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祇園×エンヴィ

 

#深淵のカンパネラに嗤うーNARAKU-

 

こちらの台本は性的表現もあるためR15とさせていただきます。

時間40~50分(演者者様の間のとり方によって時間が変動します)
比率/男:女/2:1


・白石 雨音(しらいし あまね)/元照明コンサルタント、現在はBar-RINNE-でバーテンダーをしている

・綿谷 海斗(わたや かいと)/Bar-RINNE-の料理人。眞白の友人で元イタリアンシェフ

・盤上 シュリ(ばんじょう しゅり)/祇園でBar-RINNE-を経営している
▶️Catharsis LIPS.

・盤上 眞白(ばんじょう ましろ)/シュリの弟、嵐山でCafe-嵯峨野書館-を経営している
▶️嵐山×レチェリー
※本作は名前のみ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

深淵のカンパネラに嗤う-NARAKU-

 

雨音:(M)学生時代、悲劇のヒロインに憧れた。
   ヒロインとあえて呼ぶが性別は関係ない。

   彼らは何でも自分の世界観に持ち込んだ上で自虐的に振る舞い、その背後には強い承認欲求を隠している。
   主観的で、後ろ向きで、判断力にかけ、行動力も皆無。
   被害者でいる事を何よりも好み、未来より過去に引きずられている。

   彼らの吐く言葉は同属には言わば警句で、哲学者の説くアフォリズムかのごとくSNSで拡散され、自我を満たす事に各々必死だ。
   手持ちのスポットライトを自分に向け、悦に入るその姿は盲目的で、酷く滑稽で、自意識過剰。


   悲劇のヒロインとはなんと幸せな生き物なんだろうと。
   心の底から羨ましかった。
   でも、あの人に逢ってその考えは変わった。


   本物は全く違うんだって。
   …そして、痛いほど思い知らされたんだ。

 

 

【間】

 

 

海斗:雨音!

 

雨音:あれ、海斗。早いじゃん。しかもスコップ持ってる。

 

海斗:(笑って)おまえもだろーがよ。

 

雨音:あはは、さすが雪国出身。

 

海斗:まあな。

 

雨音:(M)予報に反して昼頃から降り続いた雪が祇園の街を白く包み、夕方を過ぎた頃には大雪警報が出ていた。
   休みの連絡もないし、きっとこの辺りの人は雪かきの習慣もないだろうと、除雪スコップを片手にいつもより早く店に向かう。

 

海斗:俺たち雪国出身だけどさ…この寒さはまた違うよな?

 

雨音:確かに。京都は底冷えするって言うからねえ…(雪の降る空を見上げながら)天気予報じゃ『快晴』だって言ってたのに。

 

海斗:あ、シュリさんから連絡来てないよな?

 

雨音:うん。今夜ライブも無いし休むかな?って思ってたんだけど連絡こなかった。

 

海斗:だよな。まぁ雪はかいといた方が良いし、とりあえず来てみたけど。

 

雨音:そうそう、アタシもそんな感じ。あれ…?

 

海斗:ん?

 

雨音:…ドア空いてる。

 

(Bar-RINNE-のドアを空ける雨音)

 

雨音:おはようございまーす。

 

海斗:はよーっす。すげえ雪降ってますね。

 

雨音:あれ、シュリさん…?

 

シュリ:……。

 

雨音:っ…

 

海斗:え…(息を飲む)

 

雨音:(M)彼はステージの上で古びたギターを抱えて座っていた。

 

シュリ:『しんしん』と降る雪って…こういうのを言うんだろうな。

 

雨音:(M)こちらを向くことなくそう呟いて、うつろな眼差しで窓辺の雪景色を眺める彼の吐く息は白く、遠目でも震えているように見える。
   声をかけて、明かりをつけて、店の中を暖めないとと思うのに…今にも消えてしまいそうなあの人から、アタシ達は目が離せなかった。
   まるでスポットライトが彼を照らすように、いや、彼自身が淡い光を放っているかのように、その姿が浮かび上がる。

   ああ…本物はやっぱり違う。

   主役を張る人間ってやっぱり決まってるんだ。

 

 

 

 

 

(タイトルコール)

海斗:祇園×エンヴィ

 

雨音:深淵のカンパネラに嗤う

 

 

 

 

 

【東山三条 マンションの一室】

(激しく絡み合う二人。達した後、覆い被さる女の耳元で男が呟く)

 

海斗:…なぁ煙草…吸っていい?

 

雨音:(笑って身体を起こし馬乗りになる)どうぞ?

 

海斗:なに?

 

雨音:「終わった後、すぐ煙草なんて吸わないでよ」って誰かに言われた?

 

海斗:……。(おもむろに煙草に火をつける)

 

雨音:なんで眉間にシワ寄せてんの?

 

海斗:見透かした感じが絶妙に腹立つなと思って。

 

雨音:へぇ?

 

海斗:あとその見下ろしてくる感じがムカつく。

 

雨音:好きなくせに。

 

海斗:誰がだよ。

 

雨音:(笑って)で?いつも勝手に吸ってんのに…どういう事?

 

海斗:…だな。

 

雨音:その女…あー、男?どっちでもいいけど、それと別れるまで会うのやめとく?

 

海斗:店で会うのに?

 

雨音:ここでだよ。わかってんのに面倒くさい言い方すんなよ。

 

海斗:……。

 

雨音:なに?

 

海斗:いいよ、あの子とは多分もう会わない。

 

雨音:なんで?

 

海斗:重い。

 

雨音:ふうん?

 

海斗:返信が遅いだの、既読無視するなだの、前もって予定教えろだの面倒くさいんだよ。

 

雨音:そんなもんだろ。

 

海斗:おまえは違うじゃん。

 

雨音:さあ?わかんないよ。

 

海斗:は?

 

雨音:さ、準備しよ。

 

海斗:(M)俺の上から降りてベッドに背を向ける彼女の後ろ姿を見送る。
   引き締まった身体に入れられたタトゥーが目に入る。
   足首からふくらはぎ、内腿、脇から腰の下、髪をかきあげた時に見える耳の後ろや首筋にと数箇所に渡って。

 

雨音:シャワー借りるね?

 

海斗:(M)視線を感じたのか彼女は振り返ると、不敵な笑みを浮かべバスルームへ入っていった。
   白石雨音という女に出会って数ヶ月、こうやって寝るのは何度目だったか…。
   元々照明コンサルタントでイベントや舞台の仕事をしていたようだが、何故か彼女は今、祇園でバーテンをダーをしている。

   友人の紹介で俺もそのバーで働き始め、こいつと出会ったわけだが…。

   美しくも中性的な顔立ちと飄々とした態度に、男を相手にする事が多かった俺自が惹かれてしまったのか。
   初めはそんな気もなかったのに、今ではこんな関係になっている。
   …女を抱くのは実に数年振りだった。

 

海斗:酒のせいか、タイミングか…

 

雨音:偶然じゃないよ。

 

海斗:(M)初めて雨音を抱いた雪の日の言葉を脳裏に浮かべながら、俺は煙草の煙を吐いた。

 

 

 

 

【数週間後 Bar-RINNE-】
(スマートフォンを片手に親しげに会話をしているシュリ)

 

シュリ:コーヒーカクテル?ああ、バレンタインに出すやつな。
    レシピいくつかあるから、まとめて送っておく。
    試飲したいならこっち来るか?オープン前ならいつでもいいし。

 

雨音:(店に入りながら)お疲れ様でーす。

 

シュリ:あ、ちょっと待って。
    雨音ちゃん、お疲れ様。今、眞白(ましろ)と話してるんだけど用事あるって言ってなかった? 

 

雨音:言ってました。

 

シュリ:代わる?

 

雨音:いいっすか?(スマートフォンを受け取って)お電話代わりました、白石です。
   お疲れ様です。バレンタイン用のスイーツの追加発注っていつまで可能かなと思って。
   予約が思ったより増えてるんです。数が、えっと…20個目前で…はい。
   あ、いけます?…じゃあひとまず限定20個で。
   すみません、お忙しいのに…ありがとうございます。
   いえいえ、とんでもない。じゃあシュリさんに代わります。

 

シュリ:いい、いい。そのまま切っちゃって。

 

雨音:との事です。あはは、はい。わかりました。…はい、失礼しまーす。
   (ひと息ついて)弟さんのお店も忙しそうっすね。

 

シュリ:そうだな。

 

雨音:今時はパートナーいる子だけじゃなくて、自分にもご褒美あげる日ですもんね。

 

シュリ:ご褒美は大切だからね。うちもご予約増えてるから、忙しくなるよ。

 

雨音:そうだ、今のうちにステージの照明チェックしてもらえます?

 

シュリ:うん、バレンタイン仕様の?

 

雨音:はい、すぐ準備します。(準備を始める雨音)

 

シュリ:楽しみだな。

 

雨音:音楽は適当に流すんで、雰囲気わかってもらえたら。

 

シュリ:ああ。

 

雨音:(M)アタシは手早くノートパソコンを操作する。
   エンターキーを叩くと同時に音楽が流れ、それに合わせてステージ上に光の演出が広がる。

 

シュリ:あぁ、いいね。選曲も好き。

 

雨音:(M)彼が好きそうな曲をピックアップした事に気づいてもらえて思わず口元が緩む。

 

シュリ:あ、今の感じバレンタインぽい。

 

雨音:こんな感じでバンドとバンドの合間にもプロジェクター使って演出しようかなって。

 

シュリ:いいと思う。

 

雨音:で、ライブ中は曲に合わせてメリハリつけたくて。どうっすか?

 

シュリ:それなら明日、バンドのみんなと話し合おうか。

 

雨音:ですね。

 

シュリ:ふふ…。

 

雨音:なんですか?

 

シュリ:『この店、雰囲気良いのに照明ダサいっすね』って言われたの思い出した。

 

雨音:それすぐネタにするのやめません?

 

シュリ:やめない。

 

雨音:いい性格してんなあ。

 

シュリ:今さら?でも雨音ちゃんが来てくれてからライブが華やかになったのは確かだよ。ありがとう。

 

雨音:昔取った杵柄だし、大して良い思い出も無いけど役に立ってなによりです。

 

シュリ:そんな言い方しないでよ。本当に助かってる。
    客足も増えてるしお給料上乗せするから楽しみにしてて。

 

雨音:やった。

 

シュリ:ちょっと休憩しない?
    バレンタインに出すワイン飲んでみたいんだけど、一緒にどう?

 

雨音:え、いいんですか?飲みたい。

 

シュリ:待ってて。

 

雨音:アタシ、グラス持ってきます。

 

シュリ:ありがとう。

 

雨音:(ワイングラスを掲げて)これでいいですか?

 

シュリ:うん。(ワインを取りだしグラスにそそぐ)…いい色。

 

雨音:ロゼ?

 

シュリ:そう。赤と迷ったんだけどね。はい、飲んでみて。

 

雨音:こうやってワイン片手に話すの年末以来っすね。

 

シュリ:え?

 

雨音:あれ、泣きながら酒飲んで年越ししたの忘れました?

 

シュリ:…忘れてくれていいのに。

 

雨音:あんな美味しい機会忘れないっすよ。

 

シュリ:(笑って)さっきのセリフそのまま返すわ。

 

雨音:え?

 

シュリ:雨音ちゃんこそ『いい性格してる』。

 

雨音:あはは。あ、ねぇシュリさん。大晦日の記憶って全くないんですか?

 

シュリ:全然ない。気づいたらソファベッドで裸で寝てた。

 

雨音:…風邪引かなくて良かったですね。

 

シュリ:海斗に見られてないのも救いだよ。
    (ため息交じりに)本当に酒弱くなったんだよ…歳かなあ。

 

雨音:(笑って)やめて下さいよ。

 

シュリ:とにかくほら、飲も。味の感想聞かせて。

 

雨音:いただきます。(ワインを飲んで)ん…これ――

 

シュリ:めちゃくちゃ美味いな。

 

雨音:え?

 

シュリ:うん、飲みやすいし…(いぶかしげな雨音の表情を見て)どうした?

 

雨音:…不味く感じる。え…アタシの舌やばいっすかね。
   最近舌がどうも変なんですよね。
   この間の試食も、味あんまりわかんなくて…疲れてるんですかね?

 

シュリ:大丈夫?

 

雨音:熱っぽいし風邪引いたのかも。飲んで寝たら治りますよ。

 

シュリ:……。

 

雨音:シュリさん?どうしたんですか…考えこんじゃって。

 

シュリ:女の子にこんなこと聞くなんて失礼だけど。雨音ちゃんこの間の生理いつだった?

 

雨音:え…?

 

シュリ:サニタリー用品の補充、ここ最近してないんだよ。買い出しが必要な時いつも言ってくれるだろ?

 

雨音:……。

 

シュリ:雨音ちゃん?

 

雨音:すみません…ドラッグストア行ってきていいですか?

 

シュリ:…うん。行っておいで。

 

【間】

 

雨音:もどりました。

 

シュリ:おかえり。

 

雨音:これ…(紙袋から取り出して)

 

シュリ: うん…使い方は?

 

雨音:大丈夫です。

 

シュリ:わかった。

 

雨音:はい。

 

(数分後)

 

雨音:……。

 

シュリ:どう…だった?

 

雨音:これ…。

 

シュリ:なるほど…ひとまず明日朝一で病院の予約取ろう。
   かかりつけの婦人科ある?

 

雨音:ないです。

 

シュリ:京極医院で良かったら紹介できるよ。

 

雨音:あ、弟さんの彼の?

 

シュリ:婦人科はお姉さん。彼は小児科だから。

 

雨音:なるほど。

 

シュリ:(スマホを操作しながら)あ、京極医院、オンラインで予約とれそうだ。お姉さんには連絡入れておく。

 

雨音:ありがとうございます。

 

シュリ:今日、俺と海斗で店回せるから帰って休んで。

 

雨音:あ、でも…今は一人でいるより仕事してた方がいいかなって…。

 

シュリ:あー…そっか。じゃあ、重いものとかもう持たないで。
   で、座れる時は座ってて?あとワインも駄目だからね。

 

雨音:えぇ…駄目?

 

シュリ:当たり前だろ。

 

雨音:ですよねぇ。

 

シュリ:そうだよ。

 

雨音:ありがと、シュリさん。一人だったらもっと慌てたと思う。

 

シュリ:(笑って)そんな事ない。雨音ちゃんが手際良く動いてるのフォローしただけ。

 

雨音:あー…アタシ、こういうの慣れてるっていうか…

 

シュリ:慣れるもの?

 

雨音:若い時、派手に遊んでる女友達多くて。その中には『デキちゃう子』も結構いて。

 

シュリ:そうなの?

 

雨音:はい。だから、仲間内で相談乗ることも多かったんで知識だけはあるんです。

 

シュリ:なるほどね…。

 

雨音:ただ、自分がこうなるとは想定外でしたけどね。

 

シュリ:……。

 

雨音:まぁ、病院行ったら正確な事もわかりますし。悩むのはその後で。

 

シュリ:そうだね…準備再開しよっか。

 

雨音:はい。

 

(ドアが開いて海斗が入ってくる)

 

海斗:お疲れ様でーす。

 

シュリ:おかえり。あれ、野菜も買ってきたの?

 

海斗:はい。洛西で朝市やってるから行こうって眞白に誘ってもらって。丁度カルパッチョに使うつけ野菜欲しかったんで。
   で、その後市場まわって魚仕入れて、肉も美味そうなの買ってきました。

 

雨音:あ、本当だ。この肉めっちゃ旨そう。

 

海斗:それシチューにするから今夜のまかないな。

 

雨音:やった。

 

海斗:じゃあ俺、仕込みしてきます。

 

シュリ:お願い。

 

雨音:(厨房に向かう海斗を見送って)海斗にはまだ黙ってて下さい。

 

シュリ:わかった。

 

【間】

 

海斗:えーっと、今日のディナー予約は…

 

雨音:海斗、後でバレンタインメニューのデザイン見てくれる?

 

海斗:わかった。見える所に貼っといて。

 

雨音:おっけー。予約表の横でいい?

 

海斗:ああ。

 

雨音:(予約表を見て)バーの域を越えてるよな。

 

海斗:え?

 

雨音:海斗が来てからこの半年、店で出す飯がめちゃくちゃ美味くなったじゃん?
   メニューも増えてこうやってディナー予約まで始めてさ。
   音楽と酒だけじゃなくて、料理を楽しみにしてるお客さんが増えたなって思って。

 

海斗:最初はどうなるかと思ったけど結果が出てよかったよ。

 

雨音:この厨房が物置だったなんて今じゃ信じられないよね。

 

海斗:雨音もシュリさんも料理しねえからな。

 

雨音:見かねた弟さんに泣きつかれたんだっけ?

 

海斗:泣きつかれたっていうか、タイミングじゃね?俺も働けるとこ探してたし。

 

雨音:ふーん。…あれだな。

 

海斗:え?

 

雨音:偶然なんてないんだな。

 

海斗:(M)脳裏にあの日、窓から見た雪景色が広がる。 

 

 

(回想)
雨音:アタシ、シュリさんが好きなんだ。

 

海斗:え?

 

雨音:あんたもでしょ?

 

海斗:急になに言い出すんだよ。

 

雨音:見てたらわかる。

 

海斗:……。

 

雨音:アタシと同じ目して、あの人の事見てる。
   (そっと海斗の頬をなぞって)もの欲しげな目で…(口づける)

 

海斗:……だったら?

 

雨音:お互い叶わぬ恋なんだからさ、傷でも舐めあってフラストレーションぶつけ合お?

 

海斗:歪んでるね、おまえ。

 

雨音:そう…歪んでるんだよ、アタシ。
   でもさ…それはアンタも一緒だよね。

 

海斗:そうだな…(雨音を押し倒して唇を重ねる、お互いの呼吸が溶け合う)…変な巡り合わせ。

 

雨音:たまたまだと思ってる?

 

海斗:え?

 

雨音:偶然じゃないよ。


(回想終わり)

 

 

海斗:……。

 

雨音:なに、ぼーっとして。

 

海斗:いや、なんでもない。

 

海斗:(M)あの日のこいつの表情は一体どんな風だったか…あそこの記憶だけ黒く塗りつぶされたように思い出せない。
   そんな事を思いながらおもむろにポケットに手を入れると指先に硬いものがあたる。ああ、そうだ…

(ポケットから何かを取り出す)

 

海斗:なあ、これ。

 

雨音:ん? 

 

海斗:(手の平にボディピアスがある)おまえの?

 

雨音:探してたへそピ!

 

海斗:やっぱりおまえのか。

 

雨音:どこにあったの?

 

海斗:シーツに紛れてた。

 

雨音:ベッドの?

 

海斗:そうだけど?

 

雨音:あー…激しかったもんなぁ。

 

海斗:少しは恥じらい持てよ。

 

雨音:なんだよ。憧れの女をいつまでも忘れらんない寂しい夜を慰めてやったのに、そういう言い方する?

 

海斗:お互い様だろ?

 

雨音:だから?

 

海斗:楽しんでたくせに。

 

雨音:あんたとは相性いいからね。

 

海斗:はいはい。

 

雨音:あー…

 

海斗:なんだよ?

 

雨音:いや?例の子が知ったら泣くなって思って。

 

海斗:もう会わないって言ったろ……そろそろ諦めないとな。

 

雨音:諦められんの?

 

海斗:おまえは?

 

雨音:男のあんたとは立場違うんで。

 

海斗:男だろうが女だろうがこういう気持ちはそう簡単じゃねえだろ。

 

雨音:でも、シュリさんはあの人の事…忘れない。

 

海斗:……。

 

雨音:……。

 

海斗:わかってる。

 

雨音:うん。

 

海斗:それでも…どうにもならない。

 

雨音:…なぁ。

 

海斗:ん?

 

雨音:これ、もう少し持ってて。(ピアスを渡す)

 

海斗:は?なんでだよ。

 

雨音:今夜取りに行くから、あんたがつけてよ。

 

海斗:今夜は予定ある。

 

雨音:あっそ。じゃあ明日。

 

海斗:勝手に決めるなよ。

 

雨音:呼びたくなるよ。

 

海斗:え?今なんて…

 

雨音:とりあえず、お気に入りのへそピなんだから大切に持っとけよ?

 

海斗:おまえ、なんでいつもそう強引なんだよ。

 

雨音:さ、もうすぐオープンだな。仕事、仕事!

 

海斗:(厨房から出ていく雨音を見送って)勝手な奴。

 

雨音:(M)そう…アタシはすごく勝手な人間だ。
   アイツの気持ちを利用して、見たくないもの考えたくない事を塗りつぶす。
   黒く、真っ黒に。
   どんなに歪んでいようと、スポットライトの当たらない人間にはこれが最適解なんだと言い聞かせて。

 

 

【明後日 -Bar RINNE-】

 

シュリ:七週…

 

雨音:はい。

 

シュリ:雨音ちゃんはどうしたい?

 

雨音:産みたいです。

 

シュリ:……。

 

雨音:反対ですか?

 

シュリ:いや、全然。…俺がどうこう言える立場じゃないし。

 

雨音:どうこう言っていいんですよ?

 

シュリ:え?

 

雨音:シュリさん達にはこれから絶対迷惑かけるんだから。
   お店も続けたいですけど、どうなるかわからないし。

 

シュリ:続けてくれるのは嬉しいし、フォローもする。

 

雨音:ありがとうございます。拾ってもらった恩もあるんで。恩返しはさせて下さい。

 

シュリ:(笑って)なんだよそれ。

 

雨音:そのままの意味ですよ。

 

シュリ:拾ったつもりはないけど?

 

雨音:嘘だ。シュリさんはすぐに野良を拾っちゃうじゃないですか。

 

シュリ:好きなんだよ。

 

雨音:え?

 

シュリ:警戒心強い野良を懐かせるのが。

 

雨音:怖いこと言う。

 

シュリ:自分でもそう思う。

 

雨音:…あの人、今どうしてるんですかね。

 

シュリ:どうしてるんだろうな。

 

雨音:思い出したりします?…よね。

 

シュリ:そうだね。

 

雨音:……。

 

シュリ:涙が止まらない夜がある。
    あの歌声が不意に聴こえてきて、あの笑顔が脳裏に浮かんで…あの温もりが恋しくなる。

 

雨音:そんな日があってもいいじゃないですか。

 

シュリ:夢にまで見るんだよ。

 

雨音:夢くらい自由に見ましょうよ。

 

シュリ:そうだな。でも…

 

雨音:え?

 

シュリ:それが辛い。

 

雨音:……。

 

シュリ:思い出さない日がない。
    四条大橋、月の夜、川のせせらぎ、ギターの弦…ライブの喝采、シャンパン…どこにでもアイツが居る…夢の中までね。

    仕事してる時は楽なんだよ。
    感傷的な俺を切り離してくれる。
    でも終わったら駄目…引き戻される。

    毎晩ワインを飲んで、感傷に浸って…泣いて、泣いて、泣き疲れて、もう涙が枯れるのを待つしかないって思ってたら…

 

雨音:思ってたら…?

 

シュリ:ううん。俺ってバカだよな。

 

雨音:そんな事、思うわけないでしょ。

 

シュリ:…ありがとう。

 

雨音:あの人と連絡取る手段、本当にないんですか?

 

シュリ:ない。もし、あったとしても連絡しようとは思わない。

 

雨音:どうして…

 

シュリ:猫みたいに消えたんじゃないって…信じたいからだよ。
    あいつを探し出したとして、どんな状態かもわからないのに。
    自分の気持ちだけを伝えたって…幸せにはなれない。

 

雨音:アタシは伝えていいと思いますけど。ていうか、知るべきでしょ。

 

シュリ:そう?

 

雨音:そもそも無責任なんですよ。
   自分の都合でシュリさんを振り回して、勝手に区切りつけて消えて…

 

シュリ:そんな顔しないでよ。

 

雨音:アタシは…っ(何かを言いかけて口ごもる)

 

シュリ:ごめんな。

 

雨音:謝るのはズルいですよ。

 

シュリ:俺って本当、嫌な男だと思うわ。

 

雨音:そんなこと―――

 

シュリ:(遮って)大晦日の日の事…本当は全部覚えてる。

 

雨音:……。

 

シュリ:……。

 

雨音:なんで今、ソレ言うんですか。

 

シュリ:嫌な男だからだよ。

 

雨音:シュリさんがあの日の事を覚えてようがいまいが、何を思ってようが…アタシは変わらないんで。

 

シュリ:うん…。

 

雨音:あの…もしも、アタシに少しでも負い目があるなら…。

 

シュリ:なに?

 

雨音:海斗にはシュリさんから伝えてもらえませんか?

 

シュリ:わかった。

 

雨音:じゃあアタシ、買い出し行ってきます。

 

シュリ:ありがとう。行ってらっしゃい。

 

雨音:(M)悲しげに、けれど優しく微笑むあの人の表情(かお)に胸が締め付けられる。

   狡いのに憎めなくて、焦がれて、惹かれて、離れ難くて。
   今すぐ乱暴に自分を痛め付けたくなったアタシは震える手でスマートフォンを取り出し、メッセージを打ち込む。

   既読がついた事が確認できると震えは次第に治まっていく。
   大きく息を吐いて、アタシ は曇り空を見上げた。
   細かい雪が頬に落ちてくる。

   きっと今夜この街は、不似合いな雪景色に包まれるのだろう。

 

 

【東山三条 マンションの一室】

 

(インターホンが鳴る)

 

海斗:(M)ふいにインターホンが鳴る。

 

雨音:おつかれ。

 

海斗:ああ…。

 

雨音:(笑って)不機嫌そ。

 

海斗:わかってて来たんだろ?

 

雨音:(グッと腕を掴まれる)っ……痛いって。

 

海斗:(M)その言葉を無視して俺は彼女をベッドに押しつける。

 

雨音:アタシ後ろからは好きじゃないって言ったよね…っ、おい、聞いてんの?

 

海斗:黙ってろよ。

 

雨音:は?

 

海斗:今は何も聞きたくない。

 

雨音:あっそ…っ。

 

海斗:くそっ……(さらに激しく押し付ける)

 

雨音:(M)大晦日の日、シュリさんと寝た。


海斗:(M)突然送られてきたメッセージにここまで動揺するなんて思わなかった。

 

雨音:呼びたくなるよ。

 

海斗:(M)意味ありげに残された言葉にまんまとはまって…俺は雨音を乱暴に抱く。
   侮蔑を含む瞳で睨めつけられようと、前戯もせず繋がった部分がどれほど渇いていようがおかまいなしに。

 

雨音:(M)かけた罠に自分ごと呑み込まれた事に後悔はないのに、乱れきった呼吸と余裕のない腰つきに頭が冷える。
   それと同時にこの男の深い闇に昂るジレンマ。
   深淵を突き上げられる感覚に陥る。

 

海斗:(M)聞きたくないと願ったそばから、鳴かない唇に苛立ちが加速する。

 

雨音:(M)押さえつけるその手にこもる熱。

 

海斗:(M)背中のタトゥーに突き立てる爪。

 

雨音:(M)途絶えることなく差し込まれる劣情。

 

海斗:(M)深みをえぐり…

 

雨音:(M)蛇行を繰り返し…

 

海斗:(M)徐々に秘唇(ひしん)は赤く熟れ…

 

雨音:(M)乾いた蜜壷が潤い震える。

 

海斗:(M)よがる腰を押さえつけて…

 

雨音:(M)押さえつけられた部分はしどけなく溶けだし…

 

海斗:(M)猥(みだ)りがわしい音が辺りに流布する。

 

雨音:っ……(声にならない悲鳴)

 

海斗:……。

 

雨音:(M)思わずアタシは悲鳴にも似た声をあげる。
   それを見下ろすアイツは嗤っているように見えた。

 

【間】

 

(ベッドでまどろむ二人)
海斗:おまえ…店辞めたりしないよな。

 

雨音:辞めるわけないじゃん。

 

海斗:そう……。

 

雨音:安心した?

 

海斗:ああ。

 

雨音:素直かよ。

 

海斗:たまにはな。

 

雨音:ねえ?子供の頃に憧れたものってある?

 

海斗:なんだよ突然。

 

雨音:いいじゃん、教えてよ。

 

海斗:憧れたものねえ……戦隊もののヒーローとか?

 

雨音:まじで?

 

海斗:子供の頃の夢なんてそんなもんだろ?

 

雨音:(M)学生時代、悲劇のヒロインに憧れた。
   何でも自分の世界観に持ち込めるその傲慢さ。
   自虐的に振る舞いながらも認めて欲しくてたまらない欲望。

   主観的で、後ろ向きで、判断力にかけ、行動力も皆無な被害者。

   そんな人間と自分はかけ離れてるんだと思っていた。
   だけど…

 

海斗:おまえは?

 

雨音:え?

 

海斗:子供の頃、なんか憧れたものあるの?

 

雨音:あったよ。

 

海斗:なに?

 

雨音:…内緒。

 

海斗:なんだそれ。

 

雨音:アンタには絶対教えない。

 

海斗:あっそ。

 

雨音:うん。

 

海斗:あとさ、聞きたい事あったんだけど…

 

雨音:なに改まって…怖いんだけど。

 

海斗:おまえだってさっきから改まって色々聞いてくるじゃん。

 

雨音:そう?

 

海斗:聞かれるの嫌なの?

 

雨音:…別にいいけど。

 

海斗:……。

 

雨音:早く言いなよ。

 

海斗:"偶然じゃないよ"ってアレ口癖?

 

雨音:アタシそんな事、言ってる?

 

海斗:無意識?

 

雨音:んー…意識はしてなかったけど、この世の中に"偶然"ってないんじゃないかなって思ってる。

 

海斗:全部"必然"ってこと?

 

雨音:そう。

 

海斗:今のこの状況も?

 

雨音:……。

 

海斗:……。

 

雨音:ねえ…

 

海斗:ん?

 

雨音:預けたピアスどこ?

 

海斗:ああ…(身体を起こして上着のポケットを探る)ほら、これだろ。

 

雨音:つけて?

 

海斗:ああ…(雨音にへそにつけてやる)これでいい?

 

雨音:うん…(そっと海斗に馬乗りになる)。

 

海斗:なに…そんなに男を組み敷くのが好き?

 

雨音:いい眺めだからね?

 

海斗:はいはい。

 

雨音:もう一回。

 

海斗:…カラダ、大丈夫なのかよ。

 

雨音:平気。だから…いつもみたいにして。

 

海斗:ならこれつけなくて良かったじゃん。
   どうせまた取れるぞ?

 

雨音:そしたらまたつけて。

 

海斗:……。

 

雨音:だめ?

 

海斗:…いいよ(そう言って雨音の顔を引き寄せて口づける)。

 


【間】

 


シュリ:海斗、ちょっといいか?

 

海斗:はい、なんですか?

 

シュリ:まだ安定期に入ったわけじゃないからなんとも言えないんだけど…。

 

海斗:え?

 

シュリ:雨音ちゃんが妊娠した。

 

海斗:……。

 

シュリ:あの子は言わないだろうけど…多分、俺の子。

 


海斗:わかりました。フォローできる事はなんでもするんで言ってください。

 

シュリ:ありがとう…本当に助かる。
    海斗には特に色々迷惑かけるかもしれないけど、雨音ちゃんのことよろしくお願いします。

 

海斗:あの…

 

シュリ:ん?

 

海斗:アイツとは大丈夫なんですか?

 

シュリ:どういう意味?

 

海斗:えっと…

 

シュリ:ああ…知ってたの?

 

海斗:…知ってたっていうか。

 

シュリ:……。

 

海斗:……。

 

シュリ:俺が追い詰めてしまった皺寄せが海斗に行ってるってこと?

 

海斗:そんな風には思ってないです。

 

シュリ:海斗と雨音ちゃんて似てるよな。

 

海斗:え?

 

シュリ:ふたりを見てると昔の自分を見てるような気持ちになる。

 

海斗:それってどんな風に見えてるんですか?

 

シュリ:積み木を積み重ねてる感じ?

 

海斗:積み木…ですか?

 

シュリ:そう…色々なカタチの感情を積み重ねる不安定な積み木みたい。
    ちょっと押されたら崩れて壊れる。
    どう重ねたら安定するのかも分からなくなって、前にも進めず…後にも引けなくなる。

 

海斗:なんかわかります。

 

シュリ:本当はわかっちゃダメだよ?こんな気持ち。

 

海斗:……。

 

シュリ:積み木なんてね?崩せばいいんだよ。
    壊して砕いて、砂にしてしまったっていい。

    感情を積み木みたいに固めて重ねる必要なんてない。
    崩れてもいい、脆くたっていい、壊れてもいいんだ。

    自分を許してあげる事が君達には必要なんだと思う。

    俺がそれを許してあげたいって言いたい所だけど…許す事が愛なのかなんなのか……俺もわからないんだよ。

 

 

 

海斗:(M)そう言って目を伏せる彼。その顔が忘れられなくて、胸が鈍く痛んだ。

 


雨音:(M) 祇園精舎(ぎおんしょうじゃ)の鐘の声、諸行無常(しょぎょうむじょう)の響きあり。
   沙羅双樹(さらそうじゅ)の花の色、盛者必衰(じょうしゃひっすい)の理をあらはす。
   おごれる人も久しからず。ただ春の夜の夢のごとし。
   たけき者も遂にはほろびぬ、ひとへに風の前の塵に同じ…。

 

海斗:(M)京都、祇園…伝統が凝縮された明媚(めいび)で雅な美しい街。
   しとやかな空気とは裏腹に、毒々しくも艶(あで)やかな場所である事は誰もが知っていて、知らないふりをしている。
   「おこしやす。」と、にこやかに微笑むその笑顔を信じてはいけない。

   表と裏、本音と建て前、白も黒も多様な色もすべてが混ざり合って混沌としたかつての花街。 

 

海斗:この街の深淵が俺を静かに嗤う。

 

 


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