top of page
quartetto_bl.jpg

祇園×エンヴィ
#まぼろし虚ろな四重奏(カルテット)

時間30分~40分

比率(♂:♀)4:0 or 3:1※マスター役は不問可

 

登場人物
男/人生に疲れた男
何かしらで絶望してて欲しい、諦めてて欲しい、ちらっと希望が見えても叶わないで欲しい


雪羽都(ゆきはねみやこ)愛称は“ゆき”/妖艶な蜻蛉茶屋の男娼
優しい、なのに基本的に報われない、儚く散って欲しい


マスター/BARスオーノ・デ・フーモのマスター
基本的に表には出さないけど、熱いものを秘めてる、少し狂い気味


御牧(みまき)/男がフーモで出会う謎の男
艶のある美しい人で、年齢不詳。

 

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 

 

 

 

 

 

マスター:祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。

 

御牧:沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。

 

ゆき:おごれる人も久しからず。ただ春の夜の夢のごとし。

 

男:たけき者も遂にはほろびぬ、ひとへに風の前の塵に同じ…。

 

マスター:京都、祇園…伝統が凝縮された明媚(めいび)で雅な美しい街。

 

御牧:しとやかな空気とは裏腹に、毒々しくも艶(あで)やかな場所である事は誰もが知っていて、知らないふりをしている。

 

ゆき:「おこしやす。」と、にこやかに微笑むその笑顔を信じてはいけない。
   

男:表と裏、本音と建て前、白も黒も多様な色もすべてが混ざり合って混沌としたかつての花街。

 

 

マスター:(M)その花街を目的もなく歩く一人の男がいた。
     惰性で日々を過ごして…何をやってもうまくいかない。
     男の頭を心を…淀んだ感情が侵食していく…。
     

     ただなんとなく生きて。
     ただなんとなく死ぬのだろうか。

     そんな男の前を颯爽と歩く一人の美しい男がいた。

 

男:   (M)不思議な色香を漂わせる男が…

     ふらふらと彼の背中を追う。
     俺は一体なにをしているんだろう…そう頭の片隅で思いながら。


マスター:(M)繁華街を少し抜け、静かな通りに入ると彼はBARらしき場所へ入っていった。
     男も誘われるように、その扉に手をかける。


男:スオーノ・デ・フーモ…

 

 

男:(M)扉の横にそっと置かれた看板の文字を口にすると、なんだか不思議な気持ちになった。

  少し緊張しながら扉に手をかけると…ガチャリと重たい音が響く。


  中に入ると煙がかった店内にブルースがかかっている。
  カウンター席とテーブル席が二つ。
  先ほどの男はカウンター席で酒を注文していた。

 


ゆき:あれ?見たことない顔、お兄さん初めてでしょ?

 

男:え…ええ。

 

マスター:いらっしゃいませ。

 

御牧:ああ、あんたやっぱり入って来たんだな。

 

男:やっぱりって…

 

御牧:俺の後について来てただろ?

 

ゆき:ふふふ、彼の色香に誘われたってこと?可愛い人だね。

 

男:いや…その、すみません。

 

ゆき:別に謝ることないよ。ねぇ?

 

御牧:ああ。

 

ゆき:ねぇ、ほらこっちに座りなよ。

男:あ…はい。

 

ゆき:マスターこの方に俺の奢りで一杯作ってよ。

 

マスター:ああ。お好みはありますか?

 

男:え、そんな…俺自分で―――

 

ゆき:いいから、いいから。出逢った記念に奢らせてよ。ね?

 

御牧:おまえ、ちょっといい男だと思うとすぐそれだな。

 

ゆき:えー?そうかなぁ?でもお兄さんの顔…あと声も好きだなぁ…俺。

 

御牧:気を付けろよ?コイツ、あんたのこと本気で口説こうとしてるから。

 

ゆき:ふふふ、それはどうかなあ?

 

男:え…?

 

ゆき:あーでも、本気で口説いてもいいなら…一回試してみる?
   後悔させない自信あるよ?俺。

 

御牧:ゆき、本当にタイプなんだろ?

 

ゆき:ねえ?御牧に惹かれてここに来たってことは興味あるって事だよね?
   男と寝たことはもうあるの?

 

男:いや…

 

ゆき:ふふ、可愛い…戸惑ってるね。

 

御牧:おい、からかって楽しむの"悪い癖"だぞ?

 

ゆき:からかってなんかないよ?

 

御牧:へえ?

 

ゆき:なあに?

 

御牧:(艶っぽく笑って)なんでもない。

 

男:あ……。(呆然とふたりの様子を眺める)

 

マスター:お客さま、どうぞこちらへおかけください。

 

男:は、はい。

 

マスター:ベースなどのお好みはありますか?

 

男:強めの…もらえますか。辛口で。

 

マスター:炭酸は使っても?

 

男:はい。

 

マスター:かしこまりました。

 

男:(M)店主であろうその男は骨ばった美しい手でシェーカーを振る。
  俺はその手に見とれた。
  それに気づいたその男は妖しく微笑む。

 

マスター:どうかされましたか?

 

男:…いえ。

 

御牧:子供みたいな顔してる。

 

ゆき:可愛いじゃない。
  
マスター:どうぞ…ギムレットハイボールです。

 

男:これが俺と彼らの出逢い。そして不思議な数ヶ月のはじまりだった。

 

 

 

 

(タイトコール)

 

男:祇園

 

ゆき:エンヴィ

 

マスター:まぼろし虚ろな

 

御牧:四重奏(カルテット)

 

 

 

 

マスター:(M)男はそれから足しげくスオーノ・デ・フーモへと通った。
     なんの衝動に駆られていたのかはわからない。
     不思議な魅力のある御牧(みまき)に逢いたいからか。
     優しくしてくれる雪羽都(ゆきはねみやこ)に甘えたいからか。
     ギムレットハイボールが飲みたいからか。

 

     そして数か月後、彼らの関係に変化が生じる。

 

ゆき:(M)俺たちの憩いの場へ足繁く通う彼。
   最初から御牧に…“美しい俺の親友”に彼が惹かれているのはわかった。そう…すぐに。
   御牧が来ていないとわかると少し拗ねた顔が可愛くて、悪戯っぽく声をかけると困った顔に胸が高鳴って…
   月日を重ねるごとに深みもない他愛のない話をしているだけなのに…俺はひどく彼に惹かれていった。
     
   この気持ちをどう消化しようか迷っていたある夜の帰り道、不意に彼は俺にたずねた。


男:なぁ…ゆきってさ?普段どんな仕事してるの?

 

ゆき:え…

 

男:なに、聞いちゃいけなかった?

 

ゆき:そういうわけじゃないけど…。

 

男:どうした?

 

ゆき:……。

 

男:ゆき?

 

ゆき:(M)祇園の街には知る人ぞ知る為政者(いせいしゃ)専門の青楼(せいろう)がある。
   俺はそこで男娼として働いている。家族のため、夢のために…。
   あそこでどこかの社長や政治家のお眼鏡にかなって、夢を叶えたあの子たちのように…。
   でも…これを彼にどうやって伝えたら…。

 

男:おい、どうした?そんな思いつめた顔して。

 

ゆき:俺さ、あなたの事…本気になりそうなんだ。

 

男:え?

 

ゆき:迷惑だよね?

 

男:…俺、おまえのこと好きだよ?

 

ゆき:え…

 

男:いつも優しく笑うおまえの顔も可愛いって思う…あれ、俺、酔ってるのかな…

 

ゆき:そう…だね、今日は早く帰って寝た方がいいよ。

 

男:(行こうとするゆきの肩を掴んで)待てよ。

 

ゆき:っ…

 

男:酔って、こういうこと言う男はダメ?

 

ゆき:本気じゃないでしょ?

 

男:本気にさせてみればいいじゃん…

 

ゆき:え?

 

男:初めて会った時、おまえ“後悔させない自信あるよ”て言ってたろ?

 

ゆき:それと今の状況は…っ(突然、唇をふさがれる)

 

男:…試してみてよ?(そう言ってまた、ゆきの唇に吸い付く)

 

ゆき:(M)本気じゃない。
   一夜限りになる…そうじゃなかったとしても絶対に傷つくことになる。
   頭ではわかってるのに…この唇で溶かされたくて…
   ひと時だけでも混ざり合いたくて…俺は彼を受け入れた。


 

 

【間】


 

 

(ベッドで達したふたり、息はまだ荒い)

 

男:っ…はぁ…はぁ…まじか……

 

ゆき:はぁ…はぁ…

 

男:ゆき…俺さ―――

 

ゆき:(被せるように)蜻蛉茶屋(かげろうぢゃや)って知ってる?

 

男:え?

 

ゆき:為政者(いせいしゃ)専門の青楼(せいろう)…俺そこで働いてるんだ。

 

男:……

 

ゆき:軽蔑した?

 

男:いや?

 

ゆき:ほんと…?

 

男:なぁ…もう一回シよ?

 

ゆき:え…ちょっ…(男はゆきに馬乗りになる)

 

男:俺…今はおまえが欲しい…

 

ゆき:…うん…いいよ……

 

 

 

【間】

 

【数週間後‐BARスオーノ・デ・フーモ‐】
 

御牧:(M)後悔したって遅いのに…あいつはいつもそうやって辛く悲しい道を選ぶ…。

 

御牧:ゆき…おまえ、あの男となにかあった?

 

ゆき:え?

 

御牧:仕事終わりに、あいつのこと部屋に連れ込んだりしてないだろうな?

 

ゆき:……

 

御牧:仕方ない奴だな…自分が傷つくことになるってわかってるのか?

 

ゆき:わかってる…でも、俺…彼のことが――

 

御牧:ダメだ、言うな。その続きは聞きたくない…あの男を殺したくなるから。

 

ゆき:御牧…

 

御牧:なぁ…ゆき?俺はおまえの事が本当に…

 

ゆき:わかってる。大切に思ってくれてありがとう…御牧みたいな"親友"が居て幸せだよ。

 

御牧:…そうか。

 

ゆき:ごめんね。

 

御牧:どうして謝る?

 

ゆき:御牧はそうやって、いつも俺の心配をしてくれるのに…俺はいつも同じ過ちを犯すから…

 

御牧:本当にバカな奴…。

 

ゆき:うん。

 

御牧:それでも俺はおまえの事…大切な"親友"だって思ってるよ。

 

ゆき:ありがとう…御牧。


 

御牧:(M)綺麗なあいつの心を奪ったあの男は、いつも俺を物欲しそうに見ていた。
   その眼差しが可愛く思えた時もあったけれど、あいつをもて遊ぶつもりなら許さない。
   そう思って…『その時は覚悟していろよ』と言わんばかりに微笑みかけていたのに…。

   ああ、俺のろくでもない勘は…必ず当たるんだな。

 

 

【間】

 

 

 

【数か月後‐BARスオーノ・デ・フーモ‐】

 

マスター:いらっしゃいませ。

 

男:どうも。あれ…今日、御牧さんは?

 

ゆき:まだ来てないよ。

 

男:そうか…

 

ゆき:ねぇ、俺と呑もうよ。こっちに座って?

 

男:…ああ。

 

ゆき:ねえ、ここんとこ、なんでそんなに不機嫌なのさ。

 

男:別に?

 

ゆき:最初に出逢った時はあんなに可愛かったのに…

 

男:…マスター、ギムレットハイボール。

 

マスター:かしこまりました。

 

ゆき:好きだね、それ。

 

男:まあな。

 

ゆき:なんか嫌なこと…あったの?

 

男:別に?惰性で毎日生きてんのに特別“嫌な事”なんかねーよ。

 

ゆき:…。

 

男:俺はきっとただなんとなく生きて…ただなんとなく死ぬんだろうな。

 

ゆき:そんな…悲しいこと言わないでよ。

 

男:は?

 

ゆき:俺、あなたがそんな風に生きていくの見てるの辛いよ…

 

男:じゃあ見なきゃいーじゃん。

 

ゆき:でも俺…あなたの事、本気なんだ…だから…好きな人のそんな顔、見たくないよ。

 

男:…(大きくため息をついて)おまえさ?なに勘違いしてんの?

 

ゆき:え?

 

男:そりゃ優しくしてくれたことは感謝してるし、別におまえのこと嫌いじゃねーけどさ。

 

ゆき:うん…。

 

男:ちょっと寝てるってだけで…どの目線で俺にモノ言ってんの?

 

ゆき:…。

 

男:所詮カラダ売って稼いでるおまえがさ?本気ってなんだよ?おまえにとってソレって仕事と変わんねえだろ?

 

ゆき:それは――

 

男:(被せて)俺はおまえが可哀想だから抱いてやってただけだから。

 

ゆき:っ…そっか…そんなに可哀想かな…俺。

 

男:男にそんな顔されても困るわ…マスター、チェックしてもらえます?

 

マスター:かしこまりました。

 

 

マスター:(M)不機嫌そうに男は会計を済ませると、乱暴に店を出て行った。
     その背中を儚げな眼差しで見送る雪羽都。

 

ゆき:(涙ぐんで)俺…バカだよね…。

 

マスター:いや。彼は少々勘違いをしているようだね。

 

ゆき:(我慢できなくなって涙があふれる)男娼って言ってもあそこは俺にとって勝負かけてる場所なんだ。
   あそこに来る客は男を抱きたいだけの色欲にまみれた大人ばかりじゃない…。
   俺は…プライド持ってこの仕事を…彼のことだって本気で…本気でさ…

 

マスター:(御牧が入ってくる)ああ、御牧さんいらっしゃいませ。

 

御牧:どうした?なにがあった…

 

マスター:ああ…実は…


ゆき:(M)そうしてマスターは事の経緯を御牧に話した。
   御牧の美しい顔が歪む。
   なんだか…嫌な予感がした。
   俺の嫌な予感って当たるんだ.

   数日後、予感は確信に変わる。

 

 

【間】

 

 

 


御牧:(M)あの男がいつも来る時間に店の前に立つ俺。
   からかい甲斐のある男だと思っていたけれど、何を勘違いしているのか…。
   苛立ちを隠し切れず唇が歪んだ。

 

男:…御牧さん?中にいらないんですか?

 

御牧:おまえを待ってたんだ。

 

男:え…俺を?

 

御牧:おまえ…俺と寝たいんだろ?

 

男:え…

 

御牧:物欲しそうな顔して、いつも俺のこと見てたの知ってる。

 

男:すみません。

 

御牧:その顔…嫌いじゃない…

 

男:え…(口づけされ、舌をからませられる)んっ…

 

御牧:……ついて来いよ。

 

男:あ…

 

御牧:続き、しようぜ?


男:(M)そう言って御牧さんは俺の手を引いた。
  力強く掴まれる事にひどく高揚した。
  これからどこへ連れていかれるのか…甘い期待を胸に、俺は彼の背中を見る。

 

 

 

​【間】

 

 


御牧:ここは仕事で使ってる部屋なんだ…入れよ。

 

男:…はい。

 

御牧:あ、なあ?これ試してみない?

 

男:それ…薬ですか?

 

御牧:そう、気持ちよくなる薬…嫌?こういうの。

 

男:い、いえ。飲みます…。

 

御牧:(妖しく微笑んで)はい。あとこれ、水な。

 

男:ありがとうございます。(薬を飲む)…っ。ふう。

 

御牧:ベッドルームはないんだ。ソファベッドがあるから…こっち来いよ?

 

男:はい…(御牧に触ろうとして、手を取られる)え?

 

御牧:おい、がっつくなよ…いつもは抱く方なんだろおまえ?
   今日は俺がたっぷりシてやるから…そんなに急ぐなよ。
   俺はゆっくり可愛がるのが好きなんだ。

 

男:すみま…(口づけされ押し倒される)んっ…!

 

御牧:謝るなよ…な?

 

男:御牧さん…ん…あれ…俺……

 

御牧:あ、効いてきた?良かった。

 

男:え、なんですか…これ…力が入らな…い

 

御牧:大丈夫。眠るだけだよ?
   お楽しみはこれから…だからゆっくり眠ってな?

 

男:っ……

 

 

男:(M)彼の甘い声を聴きながら、俺は正気を手放した。
  どれくらい経ったのか…気が付くと俺は…俺は…

 

 

男:ん…え、なにこれ…なんで俺繋がれて…?

 

御牧:あ、起きた?おはよう。

 

男:御牧さん…これなんなんですか?両手両足に手錠って…しかもなんですかこの点滴。

 

御牧:一応おまえも男だしな?拘束しておかないと危ないだろ。

 

男:な……え?

 

御牧:惰性で毎日生きて、なんとなく日々を過ごして…つまらなさそうに生きて?
   それだけなら別にここまでするつもりはなかったけど、ゆきにあんな事しやがって…ムカつくんだよ、おまえ。

 

男:……

 

御牧:だから殺そうかなって。

 

男:は?

 

御牧:なんとなく生きてきたその人生。最期くらい刺激的でもいいだろ?

 

男:…なんだよそれ…

 

御牧:なにが?

 

男:なんなんだよ!これ!はずせ…はずせよ!!

 

御牧:だーめ。

 

男:俺…俺は!死にたいなんて言ってない!

 

御牧:退屈だって言ってただろ?

 

男:だからって死にたくない!

 

御牧:はあ…うるせぇなあ。

 

男:死にたくないんだよっ!!!

 

御牧:…それは俺には関係ない。

 

男:なあ!お願いだからやめてくれよ!

 

御牧:つまんねぇ男。命乞いしかできないなら、最初から懸命に生きろよ。

 

男:っ…

 

御牧:この薬入れたらもう最期だから…な?ゆっくり逝けよ。

 

男:やめ…やめて…うわああああああああああああああああ。

 

 


 

【間】

 

 

男:ん…?

マスター:おはようございます。お目覚めですか?もう朝方ですよ。

 

男:マスター…え?…あれ?俺…夢見て?

 

マスター:夢?

 

男:あの御牧さんは…

 

マスター:“御牧さん”…?どなたですか?

 

男:え?マスターなに言ってるんですか、ここの常連ですよね?

 

マスター:いえ…申し訳ありませんが、そのようなお客様はここにはいらっしゃいませんが。

 

男:そんな…じゃああいつは?ゆきは?蜻蛉茶屋(かげろうぢゃや)っていう店で働いてるって。
  俺あいつにひどいこと言っちゃって…謝らなきゃ。

 

マスター:失礼ですがお客様。“ゆき”という方も“蜻蛉茶屋(かげろうぢゃや)”も私は存じ上げません。

 

男:どういうこと…なんだ。

 

マスター:相当お疲れのようですね。

 

男:え…あ、いや…頭は混乱してるんですけど…なんだか身体はスッキリしてて…不思議な気持ちです。

 

マスター:そうですか。では…どうぞお帰り下さい。そしてここへはもう来てはいけません。

 

男:どうしてですか?

 

マスター:ここはあなたのような方が来る場所ではない。

 

男:理由も教えてくれないんですか?

 

マスター:ええ。その必要がないので。

 

男:でも…っ

 

マスター:お帰り下さい。

 

男:…わかりました。今までありがとうございました…。

 

 

男:(M)俺はそう言って店を出た。
  彼ら存在しなかったのだろうか…本当に…?
  狐につままれたような…不思議な…
  でもなんだか嫌悪感は無くて…
  例える事もできなくて…言葉も見つからない。

  俺は今日からどうやって生きて行こう…。
  

 


 

 

ゆき:祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。

 

マスター:沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。

 

男:おごれる人も久しからず。ただ春の夜の夢のごとし。

 

御牧:たけき者も遂にはほろびぬ、ひとへに風の前の塵に同じ…。

 

ゆき:京都、祇園…伝統が凝縮された明媚(めいび)で雅な美しい街。

 

マスター:しとやかな空気とは裏腹に、毒々しくも艶(あで)やかな場所である事は誰もが知っていて、知らないふりをしている。

 

男:「おこしやす。」と、にこやかに微笑むその笑顔を信じてはいけない。
   
御牧:表と裏、本音と建て前、白も黒も多様な色もすべてが混ざり合って混沌としたかつての花街。


男:俺はこの街で…生きていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゆき:帰った?

 

マスター:ああ。もう彼はここへは来ないよ。

 

ゆき:そっか…

 

御牧:あんなに酷いこと言われたのに、まだ好きなのか?

 

ゆき:好きじゃないよ。あんな男…

 

御牧:おまえは嘘が下手だな。

 

ゆき:彼、随分スッキリした顔してたね。

 

マスター:とっておきの栄養剤を点滴に仕込んでおいたからね。

 

御牧:出所は聞かないでおくよ。

 

ゆき:マスターはやっぱり、謎に満ちてるね。

 

マスター:さあ…どうだろう。

 

ゆき:ねえ?祝杯あげない?

 

御牧:祝杯?

 

ゆき:惰性で生きてきた人間に光を灯した祝杯。

 

御牧:おめでたい奴。あんなことで前向きになれるかなんてわからないだろ。

 

ゆき:いいじゃない?少しくらい希望を持ったって。
   ねぇ、マスター?何か作ってよ。とっておきのやつをさ!

 

マスター:(妖しく笑って)かしこまりました。

 

bottom of page