top of page

TGIF.毎週金曜、PM8:36.

 

 

時間15分(演者様の間のとり方によって時間が変動します)
比率(♂:♀)2:0
 
注意事項
・人数比率は守ってください
・性別の改変/過度なアドリブはNGです

【登場人物】
東雲 アタル(しののめ あたる)
地方の百貨店で紳士服の販売員をしている。
幸薄げな美人。
朔良の先輩。
自殺未遂を何度かおこし、その度に朔良に助けられている。

 


本条 朔良(ほんじょう さくら)
アタルの後輩で元紳士服の販売員。
東京の本部へ栄転しエリアマネージャーをしている。
アタルの自殺未遂の現場に何度か遭遇し、アタルを繋ぎ止めたくて仕方がない。

 

 

 

 

 

(M)モノローグ

アタル:(M)この世では誰もが苦しみを味わう。

朔良:(M)そして、その苦しみの場所から強くなれる者もいる。

 

 


【間】

 

 


アタル:(M)"平気、やるから。私がやった方が早く終わるでしょ"
    そう言って煩わしそうに俺を押しのける妻。

    "やる事はちゃんとやってるから"
    それが、口癖。

    (妻が部屋を出ていく音を聞いて)
    乾いた扉の閉まる音と『行ってきます』も言わない彼女の背中を見ていると、俺は無性に死にたくなった。

    カラダが冷たくなるのを感じて、呼吸がしづらくなる……いつもの症状。
    震える脚でなんとかその場に立って、時計を見つめる。

アタル:(呼吸しづらそうに)…あと、もう少し。

アタル:(M)毎週金曜、PM8:36…俺のスマートフォンが鳴る。

アタル:(震える手で通話ボタンを押す、呼吸は乱れている)っ…はぁ…。

朔良:もしもーし。

 

アタル:(相手に聞こえないように、呼吸を整える)はぁ…はぁ……。

 

朔良:アタルさーん?もしもーし。

 

アタル:もしもし。

 

朔良:あ、よかった、聞こえる?

 

アタル:ああ、電波悪かったみたいだ、ごめん。

 

朔良:そっか、こっちのWi-Fiのせいかも。

 

アタル:うん…。

 

朔良:あ、アノヒトは?もう行った?

 

アタル:行ったよ。

 

朔良:毎週、時間どおりだね。

 

アタル:そういう奴だからな。

 

朔良:(複雑そうに微笑んで)そう…。

 

アタル:どうした?

 

朔良:ああ、いや、そういう所が窮屈なんだろうなって思って。

 

アタル:そうだな。

 

朔良:大丈夫?

 

アタル:…っ

 

朔良:アタルさん…?

 

アタル:大丈夫だよ。

 

朔良:そう…。

 

アタル:……。

 

朔良:ねぇ…。

 

アタル:ん?

 

朔良:偉かったね。

 

アタル:…なにが?

 

朔良:死にたくなるの我慢できて…偉かったね。

 

アタル:……。

 

朔良:アタルさん?

 

アタル:…今日が待ち遠しかったよ。

 

朔良:うん…俺も。


アタル:(M)彼女が夜勤に行く日に決まってかかってくる電話。
    声の主は半年前に東京へ栄転した後輩、本条 朔良(ほんじょう さくら)。
    俺はこの時の為に…生きている。

 

 


(タイトルコール)

朔良:祇園×エンヴィ

 

アタル:TGIF.(ティー・ジー・アイ・エフ)毎週金曜、PM8:36.

朔良:今日はそっちの店、忙しかった?

 

アタル:先週よりはマシだったよ。

 

朔良:そっか。

 

アタル:おまえは?マネージャーがよく頑張ってたって言ってたけど。

 

朔良:ほんと?

 

アタル:ああ。

 

朔良:それってこの間、出張で来た時のこと?

 

アタル:だろうな。

 

朔良:えー、なら俺に直接言ってくれたらいいのに。
   あの人、相変わらず不器用だな。

 

アタル:本条もマネージャーに機械的に接してるもんなあ。

 

朔良:そんなことないでしょ。

 

アタル:気づいてないのか?

 

朔良:なにに?

 

アタル:おまえ、接客以外だと急に無愛想になってるって。

 

朔良:え…ほんとに?
   そんなつもりないよ、俺。

 

アタル:んー…。

 

朔良:(少し不機嫌そうに)なに?

 

アタル:おまえが優秀なのはよくわかってるよ。

 

朔良:どーだかー。

 

アタル:そんな言い方するなって。

 

朔良:…俺はお客様に気持ちよく帰ってもらいたいだけだよ。

 

アタル:(優しく微笑んで)わかってる。

 

朔良:…。

 

アタル:誰よりも、人の気持ちを理解しようとするおまえだから…。

 

朔良:え?

 

アタル:いや…ちゃんとできる奴だから、今おまえは東京にいるんだと思う。

 

朔良:うん…。

 

アタル:だけどな…?
    いくらお客様が優先だっていっても、スタッフが近寄り難いって思うってことはさ、おまえの損になることも―――

 

朔良:(かぶせて)サクラ。

 

アタル:え…。

 

朔良:ねえ、そろそろ俺のこと朔良って呼んでよ。

 

アタル:……。

 

朔良:……。

 

アタル:今度な。

 

朔良:いつもそればっかり

 

アタル:今まで本条って呼んでたのに急に…

 

朔良:急じゃない。前から言ってる。

 

アタル:…ああ。

 

朔良:…困らせた?

 

アタル:そんなことあるわけない。

 

朔良:うん…。

 

アタル:なぁ―――

 

朔良:いいよ!…じゃあ今度ね?約束。

 

アタル:約束…な。

朔良:(M)彼…東雲 アタル(しののめ あたる)との約束が少しずつ増えていく。
   これがどんなに脆い鎖なのかは俺が一番よく知っていた。
   彼にその衝動があると知ったのはどれくらい前だっただろうか…。
   まだアタルさんが独身の時だったから、かれこれ四、五年前だったと思う。

 

 

 


(回想/四、五年前・深夜の四条大橋にて)
 

朔良:え…東雲さん?…なにやってるんですか。

 

アタル:……(うつろな瞳と目があった瞬間、その視線は空を仰ぎ、次の瞬間、彼は橋から飛び降りようと手をかける)。

 

朔良:は?待って待って待って!

 

アタル:っ…

 

朔良:なに考えてるですか?!

 

アタル:……離せよ。

 

朔良:深さはないにしても打ち所が悪かったら死にますよ?!

 

アタル:なんで、止める?

 

朔良:そりゃ、目の前で今にも飛び降りそうな人が居たら止めるでしょ!

 

アタル:……余計なお世話だ。
    おまえには関係ない。

 

朔良:は…?

 

アタル:俺に構うな。

 

朔良:東雲さん、そういう顔もできるんですね。

 

アタル:どういう意味だよ。

 

朔良:いつも無害な顔してヘラヘラ笑ってるから。

 

アタル:口の利き方に気をつけろよ。

 

朔良:怒ったりもするんだ…?

 

アタル:うるさいな…っ(手を振りほどいて)

 

朔良:ねえ?

 

アタル:まだ何か(あるのか)――

 

朔良:(被せて)結婚控えてる人が無責任にこんな事しない方がいいじゃないですか?

 

アタル:っ…(傷ついた顔をして、涙をこぼしながら震える)

 

朔良:え…なんで…

 

アタル:見る、な…俺を…見ないでくれ。

 

朔良:……。


朔良:(M)普段、優しくて頼れる先輩だったアタルさんが、初めて見せた憤った顔も泣きながら震える姿も、今でも脳裏に焼き付いている。
   見えないところに傷を作って、どこで手に入れるのかもわからない薬を飲んで…

   色んな死に方を彼は試したけれど…何故かいつも、その場に俺はいた。
   何の因果か…巡り合わせか…。
   俺はあの人を放っておけなくなった。

   この電話一本でなにをどう繋げるかなんてわからない…だけど…俺は……。

アタル:飯とか、風呂は?

 

朔良:……。

 

アタル:本条?

 

朔良:……。

 

アタル:なぁ、本条?

 

朔良:っ…。

 

アタル:どうした?

 

朔良:…ごめん。

 

アタル:疲れてる?先、寝るか?

 

朔良:ううん。大丈夫、起きてる。

 

アタル:さっき言ったこと聞こえてた?

 

朔良:うん。ご飯とか色々、済ませたよ。
   アタルさんは?

 

アタル:まだ。

 

朔良:なら、待ってるから、済ませてきて?

 

アタル:……。

 

朔良:アタルさん?

 

アタル:ああ…行ってくるよ。
    飯は済んでるから、風呂だけ入ってくる。

 

朔良:うん…。あ、繋いでてね?

 

アタル:わかった。

 


(スマートフォンから遠ざかった所で呟くように…)アタル:この世では誰もが苦しみを味わう。
    そして、その苦しみの場所から強くなれる者もいる。

(回想/半年前)


朔良:ふざけんなよ!

 

アタル:(死のうとしたところを止められひどく咳き込む)ごほっ、ごほっ…

 

朔良:っ、ふざけんな…!死ぬなよ!死なないでくれよ!!

 

アタル:っ……

 

朔良:俺は…あんたに…っ……死んで欲しくないんだよ…!!

 

アタル:……。

 

朔良:なんで…わかんないんだよ。(だんだん涙があふれてくる)

 

アタル:ほん…じょ、う…。

 

朔良:俺は…あんたが大切なんだよ…!
   ここにいて欲しいんだよ!
   消えて欲しくないんだよ!
   いい加減…いい加減わかってくれよ!

 

アタル:(気づかぬうちに泣いている)…っ。

 

朔良:なあ…アタルさん…お願いだからさ……。

 

アタル:ごめん…、ごめん、本条…

 

朔良:っ……サク…ラ

 

アタル:え…

 

朔良:サクラって、呼べよ…

 

アタル:っ…

 

朔良:呼べないの?

 

アタル:怖い。

 

朔良:(震えるアタルに強引に口づけする)っ…

 

アタル:本条…やめ…っ

 

朔良:なんで?

 

アタル:っ…

 

朔良:俺、来週この街から居なくなるんだよ?
   アタルさんが死にたい時、止めるのが難しい所に行く…それ以上に怖い事ってあるの?

 

アタル:だからだよ…おまえを縛り付けるのが怖いんだ。

 

朔良:(優しく微笑んで)今更…?何度も俺は怖い目に合ってるのに?

 

アタル:怖い目…?

 

朔良:あんたがもしあの時…そしてあの時も…本当に死んでたらって思う俺の気持ち…わかんない?

 

アタル:……。

 

朔良:何度でも言うから、絶対に忘れないで。
   俺は…あんたが大切で…ここにいて欲しくて…。
   絶対に消えて欲しくない。

 

アタル:……。


朔良:この気持ちが愛なのか恋なのか…執着なのかすらわからない。
   だけど…俺はアタルさんに生きてて欲しい。

 

アタル:(口づけて)…もっと、言って。

 

朔良:アタルさん…(さらに深く口づけられる)。

 

アタル:俺が必要だって…大切だって…生きろって…っ(朔良に口づけを返される)。

 

朔良:…何度でも言う。アタルさん…俺のそばにいて…。

 

(回想終わり)

アタル:(M)本条と一線を越えたあの日、俺の中で何かが変わった。
    ずっと…死にたかった。
    わけもわからず、死にたかった。
    ここに生きている意味がわからなかった。
    でも…今は……。

 

アタル:朔良…。

 

 

朔良:(物音を聞いて)おかえり?

 

アタル:ただいま。

 

朔良:ゆっくりできた?

 

アタル:ああ…。

 

朔良:あ、ねえ、ビデオつけてよ。

 

アタル:え?

 

朔良:アタルさんの顔みたいな。寝ぐせついてないかチェックしてあげるよ。

 

アタル:つけるのはかまわないけど…

 

朔良:じゃあ、はやくつけて―――

 

アタル:本条。

 

朔良:…なぁに?

 

アタル:(優しく)そんなに心配しなくても、今日は死なない。

 

朔良:っ…。

 

アタル:本条?

 

朔良:そういう事、言うの…やめて。

 

アタル:……ごめん。

 

朔良:俺…嫌だから。

 

アタル:……。

 

朔良:嫌だからね?

 

アタル:…ああ。

 

朔良:今日はやっぱいいや、ビデオつけなくて。

 

アタル:いいのか?

 

朔良:いい。

 

アタル:…。

 

朔良:声だけでいいからさ…

 

アタル:うん…。

 

朔良:このまま、一緒に寝よう?

 

アタル:わかった。

 

朔良:…おやすみ、アタルさん。

 

アタル:おやすみ…。

 

朔良:……。

 

アタル:……。

 

朔良:(ゆっくりと、やすらかに眠る呼吸音)

 

アタル:なぁ?

 

朔良:ん…

 

アタル:朔良…

 

朔良:っ…なぁに?

 

アタル:おまえの寝息…安心する。

 

朔良:(涙ぐんで)そっか…。

アタル:(M)祇園精舎(ぎおんしょうじゃ)の鐘の声、諸行無常(しょぎょうむじょう)の響きあり。
    沙羅双樹(さらそうじゅ)の花の色、盛者必衰(じょうしゃひっすい)の理をあらはす。
    おごれる人も久しからず。
    ただ春の夜の夢のごとし。
    たけき者も遂にはほろびぬ、ひとへに風の前の塵に同じ…。

 

朔良:(M)京都、祇園…伝統が凝縮された明媚(めいび)で雅な美しい街。
   しとやかな空気とは裏腹に、毒々しくも艶(あで)やかな場所である事は誰もが知っていて、知らないふりをしている。
   「おこしやす。」と、にこやかに微笑むその笑顔を信じてはいけない。
   表と裏、本音と建て前、白も黒も多様な色もすべてが混ざり合って混沌としたかつての花街。

 

​アタル:この街で電話を待つ。

 

朔良:決まった日に電話をかける。

 

アタル:毎週金曜、PM8:36…

 

朔良:俺はこの時のために…生きている。

 

 

 

 

 

 

 

8時36分.png
bottom of page