祇園×エンヴィ
祇園×エンヴィ
#蠱惑的アディクト
時間50分(演者様の間のとり方によって時間が変動します)
比率(♂:♀)2:2
注意事項
・人数比率は守ってください
・性別の改変/過度なアドリブはNGです
【登場人物】
小鳥遊美國(たかなし みくに)/祇園近郊の百貨店で美容部員をしている。コスメ売場の『美魔女』と噂される程の年齢不詳な美人。
新垣アラタ(にいがき あらた)/萌笑の後輩、祇園近郊の百貨店の紳士服ブランドの販売員をしてる。
常盤小太郎(ときわ こたろう)/美國の幼馴染、美容関係の店舗経営をしている。バツイチ。
設楽萌笑(したら もえみ)/祇園近郊の百貨店の子供服ブランドの販売員をしている。
【放送用】
祇園×エンヴィ
#蠱惑的アディクト
小鳥遊美國:
新垣アラタ:
常盤小太郎:
設楽萌笑:
美國:(M)ダメな男が好きな女の話をよく聞くけれど、ダメな女に惹かれる男も大多数いると思うの。
儚げで、幸薄げで、守ってあげたい…そんな女に惹かれる男たち。
女たちは本能的に、守ってもらう事があたりまえだと思ってる。
雌としては強いのよ。
でもね、私はそんな風には生きられなかった。
アラタ:美國ってほんと、肌キレイだよね。
美國:(M)私の腰に手を回しながら、アラタは鏡越しにのぞき込んでくる。
アラタ:ねえ、聞いてる?
美國:…仕事だから。
アラタ:(笑って)そんな言い方するなよ。俺の友達も褒めてたよ?
美國:友達って?
アラタ:山田。6階でエステやってる。
美國:ああ、リリアンの山田さんね、何度かエステしてもらった事あるわ。
アラタ:そう言ってた。
美國:(呟くように)まぁ、あの子はそんな事言わないわよね。
アラタ:ん?なに?
美國:なんでもない。
ねえ、そろそろ離して、これ塗っちゃいたいの。
アラタ:俺が塗ってあげようか。
美國:え?
アラタ:こうやって触ったらもっとわかる。
美國:こら、邪魔しないで。
アラタ:邪魔したい。
美國:(M)そう言って肌を寄せてくるアナタ。
私に甘えてくるのがとても可愛いと思うけれど、そう言うと少し膨れた顔をする。
ねえ、どうして気づかないの?
アナタが本当は…弱い女が好きだって。
本当は守ってあげたい人がいるって。
ねえ…はやく気づいて。
私の中で何かが暴走する前に…。
アラタ:(M)祇園精舎(ぎおんしょうじゃ)の鐘の声、諸行無常(しょぎょうむじょう)の響きあり。
沙羅双樹(さらそうじゅ)の花の色、盛者必衰(じょうしゃひっすい)の理をあらはす。
おごれる人も久しからず。
ただ春の夜の夢のごとし。
たけき者も遂にはほろびぬ、ひとへに風の前の塵に同じ…。
美國:(M)彼に抱かれる度に頭の中を廻り続けていた、平家物語の冒頭の一説。
春の夜に見る夢のように儚い私たちの関係。
覚悟していた。
期待などしていなかった。
終わりの見えている関係だったし、笑顔で別れる予定だった。
「なんて事ない、ただの遊びよ。」って。
なのに……。
アラタ:なあ、どうしてこの間、電話出てくれなかったの?
美國:…忙しかったの。
アラタ:最近そればっかりだな。
美國:…。
アラタ:俺たちってさ、どういう関係なんだろうな。
美國:どういう関係だったらよかったの?
アラタ:それは…
美國:(M)彼の戸惑う顔に胸が痛くなる。
予想外だった自分の弱さを抑えきれない。
日に日に口に運ぶワインの量が増えていく。
強くありたいのに、この街で生きていくには強か(したたか)でなくてはならないのに…。
美國:ねえ…。
アラタ:なに?
美國:嫌いになったわけじゃない…
アラタ:え?
美國:アラタが悪いわけじゃない…
アラタ:なに言って――
美國:だけど、終わりにしましょう。
アラタ:美國…?
美國:(涙がこぼれて)っ…終わりにして…お願いだから。
アラタ:どういう事だよ…
美國:(涙をぬぐって整えて)遊びはもう…おしまい。
アラタ:っ…
美國:……。
アラタ:俺は、遊びのつもりなんて(ない)
美國:(被せて)じゃあ、どういうつもりだった?
アラタ:それは…っ、真剣に…。
美國:…ねえ、その言葉の重みわかってて言ってる?
おままごとしてるんじゃないのよ。
大人の女との楽しい時間にはリミットがあるの。
アラタ:なんでそんな言い方するんだよ。
美國:アラタが"ぼうや"だから。
アラタ:怒らせようとして言ってる?
美國:怒りたければ怒ればいいわ。
アラタ:っ…。
美國:無理して私に合わせて、いい子のふりなんてしなくていいのよ。
自分の気持ちに早く気づきなさい。
アラタ:本気だって言ってるだろ。
美國:…それはね、勘違いよ。
アラタ:は?
美國:自分の気持ちがわかっていないだけ。
アラタ:自分の気持ちって…
美國:アラタにはもっと若くて可愛い人があってる。
アラタ:そんな言い方するなよ!
美國:こんな言い方しないとわからないからよ。
アラタ:……。
美國:…さよなら。
(タイトルコール)
アラタ:祇園×エンヴィ
美國:蠱惑的(こわくてき)アディクト
【祇園-BAR RINNE-】
小太郎:え、別れたの?あの子犬君と?
美國:子犬って呼ぶのやめてって言ってるでしょ。
小太郎:なんでか…とか聞いていい?
美國:だめ。
小太郎:そう…か。
美國:うん。
小太郎:まあ…理由なんてありすぎて言葉にならないよな。
美國:へえ…経験者は語る?
小太郎:えぐってくるねぇ。
美國:ごめん。
小太郎:あら、素直じゃない。
美國:たまにはね。
小太郎:そういうところ、あの子犬はちゃんとわかってくれなかった?
美國:どうかしら。
小太郎:美國ってガキの頃から変わらないよな。
美國:なに?
小太郎:言ったら怒るから言わない。
美國:怒るような事なのね?
小太郎:俺には容赦ないからね君は。
美國:仕方ないじゃない、兄妹みたいなものだもの。私たち。
小太郎:兄妹ね…
美國:小太郎?
小太郎:なあ、シャンパン飲もう。
美國:は?
小太郎:再出発を祝して。
美國:…。
小太郎:まだ傷づいた自分に浸りたいなら、『その傷口』舐めてやってもいいけど?
美國:シャンパン頼んで。
小太郎:そうこなくっちゃ。(スタッフに)すみません、シャンパンもらえますか。
え、銘柄か…あー、いつもシュリちゃんに任せてるからなあ。
美國、なんか飲みたいのある?
美國:辛口ならなんでも。
小太郎:オッケー、じゃあモエにしようか。なんかつまみ適当に頼んどくよ?
美國:ありがと。
小太郎:ああ。
美國:(M)彼…常盤小太郎。子どもの頃から一緒にいたこの人は…私が泣きたい時、いつも隣にいる。
憎らしいくらい綺麗に唇を緩ませて、軽口を叩きながらそこいる。
それに安心してしまう自分が少し悔しくて、でも心地がよくて…そんな矛盾に戸惑っていた。
【烏丸室町ワインバー QUATTRO CAT(クワトロキャット)】
アラタ:(シャンパンをそそいで)ほら、乾杯しよ。
萌笑:今日、何度目の乾杯?
アラタ:何度でも。めでたい日なんだからいいでしょ。
萌笑:まぁ…そっか。
アラタ:(グラスを重ねて)お誕生日おめでとう。
萌笑:ありがと。
アラタ:今さらだけど、本当にここで良かったの?
せっかくの誕生日なんだしもっといい店でもよかったのに。
萌笑:ここが良かったの。
アラタ:そ?それなら良いんだけど。
萌笑:だってここは「病める時も健やかなる時も」一緒に飲んだ場所だから。
誘ってくれた時、絶対にここがいいって思ったんだ。
アラタ:マルゲリータも絶品だし?
萌笑:そう!久々に解禁したマルゲリータ最高。
(マルゲリータを口にち運ぶ)んー…本当、美味しい。
アラタ:今日一番幸せそうな顔してる。
萌笑:だって数ヶ月ぶりだよ?
アラタ:頑張ってたもんな。
萌笑:うん。だから今夜ばかりは背徳感とサヨナラして、欲望にまみれるの。
アラタ:山田が言いそうな事言ってる。
萌笑:さすがアラタ。
アラタ:え?
萌笑:なお美にそう言われたんだよね。
アラタ:あはは、やっぱり。
今日もあいつのとこ行ってきたの?
萌笑:うん、午前中ね。なお美様のゴッドハンドに癒されて来た。
アラタ:そう。
萌笑:メンテナンスって大切よね。自分でするには限界あるもん。
アラサー越えたら、ある程度お金かけてあげないと。
アラタ:成果出てるよ。
萌笑:本当?
アラタ:キレイになった。
萌笑:っ…もう。今日も千円いる?
アラタ:(優しく笑って)そんなつもりで言ってないけど?
萌笑:そう…ですか。
アラタ:そうだよ。
萌笑:……。
アラタ:(シャンパンを掲げて)飲む?
萌笑:ありがと。
萌笑:(M)いつの間にか空になっていたグラスにシャンパンを注ぐ彼。
新垣(にいがき)アラタはわたしが働くブランドのメンズ部門で大学生の頃からアルバイトをしていた。
覚えも早く、物腰も柔らかく、売り上げも上々…そんな優秀な彼を店長が口説き落として入社したのが数年前…。
いつのまにか先輩後輩の垣根を越えて"良き飲み友達"となっている。
……いや、今はそれ以上の関係か。
アラタ:どうした?人の顔じっと見て。
萌笑:え?ああ…わたし達も随分長い付き合いになったなあって思って。
アラタ:確かにね。
萌笑:あーあ、大学生のアラタはあんなに小さかったのになぁ。
アラタ:(笑って)その話はもういいだろ?しっかり身長も伸びたし問題なし。
萌笑:ふふ。そうだね、ごめん。
アラタ:あ…。
萌笑:ん?
アラタ:いや、めでたい日にする話じゃない。
萌笑:なによ、気になるじゃない。
アラタ:……変な事思い出した。
萌笑:変な事?
アラタ:年上の男に“子犬”呼ばわりされたっていうダサい話。
萌笑:なるほど…(シャンパンを掲げて)飲む?
アラタ:もちろん。
(アラタのグラスにシャンパンを注ぐ)
萌笑:それで?
アラタ:んー…結構、前の話なんだけどさ―――
【回想・数ヶ月もしくは数年前-Bar RINNE-】
美國:どうだった?
アラタ:俺、生でジャズ聴くの初めてだけど…めちゃくちゃいいね。
美國:そう、良かった。
アラタ:この後どうする?
美國:そうね、このままここで飲んでもいいんだけど…もう少し静かな所に行く?
今夜はラストまで賑やかだろうから。
アラタ:そっか。じゃあ、いつもの店行く?
美國:ええ。(なにかに気づいて)あ…ちょっと待ってて。
アラタ:え、うん…?
美國:小太郎!来てたのね。
小太郎:あれ、美國?
アラタ:(M)少し離れた先で親しげに話す二人。
会話を聞くつもりが無くても、わずかに届いてくる声と口元で何を話してるのか察しがつく。
男の方がちらりとこちらに視線を投げてくるのが横目で見える。
小太郎:部下…?じゃ、ないか。
美國:違う。今、付き合ってる彼。
小太郎:へぇ。かわいい子犬くんじゃない。
美國:ちょっと、その言い方やめて。
小太郎:褒めてるのに?
美國:本気?もう、いいわ。紹介するから来て。
小太郎:必要ないよ。彼と結婚するって言うならお引き合わせ頂くけどね。
美國:それは…。
小太郎:(微笑んで)もう行かなきゃ。
美國:え…
小太郎:すぐ仕事に戻らないといけないから。またゆっくり飲みに行こう。
【回想終了】
アラタ:で、その男は最後にしっかり俺に目を合わせて来て、軽く会釈して余裕な笑顔で帰って行きましたとさ。
萌笑:ふうん。
アラタ:後から幼馴染みだって聞いたけど…なんかそれだけじゃない感じでさ。
萌笑:さすが美魔女。幼馴染みもいい男だった?
アラタ:…めちゃくちゃ大人のいい男だったよ。
萌笑:あはは。
アラタ:なんでそこで笑うんだよ。
萌笑:え、かわいいなって思って。
アラタ:またバカにして…
萌笑:してないわよ。きっとそのイケおじも嫌味のつもりで言ってないと思うけどな。
思う所はありそうだけど。
アラタ:なんだよそれ。
萌笑:なんだろうね。
アラタ:てか、ごめん…誕生日にこんな話して。
萌笑:ん…なんで?大丈夫だよ。
アラタ:嫌じゃないの?
萌笑:ああ、元カノ絡みの話だから?
アラタ:そう……。
萌笑:気にならないかって言ったら嘘だけど。
なにも聞かないで妄想膨らませるよりは聞いた方がスッキリするかなって。
アラタ:へぇ…?
萌笑:それでバッサリ切られても自業自得だし、斬れ味良ければ治りも早いしね。
アラタ:萌笑ってさ…
萌笑:なに?
アラタ:(笑って)変なとこ男前だよな。
萌笑:(M)そう言ってシャンパンを飲む彼に微笑み返したけれど、本当の理由はそれじゃない。
美魔女の…彼女の話を聞いても、なんとなく心が穏やかなのはきっと…休憩室で会ったあの日を思い出すから。
この女(ヒト)は食事をしている姿もこんなに魅力的なのかと見惚れたあの日を…。
【回想】
美國:……。(萌笑の視線に気づく)
萌笑:あ、お、お疲れ様です。
美國:……。(答える事なく視線をそらし、食事を続ける)
萌笑:(小声)え、無視?…ヤな感じ。
はぁ、お腹すいたぁ。(気を取り治して)さ、お昼たーべよ。…あれ?
(がさがさとカバンを探るがお弁当箱が見当たらない)
嘘…まさか……。
買いに行く時間っ…(時計を見て)ない…よね。
美國:忘れたの?
萌笑:え?
美國:お弁当、忘れたの?
萌笑:はい…。
美國:…これ、あげるわ。
萌笑:サンドイッチ…?
美國:手は付けてないから。よかったらどうぞ?
萌笑:コレ!弥ゑ松(やえまつ)のですか?並ばないと買えないって有名な…
美國:今朝、珍しく客足が少なくてすんなり買えたの。
萌笑:いいんですか?もらっても。
美國:ええ。
萌笑:ありがとうございます…。
美國:…じゃあね。
【回想終了】
萌笑:(M)案外、嫌な人じゃないのかもしれない…あの時そう思った。
お礼を言った彼女が少し照れた様子も、わたしは見逃さなかったから。
不器用なだけなんだろうと、可愛い所もあるのだろうと…だから、アラタが彼女を好きになったのもわかる。
【祇園-BAR RINNE-】
小太郎:そういえば、今度、韓国系のコスメ会社が面白い商品出しててさ。
美國:へぇ?
小太郎:ちょっとサンプル試してみてくれない?感想聞きたい。
美國:わかった。
小太郎:ありがと。
美國:やっぱり市場ってそっちのなのよね。
可愛くて、コスパ良くて、ニーズにあってて……女と一緒。
小太郎:そういう言い方やめなさいって。
美國:(微笑んで)"上手い例え"だと思わない?
小太郎:まあ、確かに…じゃなくて!
美國:あはは。そういうとこ好きよ。
それに、彼女…彼女達って本当に可愛いのよ…。
小太郎:…(何かに気づくが素知らぬふりをして)ま、そうやって俺の事おちょくる元気があるなら大丈夫だな。
美國:…そうでもない。
小太郎:え…。
美國:そうでもないから…もうちょっと付き合ってよ。
小太郎:(優しく笑って)ああ。
美國:ありがと…。
小太郎:発散しにカラオケでも行くか!
美國:は?行かないわよ。
小太郎:なんでだよ、昔はよく行ってたろ?
美國:馬鹿ね、何十年前の話してるのよ。
小太郎:えーっとな、確か…(数えようとして)。
美國:数えなくていいから。
小太郎:俺たちも長いよなぁ…。
美國:あー、また始まった。
小太郎:いいだろ?酔わなきゃこういう話もできないんだから。
美國:(M)そう笑って大昔の話を掘り出して、お互いの記憶が合っているか答え合わせをする。
ふと、いつもよりワインの量が減っていない事に気づいた。
傷口に触れず、そっとまわりを温めてくれる彼のおかげかもしれない。
小太郎:この後、どうする?
美國:飲みなおす。
小太郎:あはは、即答。
美國:どこ行く?ゆっくりできる所ならどこでもいいんだけど。
小太郎:うち、来るか?
美國:……。
小太郎:なあ?
美國:おばさまが会いたいって言ってくれてるの?
小太郎:あ、バレた?ちなみに小織(ちおり)も会いたいって。
美國:小織ちゃん、今日来てるんだ?
小太郎:おまえと呑むって言ったらお袋が『じゃあ二次会はうちね。お酒の肴作っておくわ』って。
『ちおちゃんにも連絡しておかなきゃ!』だってさ。
美國:ふふ。おばさま相変わらず可愛い。
小太郎:それ本人の前で言うなよ?調子乗るから。
美國:なんでよ、いいじゃない。
小太郎:いいけどさぁ…あ、でも小織も会いたいって言ってたから。
もしこの後、大丈夫なら顔見せてやって?
美國:うん。行く。
小太郎:じゃあ、連絡入れて来る。ちょっと待ってて。
美國:(M)スマートフォンを取り出しながら席をはずす彼。
戻って来た時にはお会計も済んでいて、タクシーも呼んでくれているだろう。
抜け目のない幼馴染。昔からそうだった。
小太郎:おまたせ。もう少ししたらタクシー来るから。
美國:ふふっ。
小太郎:なに?
美國:ううん。ここ、ごちそうになっていいの?
小太郎:もちろん。
美國:ありがとう。ごちそうさま。
小太郎:いえいえ。
美國:あ、ねえ、はじめさんとひふみさんはお元気?
小太郎:元気も元気。
ずーっと朝の仕込みしながらあーでもない、こーでもないって喧嘩してる。
美國:相変わらずね。
小太郎:まあな。『喧嘩っ早い所まで死んだあの人に似なくていいのに』ってお袋はぼやいてるけど。
美國:女将も大変ね。
小太郎:あいつらも結婚してくれりゃ、ちょっとはお袋も安心できるんだろうけどな。
美國:あれ、お兄さんたちまだ独身だった?
小太郎:ああ。どうしても兄貴たちと結婚した先に"割烹料理屋の若女将"がチラつくらしくて。
美國:まあ…今どきのお嬢ちゃんたちには荷が重いわね。
小太郎:だから、小織が『子育て落ち着いたら、お袋の跡継ぐ』って言ってる。
美國:そうなんだ?ならおばさまも安心じゃない。
小太郎:ああ。俺はもう常盤の養子だから、表立っては力になれないし。
正直、小織がそう言ってくれてほっとした。
美國:常盤のおじさまの養子になってもう随分立つわよね?
小太郎:去年、めでたく二十年目を迎えたよ。
俺、料理とか本当に才能なかったしさ?
兄貴たちみたいに店ををやってくのは難しかっただろうし、三男坊なのもあって声掛けやすかったと思う。
美國:でもおじさま、小太郎の事、一番気に入ってたと思うわよ?
小太郎:そう?あの人、俺にはそういう素振り見せないからなぁ。
美國:そういうものよ。
私は何度かお食事ご一緒した時に、小太郎の事褒めてるの聞いてるから。
あ、これ内緒ね?
小太郎:(笑って)そうか。
常盤の家には、親父が死んでから本当に世話になってたし、あの人達の事も好きだったからさ?
俺としては養子になる事にさほど抵抗はなかったんだ。
それに、常盤の義父(ちち)があんな風に頭下げるなんてよっぽどの事なんだなろうなって…。
子供心にそう思ったのを今でも覚えてる。
美國:うん…。
小太郎:あれ、呑みすぎたかな…なんか語っちゃった。
美國:いいじゃない、たまには。
小太郎:そっか。まあ相手も美國だし、いいよな。
美國:(笑って)なによそれ。
小太郎:あはは。言ってる俺もよく分かってない。
美國:(M)この柔らかい笑顔は本当に変わらない。
昔から周りの大人たちを後悔させないように、この人はいつもひたむきに励んでいた。
小太郎が抜け目なく、なんでもスマートにこなすのは複雑な生い立ちのせいだ。
早くに父親を亡くして。
お店を家族で必死に切り盛りして。
ようやく落ちついた矢先に、子どものできなかった母方の兄の養子になった。
きっと口に出さないだけで、色んな思いがあっただろうに…彼はそれを表に出さず柔らかく笑う。
幼いころからそばで見ていたわたしは、そんな彼がほっとする場所を作って――
美國:ん?
小太郎:ん?なに?
美國:いや、なんか今、変な事が頭をよぎった。
小太郎:なんだよそれ。あ、タクシー来たって。行こ。
美國:うん。
美國:(M)一瞬よぎった思いをシャンパンのせいだと掻き消して、私はタクシーに乗り込んだ。
【烏丸室町ワインバー QUATTRO CAT(クワトロキャット)】
アラタ:(M)オフィス街を抜けて路地裏に入ると、そこには京都では馴染みの町家を改装したワインバー『QUATTRO CAT(クワトロキャット)』がある。
店内は和モダンな雰囲気で、いつもゆったりとジャズが流れているのが心地いい。
カウンターから横目で見えるところにライトアップされた箱庭があり、情緒あふれる雰囲気をかもしだしている。
今夜はいつものカウンター席ではなく、箱庭が目の前に見える横並びの小さな個室を予約して萌笑の誕生日を祝っているのだが…
彼女の楽しそうな笑顔に心和まされるのとは別に、頭の隅であの人の言葉や思い出が過ぎる。
【回想】
美國:アラタにはもっと若くて可愛い人があってる。
アラタ:そんな言い方するなよ!
美國:こんな言い方しないとわからないからよ。
アラタ:……。
美國:…例えば、よく一緒に飲んでる子供服売り場のあの子。
アラタ:それって、萌笑の事…?なんで…
美國:それを教えてあげられるほど…私は大人じゃないの。
【回想終了】
アラタ:(M)こんな日にどうして…と思う気持ちと、こんな日だからなのかと思う気持ちで胸がザワつく。
萌笑:ねぇ、もう少し飲む?
アラタ:萌笑が飲みたいならつき合うよ。
この後デザート来るけどどうする?甘いのに合うワインとかにする?
萌笑:なら、ワインはやめてコーヒーにしようかな。
アラタ:頼んでくる。
萌笑:ありがとう。(背中を見送って)もう、デザートなんだ…あっという間過ぎて…。
めちゃくちゃ楽しんでるな…わたし。
あの日以来、割と一緒に居るとはいえ、デートらしいデートは久しぶりだもんね。
あーでも、飲み過ぎたかな、顔赤くなってないよね…(コンパクトミラーを覗き込む)よし、大丈夫。
メイクはさっき直したし―――
アラタ:頼んで来たから、すぐ来ると思う。
萌笑:っ……う、うん。ありがとう。
アラタ:?
萌笑:(M)不思議そうな顔をしている彼に心臓の音が聞こえそうで、慌ててグラスに残っていたシャンパンを飲み干す。
部屋の外から声をかけられると、バースデープレートのついたイタリアンティラミスとホットコーヒーが手元に置かれた。
萌笑:わぁ…美味しそう。
アラタ:ティラミスってさイタリア語で『上に引っ張る』って訳すんだけど、"私を元気づけて"とか"私を励まして"って意味があるんだって。
萌笑:元気づけてくれるお菓子?
アラタ:あれ、知ってた?
萌笑:何年も通ってるからね。
アラタ:それもそうか。
萌美:あ…
アラタ:ん?
萌笑:ねえ…もう一つの意味もマスターから聞いた?
アラタ:え、もう一つの意味?
萌笑:あの人それ言わずにティラミス勧めてきたの?意地悪だなぁ。
アラタ:なんで?
萌笑:(ティラミスをひと口食べて)んー、美味しい。
悔しいけどマスターのティラミスめちゃくちゃ美味しいのよね。
アラタ:なら…良かった。
萌笑:これ、一皿シェアするようになってるのも?
アラタ:ああ、コース初めて頼んだから任せたんだけど…。
萌笑:(笑って)策士だなぁ。ね、これ食べてみて美味しいから。
アラタ:うん。あ、待ってフォークひとつしか―――
萌笑:はい、どうぞ。(ティラミスをすくってアラタの口元へ)
アラタ:え…あ、いただきます。
萌笑:美味しい?
アラタ:めちゃくちゃ美味い。
萌笑:ティラミスってね?
アラタ:ん?
萌笑:18世紀ぐらいにイタリアのブロッセル(売春宿)の女性オーナーが、男性客にサービスでティラミスを出したのが始まりなんだって。
アラタ:そうなんだ…?
萌笑:お客さんの気力を回復させたり、夫婦間の問題を少しでも軽減させるためにこの甘いデザートが考えられたらしくて、お客さんの帰り際に「これであなたを引きあげてあげるわ」ってティラミスを渡していたのが由来になったの。
アラタ:へぇ。
萌笑:はい、もう一口。
アラタ:ああ…
萌笑:(ティラミスを食べるアラタを見つめて)それ…媚薬なんだって。
アラタ:っ…。
萌笑:この後、まだ時間平気?
アラタ:大丈夫だよ。
萌笑:なら、うちで飲みなおそ?
アラタ:(M)あの人にひとつだけ言いたかった事がある。
呆れるかもしれないし、怒るかもしれないと思って言えなかった事が…。
"設楽萌笑という女は決して可愛いだけの女じゃない"
やけに艶っぽくティラミスを口に運ぶ彼女を前に、俺は心からそう思った。
【小太郎の実家、割烹きさらぎ】
小太郎:小織、無事に家着いたって。
『美國ちゃんによろしく』ってさ。
美國:そっか。あー本当、久しぶりに会えて嬉しかったなあ。
全然変わってない。綺麗なお母さんよねえ。
思わず『どこの化粧品使ってるの?』って聞いちゃった。
小太郎:あいつも楽しかったってずっと言ってたよ。
今度は二人でどこか行って来たら?
美國:うん。そういう話もしてたの。
最近はそういう時間も取れてきたんだってね。
小太郎:下の子も来年中学生だからさ、たまに上の子達と留守番させて、旦那と出掛けたりもしてるみたい。
美國:なるほどねぇ…あの小織ちゃんがお母さんになるなんて当時は意外だったけど。
小太郎:バリバリのヤンキーだったからな。
美國:そうそう、特攻服着て背中に『天上天下唯我独尊』なんて生で見る日が来るなんて思ってなかったから。
小太郎:パラリラパラリラーってな。
美國:やめなさいよ、歳ばれるってば。
小太郎:今更だろ。
美國:まあね?でも本当、双子なのに全然似てないわよね?
小太郎:あいつは思いっきり親父似。兄貴たちと一緒。
美國:あはは、確かに。子どもの頃はお父様も一緒に四人で喧嘩してたわよね?
小太郎:そうそう、俺とお袋で止めるのが大変で大変で。
美國:小太郎はおばさま似か。顔もちょっと系統違うもんね?
小太郎:ああ。お袋似というか…最近は常盤の義父(ちち)によく似てるって言われるよ。
美國:おじさま、喜んでるでしょ?
小太郎:さあな。さっきも言ったけど、俺にはそんな顔見せないよ。
美國:そう。
小太郎:あ、酒なくなったな、もう少し呑める?
美國:もちろん。
小太郎:同じ酒でいい?もらって来るわ。
美國:うん、ありがとう。
小太郎:ちょっと待ってて。(席を立つ)
小太郎:(M)席を立った俺はお袋のいるカウンター席を覗き込む。
接客が忙しそうなのを見て厨房にそのまま声をかけた。
小太郎:はじめ兄さん、熱燗もらえる?
小太郎:(M)「ちょっと待ってろ」と言って長兄が酒燗器(さけかんき)に日本酒をそそぐ。
その様子を眺めているとカウンターに料理を出し終えた次兄(じけい)が戻ってきた。
“美國ちゃん、相変わらず美人だな”
と、ニヤリと意味ありげに笑いかけてくる。
“美國ちゃんは駄目だぞ、ひふみ”
嗜めるように言って、長兄は俺に熱燗を渡しながら肩をぽんぽんと叩いてくる。
小太郎:え、ちょっと待ってよ。俺たちそういうのじゃないよ?
小太郎:(M)兄たちは顔を見合わせると揃って同じ顔をして笑った。
【烏丸御池近郊マンション】
(ドアを開け2人が入ってくる)
萌笑:適当に座って。
アラタ:うん…お邪魔します。
萌笑:あ、今日、なお美にワインもらったんだー。開けちゃう?
アラタ:ちょっと待って(グッと萌美の腕を掴む)。
萌笑:え…
アラタ:好きだ。
萌笑:…はい、存じ上げております。
アラタ:萌笑はどう思ってる?
萌笑:いや…情緒不安定でかっこ悪い所見せまくってたのになんて奇特な人なんだろうなって―――
アラタ:萌笑は俺の事どう思ってる?
萌笑:そ、それはさ、わかるでしょ?だって…
アラタ:「じゃなきゃ部屋に入れたりしない」とかは無し。
ちゃんと言って?ちゃんと聞きたい。
萌美:…。
アラタ:萌笑?
萌笑:……すき。
アラタ:……。
萌笑:え?
アラタ:もう一回。
萌笑:は?え、や、やだ。
アラタ:なんでだよ。
萌笑:恥ずかしいもん。
アラタ:もおおっ(ぎゅっと萌笑を抱きしめて)
萌笑:わ、ちょっ、なっ…
アラタ:恥ずかしがってる萌笑も可愛くて好き。
萌笑:うん…。
アラタ:好きだよ。
萌笑:わたしも好き。
アラタ:彼女になってくれる?
萌笑:うん。
アラタ:キスしてもいい?
萌笑:や、だから…そういう事聞かないで。
アラタ:いいよって言って?
萌笑:…い、いいよ?
アラタ:(キスして)幸せ。
萌笑:うん。
アラタ:あ、そうだこれ(プレゼントの箱を渡しながら)。いつ渡そうか悩んで、タイミング逃してた。
まだ…(時計を見て)大丈夫だな。よし。
誕生日おめでとう、萌笑。
萌笑:ありがとう、アラタ…。
萌笑:(M)ダメな男が好きな女の話をよく聞くけれど、ダメな女に惹かれる男も大多数いると思う。
儚げで、幸薄げで、守ってあげたい…そんな女に惹かれる男たち。
女たちは本能的に、守ってもらう事があたりまえだと思ってる。
雌としては強いんだろうな。
きっと、わたしはそう見えるだろうし、彼もそう…思ってる。
小太郎:祇園精舎(ぎおんしょうじゃ)の鐘の声、諸行無常(しょぎょうむじょう)の響きあり。
沙羅双樹(さらそうじゅ)の花の色、盛者必衰(じょうしゃひっすい)の理をあらはす。
おごれる人も久しからず。
ただ春の夜の夢のごとし。
たけき者も遂にはほろびぬ、ひとへに風の前の塵に同じ…。
美國:あの子の気持ちは最初からわかってたの。
小太郎:あの子って、子犬?
美國:(笑って)そうよ。
小太郎:それで?
美國:彼がよく話をする女の子がいてね。
仕事場の先輩なんだって。
年上のくせに頼りなくてほっとけないやつなんだって…美國とは全然違うって…。
小太郎:へえ?
美國:彼女の事に一喜一憂して、子供みたいに私に伝えてくるの。
小太郎:さすが子犬。
美國:意地悪言わないで。
小太郎:少しはいいだろ?
美國:(苦笑して大きく息を吐く)最初からあの子は私の事なんて見てなかった…。
私をとらえていないその瞳をこっちに向けたくて、遊びだって言い聞かせてた。
小太郎:美國。
美國:なに?
小太郎:自分の気持ち誤魔化したりするなよ。
美國:……。
小太郎:無理に全部話せなんて言わないからさ。
もうちょっと、楽にしろよ。
美國:…うん。
美國:京都、祇園…伝統が凝縮された明媚(めいび)で雅な美しい街。
しとやかな空気とは裏腹に、毒々しくも艶(あで)やかな場所である事は誰もが知っていて、知らないふりをしている。
「おこしやす。」と、にこやかに微笑むその笑顔を信じてはいけない。
表と裏、本音と建て前、白も黒も多様な色もすべてが混ざり合って混沌としたかつての花街。
私はこの街で…独りで…
【エピローグ】
美國:(M)百貨店。東棟屋上の喫煙スペースは古参である社員しか知らない秘密の場所だ。
禁煙ブームでここにくる人間も随分減ったような気がするが、居心地が良くなっていく事には違いなかった。
私は屋上から祇園の街を見下し、メヴィウスの煙を吐き出す。
アラタ:美國。
美國:え…
(M)ふいに名前を呼ばれた気がして振り返ると、そこには数ヶ月前に別れた彼が居た。
ああ…この子にはこの場所を教えて居たなと頭の隅で思う。
アラタ:久しぶり…元気だった?
美國:久しぶりね。どうしたの?こっちの棟に来るなんて珍しいじゃない?
アラタ:こっちの売り場に用事があって。
美國:そう…
アラタ:俺…俺さ。
美國:……。
アラタ:美國の事、本気で好きだった。
美國:……。
アラタ:……。
美國:……今さら、そんな事を私に伝えるって事は…彼女と上手くいったのね?
アラタ:うん…。
美國:良かったじゃない……おめでとう。
美國:(M)少し複雑そうに微笑みかけてきた彼に、私は精一杯の言葉をかける。
本当に…バカな子、そんな事をいちいち私に伝える必要なんて…ないのに。
チクリと傷んだ心臓の傷をあなただけには見せたくないから。
ゆっくりと私は煙草を吸って、空に向けて煙を吐く。
そう…何も気にしてないわよと言わんばかりに…。
でもきっとこれで、私も前に進める。
あなたと同じ気持ちでよかった。
本当にそう…思えて…よかった。
美國:(どこかに電話をかける)…もしもし?仕事中ごめん。
小太郎:いや、今、休憩入ったところだから大丈夫。
美國:そう…
小太郎:どうした?
美國:飲みに行かない?
小太郎:今夜?
美國:うん…忙しいなら今度でもいい。
小太郎:いや、いけるよ。
どこがいい?
美國:お酒の美味しいとこならどこでも。
小太郎:わかった、仕事が終わったら連絡するな。
美國:ありがとう。
小太郎:なんだよ、改まって。
美國:私、独りじゃ…無理だったから。
小太郎:なんかあった?
美國:今夜話すわ。
小太郎:わかった。
美國:(M)そう…本当に独りじゃなくて、良かった…。
完