祇園×エンヴィ
祇園×エンヴィ
#蠱惑的ポイズン
時間25~30分(演者様の間のとり方によって時間が変動します)
比率(♂:♀)1:1
注意事項
・人数比率は守ってください
・性別の改変/過度なアドリブはNGです
登場人物
山田なお美(やまだなおみ)/祇園近郊の百貨店内でエステティシャンをしている。
久賀暁仁(くがあきひと)/祇園近郊の百貨店内にある呉服店勤務。
【放送用】
祇園×エンヴィ
#蠱惑的ポイズン
なお美:
暁仁:
なお美М 祇園精舎(ぎおんしょうじゃ)の鐘の声、諸行無常(しょぎょうむじょう)の響きあり。
沙羅双樹(さらそうじゅ)の花の色、盛者必衰(じょうしゃひっすい)の理をあらはす。
おごれる人も久しからず。
ただ春の夜の夢のごとし。
たけき者も遂にはほろびぬ、ひとへに風の前の塵に同じ…。
昔の人はよく言ったものだと、子供のころから思っていた。
人生なんて諸行無常…期待するだけ馬鹿を見る。
信じるから裏切られる。
なら最初から誰も信じなければいい。
人の気持ちなんて移り変わるのがあたりまえなんだから…。
京都、祇園…伝統が凝縮された明媚(めいび)で雅な美しい街。
しとやかな空気とは裏腹に、毒々しくも艶(あで)やかな場所である事は誰もが知っていて、知らないふりをしている。
「おこしやす。」と、にこやかに微笑むその笑顔を信じてはいけない。
表と裏、本音と建て前、白も黒も多様な色もすべてが混ざり合って混沌としたかつての花街。
私はこの街で…強く生き抜くって決めたんだ。
暁仁М 山田なお美はいつも挑発的な女だった。
コンシャスなワンピースから覗く白い脚を、惜しげもなく剥き出しにし、必ず10cm以上のヒールを履く。
甘く酔いそうな香りを漂わせ、ゆるく巻いた髪をかきあげる仕草は道行く人の目を惹いた。
大きく濡れた瞳に艶(つや)やかな唇。自信に満ちた微笑みを浮かべる彼女に敵が少ないはずもない。
【先斗町 隠れ家酒場 結隣(ゆうりん)】
平日の夜とはいえ静かな先斗町…その石畳の角を曲がると、そこにあるのは知る人ぞ知る隠れ家酒場“結隣”。
なじみ客の多いこの店の囲炉裏付の半個室で酒を酌み交わすのが、二人のいつもの習慣だった…。
なお美 あぁっ、もう…あの女、ほんと死ねばいいのに。
暁仁 はいはい、毒づくなよ。
なお美 毒づきたくもなるわよ。嫌な仕事は全部押し付けて、自分はさっさとデート?
馬鹿じゃないの?誰の店なのよ、しっかり働けっての。
暁仁 デートって…彼氏と別れたんじゃなかったっけ?旦那が東京から帰ってくるとかなんとかで時間もできなくなるし…
なお美 新しい男よ。だいたい、いい歳して何人も男囲って…あぁ…ダメ、腹立ってきた。
暁仁 まあ落ち着けって、次何飲む?ビールおかわりするか?
なお美 ビールはおなかいっぱいになるから一杯目だけでいい。焼酎飲む…えーっと…
暁仁 (微笑)
なお美 …なによ?
暁仁 いや?
なお美 なーによ、どうせおっさんみたいって思ってるんでしょ?
暁仁 うん、思ってる。
なお美 何?今この口が言ったの?(頬を軽くつねる)
暁仁 痛いって。なんだよ、だって本当のことだろ。
なお美 うるさい。そういう時はね『そんなことないよ』って優しくいうのが大人の男ってもんなのよ、わかんないかなぁ。
暁仁 そんなことないよ?
なお美 下手くそ。
暁仁 えー、だって俺嘘つけないもん。
なお美 へぇ?そうなんだあ?(今度は少し強く頬をつねる)
暁仁 ちょ、ばか、痛いってもう(笑いながら)加減しろよー。
なお美 だってこの口がムカつくこと言うんだもん。
暁仁 わかったから。
なお美 何がわかってるんだか。
暁仁 …それはそうとさ、仕事終わりにここでこうやって飲むのも定番化してきたな。
もうどれくらいになるんだっけ?2年くらい?
なお美 忘れた。
暁仁 冷たいやつ。本当は俺と飲むの好きなくせに素直じゃねーの。
なお美 うぬぼれすぎ。
暁仁 あーそうですか。……なあ、飯食った後どうする?
なお美 いつものホテルでいいんじゃない?
暁仁 …。
なお美М 久賀暁仁の事は随分昔から知っているような気もするけど、こうやって一緒に飲むようになったのはここ数年。
背は高すぎず低すぎず、顔も整っているし性格も悪くない。空気も読めるし、お酒も飲める。
何より“カラダの相性”が最高にいい。
見るからに『いい男』なコイツと私の関係は、まるで決まりきっていない。
居心地と都合のいい距離。
暁仁 なぁ…。
なお美М だけど最近…この距離が近づいてる事に不安を覚えてる。
暁仁 今夜…俺の部屋来ない?
なお美 …え?
(タイトルコール)
暁仁 祇園×エンヴィ
なお美 蠱惑的(こわくてき)ポイズン
暁仁 (店員に)すみません、焼酎水割り。芋でいい?
なお美 うん…
暁仁 あと、熱燗2合。おちょこは…とりあえずふたつもらえますか。
なお美 …ほんと、あんたってイヤな男。
暁仁 なんでだよ。
なお美 いきなりぶっ込んできたクセに、そつなくおかわり頼んでくれるその感じがイヤな男。
暁仁 嘘。めちゃくちゃイイ男じゃない?
なお美 あほか、調子に乗るな。
暁仁 (店員から酒を受け取る)どーも。ほら。
なお美 ありがと。
暁仁 何かつまむ?
なお美 んーん。大丈夫。
暁仁 そういえば梨花(りんか)に最近会ってる? ※梨花…祇園×エンヴィ #Inflect LOVEの主人公
なお美 うん、相変わらず忙しそうだけど月一くらいでは会えてるかな?あんたは?
暁仁 今度うちの振袖展にゲストで来てくれる事になってさ。
なお美 え、すごいじゃない。今、あの人、テレビとか雑誌にも出てるし、SNSのフォロワーも何万人だったかな?
集客力めちゃくちゃあるもんね。『きく善(きくぜん)呉服』、老舗なのに攻めてるな。
暁仁 だろ?しかも先着20名に成人式当日のヘアメイクもしてくれるんだって。
なお美 なにそれ、よくスケジュール抑えられたわね?しかも20人って…。
暁仁 うちの社長が梨花と仕事したいって、随分前から打診してたみたいだよ。
なお美 千代乃(ちよの)社長直々に?さすがね。
“糸編業界難しい”って言われてるのに、あの人が社長になってから、業績右肩上がりじゃない。
そういう攻めの姿勢とか情熱に、梨花も動かされたのかな?あの子も仕事の鬼だし。
暁仁 気は合うみたいだよ。打ち合わせ終わった後も飲みに行ったりしてるから。
梨花も『ガッツリ施術するの久々だから燃える』って張り切ってくれてるしね。
なお美 そっか。それにしても千代乃社長、憧れるな。ほんと、カッコいい。
うちの強欲女に爪の垢でも煎じて飲ませたいわ。
暁仁 まあ、あの二人、同級生だって聞いてるけど対照的だよな。
なお美 あの人は本能むき出しのエゴイストだからね。
既婚者のくせに男遊び激しい上に、とっかえひっかえしてるの武勇伝みたいに語るし。
暁仁 メンタル鉄なんだろ?百貨店の中で噂になっててもおかまいなしだし。
なお美 仕事さえちゃんとしてくれたら何の文句もないわよ。
指名顧客の施術、スタッフに振りまくって、自分は遊びにばっか出掛けて。
なんで私達があの女が空けた穴、埋めなきゃならないのよ。
暁仁 なるほどな…。
なお美 しかも五十目前でSNSに目覚めて、自分の豪遊記事アップしまくってるから、顧客にもあの人が何してるか一目瞭然。
こっちも言い訳しようがないし、本当に迷惑。
暁仁 あー、莉々(りり)さんのインスタ、うちの店でも噂になってたわ。
なお美 アプリでしっかり加工した自撮り上げて、セレブレティな投稿しまくってさ?
いきなりそんな事はじめて、本人は集客に繋がるって言ってるけど、元からの顧客が目にしたら良い気しないって。
暁仁 綺麗だけどね。
なお美 肌はね。
暁仁 肌“は”って。
なお美 だって、顔の作りペコちゃんみたいじゃない。
暁仁 ぺこちゃんって…まあ、似てるな確かに。あの人の目くりっくりしてるもんな。
なお美 短すぎる前髪もそっくり。歳考えろっての。
暁仁 おまえ酷いな。
なお美 だって私、タイプじゃない。
暁仁 そう言ってやるなよ。あの歳にしてはスタイルいいじゃん?胸小さいけど。あ、でもお尻の形いいよね。
なお美 なに、あんたお尻派?
暁仁 どっちかっていうと?
なお美 確かにあの人のお尻綺麗よね。私がメンテナンスしてあげてるし、当然ちゃ、当然だけど。
暁仁 さすが指名率ナンバーワン。
なお美 10年もやってればね。
暁仁 独立とか考えないの?
なお美 …独立ね、考えてないわけじゃないけど。
暁仁 そうか。
なお美 どこまでリスク背負っていけるかなって…莉々さんに毒づいてる方が楽だよなって思う自分もいるの。
散々あの人のこと言ってるけど、結局雇用されてる身分でリスクもないし、ぬるま湯でぎゃーぎゃー騒いでるだけなんだよね。
暁仁 …。
なお美 愚痴ばっかり聞かせてごめんね。
暁仁 …そういう所かわいくて好き。
なお美 は?あほか死ね。
暁仁 お前さー。すぐ人に「死ね」って言うの良くないよー?俺が死んだら泣くでしょ?
なお美 泣かないわよ。
暁仁 泣いてよ。
なお美 かわいーかよ。
暁仁 かわいーでしょ間違いなく。
なお美 (笑って)ばーか。
暁仁 なぁ。
なお美 なによ。
暁仁 今日、体調悪い?
なお美 急に何。
暁仁 いや?なんとなく?
なお美 あんたが突然変な事言うからでしょ。
暁仁 どこが変?
なお美 …それ、私に言わせる?なんかのプレイ?
暁仁 そんなつもりないけど。ご所望とあらばどんな事でも。
なお美 へえ?どんな事でもしていいんだ?
暁仁 いいよ?何がいい?四十八手でも試してみる?
なお美 一手でも試した事あるの?
暁仁 えーと、どうだろ。(携帯を出して調べ出す)
なお美 調べるんかい。
暁仁 あー…特殊なのもあるけど俺たちやった事あるのもいくつか…あ、なお美、これ好きだよね。
なお美 え?
暁仁 丁字引き(ちょうじびき)。
なお美 …。
暁仁 あ、ねえこれしてみたい、乱れ牡丹ってやつ、ほら見てなんか良さそうじゃない?
なお美 (スマホの画面嬉しげに見せてくる暁仁にデコピンする)良ーくーなーいっ。
暁仁 痛いって(笑)なんだよ。なに、今日のおまえ難しいって。
なお美 暁仁のせいでしょ。
暁仁 そんなに俺の部屋に来たくない?
なお美 …ちょーだいそれ。
暁仁 酒?
なお美 うん。今日はとこんとん飲みたい気分。
暁仁 はいはい。どーぞ。
なお美 っ…ぷはぁ。おかわり。
暁仁 なぁ、飲みすぎんなよ?途中で寝るとか寂しすぎ…
なお美 うるさいわね、寝ないわよ。ちゃんと最後までします。
暁仁 (笑って)それは良かった。あー、おかわりね、はいはい。
なお美 (酒をあおって)そもそも誘って来たのはあんただから。
暁仁 だから何?
なお美 だから何じゃねーよ。あんたがこの関係始めたんでしょ?
暁仁 それは違うでしょ?
なお美 なんでよ。
暁仁 だって、俺はそうしたくなかったけど、なお美がこうしたかったんじゃん?
なお美 …は?
暁仁 俺は最初からちゃんとしたかったよ?
なお美 …。
暁仁 …。
なお美 …待って。
暁仁 はい。
なお美 待って待って。
暁仁 …。
なお美 何か言いなさいよ。
暁仁 いや、待てって言ったのお前だろ。
なお美 …。
暁仁 そんなに困った顔するなよ。
なお美 困ってるわけじゃない。
暁仁 …今日やめとこっか。
なお美 …。
暁仁 なお美?
なお美 …ここ出るまで考える。
暁仁 へぇ。考えてくれるんだ。
なお美 考えてあげるわよ。…おかわり。
暁仁 はいはい。ペース早くない?
なお美 早いわよ。仕方ないでしょ。
暁仁 …か…。(かわいいと言おうとして)
なお美 (囲炉裏炬燵の中で脚を蹴る)うるさい黙って。
暁仁 今日、心なしか力強くない?
なお美 気のせいよ。
暁仁 まあ、いいけど。
なお美 …ねえ、私が言ったから?
暁仁 え?
なお美 あんたと初めてした夜、私が『深い関係は煩わしい、今は適当に遊んで癒されるのがいい』って。
暁仁 言ってたな。おまえ、あの時、今よりめちゃくちゃ疲れてたし、大変そうだった。
なあ…覚えてる?
なお美 何を?
暁仁 俺たち最初は何人かで飲んでただろ?
なお美 あー、そうだったわね。
暁仁 あの時、何人かがおまえ目当てに頑張ってんのに、当の本人は全然眼中に無くてさ。
なお美 何それ、初めて聞いたんだけど。
暁仁 ガードすげぇ固いし、色気あるのに男寄せ付けないオーラ半端なくて…。
でも、あの日は…少し、いつもの強いおまえじゃなくて、なんていうか…危なっかしい感じがした。
なお美 そう…だったかな。
暁仁 なんとか力になりたいって思ったけど、言葉じゃどうにもほどけなくて…。
そのうち酒が回りすぎて、どっかの馬鹿に連れてかれるんじゃないかってヒヤヒヤしてた。
なお美 結局、私の事お持ち帰りした“どっかの馬鹿”のくせに?
暁仁 嫌だった?
なお美 …。
暁仁 黙るなよ。
なお美 そういう事いきなり言わないで。
暁仁 ごめん。でも、俺…今日は容赦しないから。
なお美 容赦しないって…。
暁仁 言いたいこと言わせてもらう。
なお美 …言えばいいじゃない。
暁仁 (笑って)負けず嫌い。
なお美 知ってるでしょ。
暁仁 そうだな。なお美はいつも何かと戦ってて、負けないように必死で…。
ずっと前向いて、走って…時々毒づいて、強がって。
守ってやりたいけど、そういうのじゃないんだろうなって。
なお美 なにそれ?
暁仁 “守ってもらわなきゃいけないほど弱くない”って言いそうだなって。
なお美 …。
暁仁 あってる?
なお美 …。
暁仁 おかわり?
なお美 っ…おかわり。
暁仁 はいはい。
なお美 ……確かに。私は『弱い女』になるのは嫌。自分の弱さは自覚してるけど、守って欲しいなんて思ってない。
暁仁 それ…さ。強がりだろ?
なお美 強がり?
暁仁 守ってくれるって思った人に、裏切られるのが怖いんじゃない?
なお美 っ…(殴ろうとして)
暁仁 (その手を受け止める)俺はさ…。裏切らないよ。
なお美 ……。
暁仁 (受け止めた手を開いて、自分の指をからませる)なお美って野良猫みたいだよな。
懐いてくれるのかなって思って手を伸ばしたら、すぐ逃げる。
なお美 ちょっと…。
暁仁 ああ…この子はすごく傷つきながら生きてきたんだなって分かったから…。
なお美 ねえ、待って。やめてよ…そんな風に言葉にするの。
暁仁 容赦しないって言ったろ?最後まで聞いて。
なお美 …わかった。
暁仁 そうやって、時々素直な表情(かお)してくれるの、グッとくる。
なお美 なっ…
暁仁 そんな表情(かお)もっと見たくて、安心して欲しくて…だから俺はあの手この手を使うんだ。
それが例え、カラダを重ねるだけだとしても…それでおまえが少しでも嫌な事を忘れられるなら。
俺といる事が少しでも癒しになるなら…それでいいって…思ってた。
なお美 ……。
暁仁 でも…思ってただけで、結局俺は…駄目だった。我慢できなくなった。
おまえを自分だけのものにしたいって気持ちが…抑えられなくなった。
なお美 暁仁…もう…
暁仁 それが怖くなったんだろ?
なお美 え…。
暁仁 だから…他に男作ったんだろ?
なお美 なにそれ…。
暁仁 …手ぇ出す所、間違えるなよ。あいつの女癖と口の軽さは百貨店の中じゃ有名なんだからさ。
おまえとヤった事、嬉しそうに話してきた。
なお美 っ…。
暁仁 その時はさ…平静保つのに必死で、でも、その後すげー後悔して、めちゃくちゃ凹んだ。
だけど、やっぱり俺はおまえの事、諦められないから。だから、開き直――っ。
なお美 (ぬる燗を顔にぶっかける)ヤってない。
暁仁 ……へ?
なお美 ヤってないわよアイツとなんか。しつこく迫ってくるからプライドずたずたにしてやったの。
その仕返しがソレって事ね…アイツ、絶対に許さない。
あんたもあんたよ、そんな話信じて…馬鹿じゃないの…っ。
暁仁 ご…ごめん。
なお美 今日はあんたのおごりね。(店員に)すみません、おあいそ。あとおしぼりもらえます?…あ、ありがとう。
暁仁 …。
なお美 はい、おしぼり。
暁仁 ああ…。
なお美 謝らないから。
暁仁 いや…うん。俺が悪い…ごめん。今日はもう…
なお美 何言ってんの?行くわよ、部屋。
暁仁 え?
なお美 容赦しないって言ってたけど…そのセリフそっくりそのままお返しするから。
乱れ牡丹でも何でもやってやるわよ。
暁仁 いやいや、待てよ。
なお美 待たないわよ。私傷ついたんだから。なんであんな奴の言葉鵜呑みにするのよ。
だいたい、私を何だと思ってるの?何人もあんたみたいな人がいると思ってた?
いないわよ。いるわけないじゃない。私だってこういう関係初めてだし、あんた意外とするつもりもないし。
そもそもこういう関係にしたかったわけでも…ないっていうか…でも怖いし…この心地いい関係壊したくないし。
でも、あんた最近…なんか様子違ったし、まあその理由は今分かったからいいけど…もう…私なにが言いたいのか…
わかんなくなってきたじゃない…ばか。
暁仁 …なんで泣きそうなんだよ。
なお美 (涙をこらえて)…っ…最後まで信じてもらえなくて…悔しい。
暁仁 それは…本当にごめん。
なお美 だけど…信じて欲しいって……思って、そう思ってる自分がいて…びっくりして…だから…。
暁仁 …え。
なお美 その顔、むかつく。
暁仁 だって、それって…。
なお美 うるさい。
暁仁 かわいい。
なお美 あのさ?罵倒されてるのに“かわいい”って何なの?あほなの?
暁仁 だって、おまえの罵倒っていうか照れ隠しじゃん。
なお美 っ…。
暁仁 おまえの気持ち聞けて嬉しい。続きはあとでゆっくり聞かせて?
なお美 …ちゃんと話せるかわかんない。
暁仁 いいよ、まとまってなくたって。だから聞かせて。
なお美 早くお会計してきて。
暁仁 (笑って)わかった。それまでに泣き止んどけよ?
なお美 泣いてない。
暁仁 はいはい。(暁仁退出)
なお美 …はぁ…びっくりした。
なお美M 人生なんて諸行無常…期待するだけ馬鹿を見る。
信じるから裏切られる。
なら最初から誰も信じなければいい。
人の気持ちなんて移り変わるのがあたりまえなんだから…。
そう思って、強がって。
武装して。
何と戦っているのかもわからずに。
でも何が何でも負けたくなくて、ガチガチに固めた私の心。
それがいつの間にか、彼に溶かされていたのかもしれないなんて…。
なお美 諸行無常…世の中の真理ね。
【エピローグ】
暁仁 (M)帰り道。
はじめて、なお美の手に触れてみる。
少し驚いた彼女が俺を見る。
なお美 え…っ、なに?
暁仁 だめ?
なお美 …ば、馬鹿じゃないの。
暁仁 もうそんな毒、効かないよ?
なお美 っ…。
暁仁 (M)少し頬を赤らめてそっぽを向くのが愛おしくて、俺は指を絡ませて、彼女の手を引く。
なお美 ここ…?
暁仁 うん、入って?
なお美 お邪魔…します。
暁仁 どうぞ。
なお美 (M)暁仁の部屋にそっと入る。
綺麗に整ったリビング。趣味の良い家具に暖かく照らす間接照明…実感と緊張が増す…。
暁仁 適当に座って。
なお美 うん…。
暁仁 (M)俺の部屋にはじめて来た彼女は借りてきた猫のように、ちょこんとソファに腰掛けている。
いつもの大胆さはどこへ行ったのか。
暁仁 なぁ、なんか飲む?焼酎あるけど…?
なお美 んーん。
暁仁 ……。
なお美 (M)女は業が深い生き物だと、昔の人はよく言ったものだ。
そして私がその典型だって事もよくわかってる。
業が深くて何が悪い。
欲深くて何が悪い。
私はカルマなんかに負けない。
強がりも続けていればいつか本物になるって信じて。
表で悪態をついて。
隠れて泣いて。
歯を食いしばって前に進んできた。
でも…守ってくれるあたたかい手が、寄りかかることのできる広い背中が…確実に私を変えている。
暁仁 おまえ、どうしたの?……なお美?
なお美 (M)暁仁が私の事を呼ぶだけで、ビクリと反応してしまう。
暁仁 大丈夫か?
なお美 っ…緊張してるの。
暁仁 (M)そうポツリとつぶやく君。
ああ、きっとこれが本当の君なんだと思うと、胸の奥がギュッ締め付けられるのを感じた。
思わず俺は彼女に口付けをする。
(キスして)…もっと、そういう顔見たい…
なお美 ……。
暁仁 (M)彼女は潤んだ瞳でこくりと頷いた。
完