよ。

SE(ドアの開閉音・蓮退場)

梨花  (溜息)…っ痛…(手首に残った傷跡をなめて)…血と涙の味がする…なんてね。

―数週間後、祇園αステーション―

蓮   あれ?井上さん…井上さん!

梨花   沢城さん。

蓮   久しぶり。

梨花  お久しぶりです。

蓮   こっち来てたんだね。

梨花  ええ、打ち合わせに。

蓮   そうなんだ、あ、よかったら、お茶でもどう?

梨花  ごめんなさい、まだ帰って終わらせないといけない仕事があって。

蓮   そっか、じゃあ送ってくよ。

梨花  そんな、申し訳ないです。

蓮   いいのいいの、俺これから休憩だし、隣のカフェでコーヒーテイクアウトして歩きながら話さない?

梨花  (微笑)はい。

蓮   いい天気だね。

梨花  ね、もうすぐ夏が来るかと思うと嫌になりますけど。

蓮   夏嫌い?

梨花  暑いの苦手で。

蓮   そっか。…最近、仕事忙しい?

梨花  そうですね、なんだかバタバタしちゃって。

蓮   うん、スタッフからも聞いた。うちの会社の仕事、小さな仕事なのに快く引き受けてくれてるって。忙しいはずなのにって。     関西だけじゃなくて東京でも仕事してるのに無理させてるよね…でも申し訳なく思う反面うちの会社にとっては大助かりで…。     本当にありがとう。

梨花  嬉しいです。そう言って下さる人がいるから頑張れるし、必要として下さる方の為にも自分の為にも頑張りたいって思えます。

蓮   でも、あんまり無理しないでね。

梨花  ありがとうございます。…先生が亡くなってからの一年は途方に暮れるくらい仕事がなくて、馴染みのお茶屋さんにも切られて…。     今日をどう乗り越えようって必死だったから。     今こうやって忙しくしてるの、幸せです。

蓮   凄いな…尊敬するよ。

梨花  どうしたんですか急に?

蓮   本心だよ。…なのに変に嫉妬して、感情をぶつけて…俺カッコ悪いよな。

梨花  そんなことな―――

蓮   あるよ。この前だってそう……これじゃ嫌われても仕方ないよね。

梨花  何言って…

蓮   最近、連絡来なかったし…お店にも夜いない事が多かったから…俺とうとう愛想つかされたのかなって。

梨花  あ、違うんです…また新しい映画のお仕事頂いて、東京と京都の往復で忙しくて。

蓮   そっか…なんだ。よかった。

梨花  ごめんなさい。

蓮   ううん。撮影現場にはもう慣れた?

梨花  はい。スタッフの方みんなとても良い方で、二回目ってこともあってリラックスしてお仕事させていただいてます。

蓮   そう。

梨花  そうだ…是枝(これえだ)監督ってお知り合いなんですよね?

蓮   え?もしかして修司?

梨花  そうです。今回の映画、是枝さんが監督で。     わたしの資料に沢城さんとのお仕事が記載されているのを見て「あいつ元気にしてるか?また連絡しろって伝えてくれ」って。

蓮   そっか。

梨花  ごめんなさい。早く伝えなきゃいけなかったのに今になっちゃって…。

蓮   ううん、ありがとう。修司か…懐かしいな。他に何か言ってた?俺の事。

梨花  あ…えっと。

蓮   なに?あ、もしかしてあいつから俺の恥ずかしい話でも聞いた?

梨花  いえ…そうじゃなくて。

蓮   ん?

梨花  嫌じゃないんですか?昔の話やお芝居の事言われるの…。

蓮   どうして?

梨花  あの夜、お芝居しないんですか?って聞いたわたしを見る沢城さんの目が、すごく冷たかったから…。     それに“ずっと蓋してた”って…。

蓮   そっか…うん、そうだね。でも俺やめたんだ蓋するの。

梨花  え?

蓮   そう思えたのも君のおかげ。

梨花  わたしの?

蓮   うん。だから昔の話でもなんでもさ、知りたいことがあったら聞いて?     井上さんには知ってて欲しい。

梨花  …。

蓮   で、俺も君の事がもっと知りたい。

梨花  っ。

蓮   ね、手つないでいい?

梨花  な、急にどうしたんですか。

蓮   つなぎたいから。ダメ?

梨花  …いえ。

蓮   (微笑)なんか…こうやって普通に手つなぐのっていいよね。

梨花  …。

蓮   最近ずっと井上さんの事考えてた。     会いたくて…会えたから…こういうのいいな。

梨花  …。

蓮   井上さん?

梨花  …。

蓮   どうかした?

梨花 …どうして急に優しくするんですか。

蓮   え?

梨花  なんでそんなに優しく笑うんですか…?どうしてもっと、身勝手でいてくれないんですか?

蓮   井上さ―――

梨花  急にわたしを見ないで…認めたり、気遣ったりしないで。

蓮   ちょっと、待ってよ落ち着いて…

梨花  (手を振り払って)なんで急に手なんか…わたしが触れるのが嫌だから縛るんですよね?

蓮   それは…

梨花  (矢継ぎ早に)わたしに見られたくないから目隠しするんですよね?

蓮   ……。

梨花  征服欲?それとも支配欲ですか?好きじゃないから、汚したいから、優しくできないんじゃないんですか?     …わたしの事、怖いですよね?

蓮   怖くなんて―――

梨花   嘘つかないで。…だってわたしも自分の事が怖くて…気持ち悪くて仕方ない…こんな自分、嫌なのに、やめたいのに…

蓮   ごめん。

梨花  それ、なんの謝罪なんですか?

蓮   今までの事、全部…でも俺は心の底から君に優しくしたいって思ってる。

梨花  優しくしたい?今更……?わたしの事どうするつもりもない癖に、そんな言葉聞かせないで!     あなたの一言一言が、あなたの行動が…何もかもが、わたしを揺らしてぐちゃぐちゃにするのにっ…今さら……そんな…っ…やめてよ…。

蓮   俺は…。

梨花  そんなの優しさじゃない!ただのエゴでしょ?!本当に優しくしたいなら、最後まで酷い男でいてよ!     出来もしないのに、中途半端に優しくして甘えないで!

蓮   っ…。

梨花  甘えられて嬉しくないわけない……なのに、あなたはわたしを拒む。     人を、他人を……好きになることを怖がってる。そんな人が…優しくなんてしないで。

蓮   …何がわかるっていうんだよ…俺の、何をわかって言ってるんだよ。怖がってるって…それってそんなにいけない事?

梨花  いけないだなんて言ってない。

蓮   怖いけど優しくしたいって思いは伝わらない?君こそ急に怖くなったんじゃないの?

梨花  っ…。

蓮   そもそも怖がらない人間なんているの?ずるくない人間なんているのかよ。     今まで酷い事をして来たのはわかってる。俺が君をかき乱してるんだってわかってるよ。     だけど…それでも構わないから、君だって俺に抱かれてきたんじゃないの?俺になら何をされてもいいって言ったのは君だろ?     優しくしたいからして、何がいけない。エゴを押し付けてるのは君も一緒じゃないか。……なのに何で急にそんな事。

梨花  …。

蓮   自分の事を棚に上げて俺を攻めたてるな…。

(しばらく沈黙)

梨花  もう…やめます。

蓮   え…?

梨花  今まで迷惑かけてごめんなさい。でもわたし……本当に好きなだけでよかったんです。

蓮   井上さん…。

梨花  もう連絡しません。さよなら。

SE(走りさる)

蓮   井上さ…っ。なんで俺あんな事……っ。

SE (梨花の後を追いかける)

蓮   っ…はぁっ…待って!

梨花  離してっ…もう…いいんです。

蓮   よくない!さよならなんて、したくないんだ!

梨花  っ…。

蓮   怒鳴って…ごめん。

梨花  いえ…。

蓮   …何をしても許してくれる君が怖かったよ。いつかその思いが風化したらと思うともっと…。     ずるくて自分勝手だってわかってる…どう転んでも君を不幸にしかしない。     俺は何も捨てられない駄目なやつなのに…これ以上は駄目になるもんかって思ってるのに、君にどんどん惹かれていく。

梨花  …。

蓮   やっと気づいた。

梨花  何に…?

蓮   もう謝らない。君を失わなくてすむなら、俺はもっとひどい男になる。

梨花  え…?

蓮   泣かせてばかりだな…。(頬にふれる)

梨花  やだ…やめ…

蓮   やめない。

梨花  やめて…。そんなに優しく触れないで。

蓮   優しくしたいんだ。ずるいってわかってても、君を優しく…っ。(抱き寄せる)

梨花  っ…。

蓮   抱きしめたい。

梨花  だめ…。

蓮   …好きだ。

梨花  残酷…。

蓮   うん、わかってる。でももう…この気持ちを止められないんだ。

梨花  沢城さん…

蓮   蓮。

梨花  れ…ん。

蓮   そう…もっと呼んで?

梨花  …蓮。

蓮   梨花…もう一つ酷い事、言ってもいい?

梨花  や…だ。

蓮   聞いて、ねえ、こっち見て…梨花?

梨花  蓮…っん

SE(リップ音)

蓮   愛してる。

梨花M 名前を呼ぶ度、唇をふさがれる。

蓮М  名前を呼ばれる度、唇をふさぐ。

梨花M 唇から首筋に…鎖骨に…優しく彼の舌が這う。

蓮M  舌で愛撫する度、震える姿に高揚する。

梨花M 漏れる吐息に熱がこもる。

蓮М  細い腰を抱き寄せて柔らかい膨らみを包む。

梨花М 刺激にあわせて肌があわだつ。

蓮M  濡れた瞳に挑発される。

梨花М 頭が朦朧として、何も考えられなくなる。 蓮М  このまま溶け合って…

梨花М このまま繋がって…

蓮М  淫靡な音色が混ざり合う。

―数か月もしくは数年後かもしれない 梨花の部屋―

梨花  ん…行くの?

蓮   あ、起こしてごめん、仕事行くね。

梨花  うん…。

蓮   どうした?

梨花  夢、見てたの。

蓮   夢?

梨花  初めて愛してるって言ってくれた日の夢…。

蓮   そう…もう、行かなきゃ。

梨花  次、いつ会える?

蓮   どうかな、また連絡する。

梨花  そうやってすぐはぐらかす。

蓮   淋しい?

梨花  そういうわけじゃない。

蓮   好きだよ。

梨花  ずるい。

蓮   そんな俺が好きでしょ?

梨花  すごい自信…。

蓮   ねえ、こっち向いて。

梨花  何?

蓮   好きだよ?

梨花  早く仕事行きなよ。

蓮   (苦笑)冷たいなあ。じゃあ“もう一つ酷い事、言ってもいい?”

梨花  …。

蓮   愛してる。

梨花  不思議。

蓮   何が?

梨花  言ってもわからない。

蓮   言わなきゃわからない。

梨花  言ったところで話し合う時間もないじゃない、話し合ったところでどうにかなる関係でもない。

蓮   人間ってどうしてこう欲張りになるんだろうな。

梨花  それをあなたが言う?

蓮   そうだな。(時計を見て)そろそろ行くよ。また連絡する。

梨花  (蓮が出ていく扉の音を聞いて)…永久不変なものって本当にないのね。

梨花М 彼が残した痕、匂い…。次に会うまでには跡形もなく消えてしまう。     わたしは一時の甘い快楽に酔いしれて、包まれて、まどろんで。     会えば会うほど欲しくなり、重なれば重なるほど断ち切れなくなる。     扉が閉まる音を聞く度、空虚感に襲われるのに…。

蓮   KYOTO FM 『Midnight Ren Connection(ミッドナイト レン コネクション)』。     みなさん、こんばんは。沢城蓮です。今夜も“祇園α(ぎおんアルファ)ステーション”よりお送りしていきます。      今日は宵々山(よいよいやま)、朝から随分雨が降ってますね。     祇園祭は山鉾巡行(やまほこじゅんこう)も基本的に雨天決行で中止はしません。     去年に至っては、台風だったのに強行決行しましたからねえ。京都人の意地を感じます。     さて、今夜最初のナンバーは…

SE(ラジオを切る)

梨花М 今夜も眠れそうにない。     わたしはおもむろにカツラと道具を取り出して、唐輪髷(からわまげ)を結う。     髪を結う時が一番落ち着く、自分らしくなる。女の…雌の部分を抑えこめる。

    断ち切りたい。

    そう…しなければ。     頭の中で警鐘がなっている。

梨花  愛って…どんな味がしてたっけ…?

-現在-

SE(鳴り響く着信音)

梨花М 祇園精舎(ぎおんしょうじゃ)の鐘の声、諸行無常(しょぎょうむじょう)の響きあり。     沙羅双樹(さらそうじゅ)の花の色、盛者必衰(じょうしゃひっすい)の理をあらはす。おごれる人も久しからず。     ただ春の夜の夢のごとし。たけき者も遂にはほろびぬ、ひとへに風の前の塵に同じ…。

蓮М  京都、祇園…伝統が凝縮された明媚(めいび)で雅な美しい街。     しとやかな空気とは裏腹に、毒々しくも艶やかな場所である事は誰もが知っていて、知らないふりをしている。     「おこしやす。」と、にこやかに微笑むその笑顔を信じてはいけない。     表と裏、本音と建て前、白も黒も多様な色もすべてが混ざり合って混沌としたかつての花街。

梨花М この街にわたしは縛りつけられて…

蓮   絶対に離さない。

梨花М …堕ちていく。


 
 
 

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