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TGIF.毎週金曜、PM9:48.

時間15分(演者様の間のとり方によって時間が変動します)
比率(♂:♀)1:1
 
注意事項
・人数比率は守ってください
・性別の改変/過度なアドリブはNGです

【登場人物】
東雲 アタル(しののめ あたる)
地方の百貨店で紳士服の販売員をしている。
幸薄げな美人。
朔良の先輩。
自殺未遂を何度かおこし、その度に朔良に助けられている。


本条 朔良(ほんじょう さくら)
アタルの後輩で元紳士服の販売員。
東京の本部へ栄転しエリアマネージャーをしている。
アタルの自殺未遂の現場に何度か遭遇し、アタルを繋ぎ止めたくて仕方がない。

 

 


アタル:(M)"飯?ああ、大丈夫、食べてきたから。ごめん、疲れてるから…もういいかな"
    そう言って煩わしそうに私を押しのける彼。
    
    "十分な生活費は渡してるだろ"
    それが、口癖。
    
    (夫が部屋を出ていく音を聞いて)
    乾いた扉の閉まる音と『行ってきます』も言わない夫の背中を見ていると、私は無性に死にたくなった。
    
    カラダが冷たくなるのを感じて、呼吸がしづらくなる……いつもの症状。
    震える脚でなんとかその場に立って、時計を見つめる。

アタル:…あと、もう少し。

 

アタル:(M)毎週金曜、PM9:48…私のスマートフォンが鳴る。

 

 

アタル:(震える手で通話ボタンを押す、呼吸は乱れている)っ…はぁ…。

朔良:もしもーし。

 

アタル:(相手に聞こえないように、呼吸を整える)はぁ…はぁ……。

 

朔良:アタルさーん?もしもーし。

 

アタル:もしもし。

 

朔良:あ、よかった、聞こえる?

 

アタル:あ、電波悪かったみたい…ごめんね。

 

朔良:そっか、こっちのWi-Fiのせいかも。

 

アタル:うん…。

 

朔良:あ、アノヒトは?もう行った?

 

アタル:行ったよ。

 

朔良:毎週、時間どおりだね。

 

アタル:そういう人だからね。

 

朔良:(複雑そうに微笑んで)そう…。

 

アタル:なぁに?

 

朔良:ああ、いや、そういう所が窮屈なんだろうなって思って。

 

アタル:そう…ね。

 

朔良:大丈夫?

 

アタル:…っ

 

朔良:アタルさん…?

 

アタル:大丈夫よ。

 

朔良:そう…。

 

アタル:……。

 

朔良:ねぇ…。

 

アタル:ん?

 

朔良:偉かったね。

 

アタル:…なにが?

 

朔良:死にたくなるの我慢できて…偉かったね。

 

アタル:……。

 

朔良:アタルさん?

 

アタル:…今日が待ち遠しかった。

 

朔良:うん…俺も。

 

 

 

アタル:(M)彼が夜勤に行く日に決まってかかってくる電話。
    声の主は半年前に東京へ栄転した後輩、本条 朔良(ほんじょう さくら)。
    私はこの時の為に…生きている。

 

 

 

 

 

(タイトルコール)

朔良:祇園×エンヴィ

アタル:TGIF.(ティー・ジー・アイ・エフ)毎週金曜、PM9:48.

 

朔良:今日はそっちの店、忙しかった?

 

アタル:先週よりはマシだったよ。

 

朔良:そっか。

 

アタル:そっちは?マネージャーがよく頑張ってたって言ってたけど。

 

朔良:ほんと?

 

アタル:うん。

 

朔良:それってこの間、出張で来た時のこと?

 

アタル:だと思うよ?

 

朔良:えー、なら俺に直接言ってくれたらいいのに。

   あの人、相変わらず不器用だな。

 

アタル:本条くんがマネージャーに機械的に接してるのも原因だと思うよ?

 

 

朔良:そんなことないでしょ。

 

アタル:もしかして、気づいてないの?

 

朔良:なにに?

 

アタル:本条くん、接客以外だと急に無愛想になってるって。

 

朔良:え…ほんとに?

   そんなつもりないよ、俺。

 

アタル:んー…。

 

朔良:(少し不機嫌そうに)なに?

 

アタル:君が優秀なのはよくわかってるけどね?

 

朔良:どーだかー。

 

アタル:そんな言い方しないでよ。

 

朔良:…俺はお客様に気持ちよく帰ってもらいたいだけだよ。

 

アタル:(優しく微笑んで)わかってる。

 

朔良:…。

 

アタル:誰よりも、人の気持ちを理解しようとするあなただから…。

 

朔良:え?

 

アタル:ううん…ちゃんとできる人だから、今、本条くんは東京にいるんだと思う。

 

朔良:うん…。

 

アタル:だけどね…?
    いくらお客様が優先だっていっても、スタッフが近寄り難いって思うってことはさ、本条くんの損になることも―――

 

朔良:(かぶせて)サクラ。

 

アタル:え…。

 

朔良:ねえ、そろそろ俺のこと朔良って呼んでよ。

 

アタル:……。

 

朔良:……。

 

アタル:今度ね。

 

朔良:いつもそればっかり

 

アタル:今まで本条くんって呼んでたのに急に…

 

朔良:急じゃない。前から言ってる。

 

アタル:…うん。

 

朔良:…困らせた?

 

アタル:そんなことあるわけない。

 

朔良:うん…。

 

アタル:ねえ―――

 

朔良:いいよ!…じゃあ今度ね?約束。

 

アタル:約束…ね。

 


 

朔良:(M)彼女…東雲 アタル(しののめ あたる)との約束が少しずつ増えていく。
   これがどんなに脆い鎖なのかは俺が一番よく知っていた。
   彼女にその衝動があると知ったのはどれくらい前だっただろうか…。
   まだアタルさんが独身の時だったから、かれこれ四、五年前だったと思う。
   
   普段、優しくて頼れる先輩だったアタルさんが、泣きながら震える姿が今でも脳裏に焼き付いている。
   見えないところに傷をつくって、どこで手に入れるのかもわからない薬を飲んで…
   
   色んな死に方を彼女は試したけれど…何故かいつも、その場に俺はいた。
   何の因果か…巡り合わせか…。
   俺はあの人を放っておけなくなった。
   
   この電話一本でなにをどう繋げるかなんてわからない…だけど…俺は……。

 

 

アタル:ご飯とか、お風呂は?

 

朔良:……。

 

アタル:本条くん?

 

朔良:……。

 

アタル:ねえ、本条くん?

 

朔良:っ…。

 

アタル:どうしたの?

 

朔良:…ごめん。

 

アタル:疲れてる?先に寝る?

 

朔良:ううん。大丈夫、起きてる。

 

アタル:さっき言ったこと聞こえてた?

 

朔良:うん。ご飯とか色々、済ませたよ。
   :アタルさんは?

 

アタル:まだ。

 

朔良:なら、待ってるから、済ませてきて?

 

アタル:……。

 

朔良:アタルさん?

 

アタル:うん…行ってくるね。
   ご飯は済ませたから、お風呂だけ入ってくる。

 

朔良:うん…。あ、繋いでてね?

 

アタル:わかった。

 


アタル:(M)本条くんと一線を越えたあの日、私の中で何かが変わった。
    ずっと…死にたかった。
    わけもわからず、死にたかった。
    ここに生きている意味がわからなかった。
    でも…今は……。

 

 

 


(回想)
朔良:ふざけんなよ!

 

アタル:(死のうとしたところを止められひどく咳き込む)ごほっ、ごほっ…

 

朔良:っ、ふざけんな…!死ぬなよ!死なないでくれよ!!

 

アタル:っ……

 

朔良:俺は…あんたに…っ……死んで欲しくないんだよ…!!

 

アタル:……。

 

朔良:なんで…わかんないんだよ。(だんだん涙があふれてくる)

 

アタル:ほん…じょ、う…くん…。

 

朔良:俺は…あんたが大切なんだよ…!
   ここにいて欲しいんだよ!
   消えて欲しくないんだよ!
   いい加減…いい加減わかってくれよ!

 

アタル:(気づかぬうちに泣いている)…っ。

 

朔良:なあ…アタルさん…お願いだからさ……。

 

アタル:ごめん…、ごめん、本条…く…

 

朔良:っ……サク…ラ

 

アタル:え…

 

朔良:サクラって、呼べよ…
(回想終わり)


 

アタル:朔良…。

 

 

 

 

 

朔良:(物音を聞いて)おかえり?

 

アタル:ただいま。

 

朔良:ゆっくりできた?

 

アタル:うん…。

 

朔良:あ、ねえ、ビデオつけてよ。

 

アタル:え?

 

朔良:アタルさんの顔みたいな。寝ぐせついてないかチェックしてあげるよ。

 

アタル:つけるのはかまわないけど…

 

朔良:じゃあ、はやくつけて―――

 

アタル:本条くん。

 

朔良:…なぁに?

 

アタル:(優しく)そんなに心配しなくても、今日は死なない。

 

朔良:っ…。

 

アタル:本条くん?

 

朔良:そういう事、言うの…やめて。

 

アタル:……ごめん。

 

朔良:俺…嫌だから。

 

アタル:……。

 

朔良:嫌だからね?

 

アタル:…うん。

 

朔良:今日はやっぱいいや、ビデオつけなくて。

 

アタル:いいの?

 

朔良:いい。

 

アタル:…。

 

朔良:声だけでいいからさ…

 

アタル:うん…。

 

朔良:このまま、一緒に寝よう?

 

アタル:わかった。

 

朔良:…おやすみ、アタルさん。

 

アタル:おやすみ…。

 

朔良:……。

 

アタル:……。

 

朔良:(ゆっくりと、やすらかに眠る呼吸音)

 

アタル:ねぇ?

 

朔良:ん…

 

アタル:朔良…

 

朔良:っ…なぁに?

 

アタル:朔良の寝息…安心する。

 

朔良:(涙ぐんで)そっか…。

 

 

 

 

アタル:(M)祇園精舎(ぎおんしょうじゃ)の鐘の声、諸行無常(しょぎょうむじょう)の響きあり。
    沙羅双樹(さらそうじゅ)の花の色、盛者必衰(じょうしゃひっすい)の理をあらはす。
    おごれる人も久しからず。
    ただ春の夜の夢のごとし。
    たけき者も遂にはほろびぬ、ひとへに風の前の塵に同じ…。

 

 

朔良:(M)京都、祇園…伝統が凝縮された明媚(めいび)で雅な美しい街。
   しとやかな空気とは裏腹に、毒々しくも艶(あで)やかな場所である事は誰もが知っていて、知らないふりをしている。
   「おこしやす。」と、にこやかに微笑むその笑顔を信じてはいけない。
   表と裏、本音と建て前、白も黒も多様な色もすべてが混ざり合って混沌としたかつての花街。

 

 

 

 

 

​アタル:(M)この街で電話を待つ。

 

朔良:(M)決まった日に電話をかける。

 

アタル:(M)毎週金曜、PM9:48…

 

朔良:(M)俺はこの時のために…生きている。

 

 


 

 

 

 

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