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TGIF.毎週金曜、PM9:17.

時間15分(演者様の間のとり方によって時間が変動します)
比率(♂:♀)1:1
 
注意事項
・人数比率は守ってください
・性別の改変/過度なアドリブはNGです

【登場人物】
東雲 アタル(しののめ あたる)
地方の百貨店で紳士服の販売員をしている。
幸薄げな美人。
朔良の先輩。
自殺未遂を何度かおこし、その度に朔良に助けられている。


本条 朔良(ほんじょう さくら)
アタルの後輩で元紳士服の販売員。
東京の本部へ栄転しエリアマネージャーをしている。
アタルの自殺未遂の現場に何度か遭遇し、アタルを繋ぎ止めたくて仕方がない。

 

 


アタル:(M)"平気、やるから。私がやった方がはやいでしょ"
    そう言って煩わしそうに俺を押しのける彼女。

    "やる事はちゃんとやってるから"
    それが、口癖。

    (妻が部屋を出ていく音を聞いて)
    乾いた扉の閉まる音と『行ってきます』も言わない妻の背中を見ていると、俺は無性に死にたくなった。

    カラダが冷たくなるのを感じて、呼吸がしづらくなる……いつもの症状。
    震える脚でなんとかその場に立って、時計を見つめる。

 

アタル:…あと、もう少し。

 

アタル:(M)毎週金曜、PM9:17…俺のスマートフォンが鳴る。

 

アタル:(震える手で通話ボタンを押す、呼吸は乱れている)っ…はぁ…。

朔良:もしもーし。

 

アタル:(相手に聞こえないように、呼吸を整える)はぁ…はぁ……。

 

朔良:アタルさーん?もしもーし。

 

アタル:もしもし。

 

朔良:あ、よかった、聞こえる?

 

アタル:ああ、電波悪かったみたいだ、ごめん。

 

朔良:そっか、こっちのWi-Fiのせいかも。

 

アタル:うん…。

 

朔良:あ、アノヒトは?もう行った?

 

アタル:行ったよ。

 

朔良:毎週、時間どおりだね。

 

アタル:そういう奴だからな。

 

朔良:(複雑そうに微笑んで)そう…。

 

アタル:どうした?

 

朔良:ああ、いや、そういう所が窮屈なんだろうなって思って。

 

アタル:そうだな。

 

朔良:大丈夫?

 

アタル:…っ

 

朔良:アタルさん…?

 

アタル:大丈夫だよ。

 

朔良:そう…。

 

アタル:……。

 

朔良:ねぇ…。

 

アタル:ん?

 

朔良:偉かったね。

 

アタル:…なにが?

 

朔良:死にたくなるの我慢できて…偉かったね。

 

アタル:……。

 

朔良:アタルさん?

 

アタル:…今日が待ち遠しかったよ。

 

朔良:うん…私も。

 

アタル:(M)彼女が夜勤に行く日に決まってかかってくる電話。
    声の主は半年前に東京へ栄転した後輩、本条 朔良(ほんじょう さくら)。
    俺はこの時の為に…生きている。


(タイトルコール)

朔良:祇園×エンヴィ

 

アタル:TGIF.(ティー・ジー・アイ・エフ)毎週金曜、PM9:17.


朔良:今日はそっちの店、忙しかった?

 

アタル:先週よりはマシだったよ。

 

朔良:そっか。

 

アタル:おまえは?マネージャーがよく頑張ってたって言ってたけど。

 

朔良:ほんと?

 

アタル:ああ。

 

朔良:それってこの間、出張で来た時のこと?

 

アタル:だろうな。

 

朔良:えー、なら私に直接言ってくれたらいいのに。
   あの人、相変わらず不器用だな。

 

アタル:本条がマネージャーに機械的に接してるのも原因だと思うぞ?

 

朔良:そんなことないでしょ。

 

アタル:気づいてないのか?

 

朔良:なにに?

 

アタル:おまえ、接客以外だと急に無愛想になってるって。

 

朔良:え…ほんとに?
   そんなつもりないよ、私。

 

アタル:んー…。

 

朔良:(少し不機嫌そうに)なに?

 

アタル:おまえが優秀なのはよくわかってるよ。

 

朔良:どーだかー。

 

アタル:そんな言い方するなって。

 

朔良:…私はお客様に気持ちよく帰ってもらいたいだけだよ。

 

アタル:(優しく微笑んで)わかってる。

 

朔良:…。

 

アタル:誰よりも、人の気持ちを理解しようとするおまえだから…。

 

朔良:え?

 

アタル:いや…ちゃんとできる奴だから、今おまえは東京にいるんだと思う。

 

朔良:うん…。

 

アタル:だけどな…?
    いくらお客様が優先だっていっても、スタッフが近寄り難いって思うってことはさ、おまえの損になることも―――

 

朔良:(かぶせて)サクラ。

 

アタル:え…。

 

朔良:ねえ、そろそろ私のこと朔良って呼んでよ。

 

アタル:……。

 

朔良:……。

 

アタル:今度な。

 

朔良:いつもそればっかり

 

アタル:今まで本条って呼んでたのに急に…

 

朔良:急じゃない。前から言ってる。

 

アタル:…ああ。

 

朔良:…困らせた?

 

アタル:そんなことあるわけない。

 

朔良:うん…。

 

アタル:なぁ―――

 

朔良:いいよ!…じゃあ今度ね?約束。

 

アタル:約束…な。


朔良:(M)彼…東雲 アタル(しののめ あたる)との約束が少しずつ増えていく。
   これがどんなに脆い鎖なのかは私が一番よく知っていた。
   彼にその衝動があると知ったのはどれくらい前だっただろうか…。
   まだアタルさんが独身の時だったから、かれこれ四、五年前だったと思う。

   普段、優しくて頼れる先輩だったアタルさんが、涙をこらえながら震える姿が今でも脳裏に焼き付いている。
   見えないところに傷をつくって、どこで手に入れるのかもわからない薬を飲んで…

   色んな死に方を彼は試したけれど…何故かいつも、その場に私はいた。
   何の因果か…巡り合わせか…。
   私はあの人を放っておけなくなった。

   この電話一本でなにをどう繋げるかなんてわからない…だけど…私は……。

アタル:飯とか、風呂は?

 

朔良:……。

 

アタル:本条?

 

朔良:……。

 

アタル:なぁ、本条?

 

朔良:っ…。

 

アタル:どうした?

 

朔良:…ごめん。

 

アタル:疲れてる?先、寝るか?

 

朔良:ううん。大丈夫、起きてる。

 

アタル:さっき言ったこと聞こえてた?

 

朔良:うん。ご飯とか色々、済ませたよ。
   アタルさんは?

 

アタル:まだ。

 

朔良:なら、待ってるから、済ませてきて?

 

アタル:……。

 

朔良:アタルさん?

 

アタル:ああ…行ってくるよ。
    飯は済んでるから、風呂だけ入ってくる。

 

朔良:うん…。あ、繋いでてね?

 

アタル:わかった。


アタル:(M)本条と一線を越えたあの日、俺の中で何かが変わった。
    ずっと…死にたかった。
    わけもわからず、死にたかった。
    ここに生きている意味がわからなかった。
    でも…今は……。

 

(回想)
朔良:ふざけないで!

 

アタル:(死のうとしたところを止められひどく咳き込む)ごほっ、ごほっ…

 

朔良:っ、なんで…!死なないでよ!お願いだから死のうとなんてしないで!!

 

アタル:っ……

 

朔良:私は…あんたに…っ……死んで欲しくないの…!!

 

アタル:……。

朔良:なんで…わかってくれないのよ。(だんだん涙があふれてくる)

アタル:ほん…じょ、う…。

朔良:私は…あんたが大切なの…!
   ここにいて欲しいの!
   消えて欲しくないの!
   いい加減…いい加減わかってよ!

アタル:(気づかぬうちに泣いている)…っ。

 

朔良:ねえ…アタルさん…お願いだからさ……。

 

アタル:ごめん…、ごめん、本条…

 

朔良:っ……サク…ラ

 

アタル:え…

 

朔良:サクラって、呼んでよ…
(回想終わり)


 

アタル:朔良…。

朔良:(物音を聞いて)おかえり?

 

アタル:ただいま。

 

朔良:ゆっくりできた?

 

アタル:ああ…。

 

朔良:あ、ねえ、ビデオつけてよ。

 

アタル:え?

 

朔良:アタルさんの顔みたいな。寝ぐせついてないかチェックしてあげるよ。

 

アタル:つけるのはかまわないけど…

 

朔良:じゃあ、はやくつけて―――

 

アタル:本条。

 

朔良:…なぁに?

 

アタル:(優しく)そんなに心配しなくても、今日は死なない。

 

朔良:っ…。

 

アタル:本条?

 

朔良:そういう事、言うの…やめて。

 

アタル:……ごめん。

 

朔良:私…嫌だから。

 

アタル:……。

 

朔良:嫌だからね?

 

アタル:…ああ。

 

朔良:今日はやっぱいいや、ビデオつけなくて。

 

アタル:いいのか?

 

朔良:いい。

 

アタル:…。

 

朔良:声だけでいいからさ…

 

アタル:うん…。

 

朔良:このまま、一緒に寝よう?

 

アタル:わかった。

 

朔良:…おやすみ、アタルさん。

 

アタル:おやすみ…。

 

朔良:……。

 

アタル:……。

 

朔良:(ゆっくりと、やすらかに眠る呼吸音)

 

アタル:なぁ?

 

朔良:ん…

 

アタル:朔良…

 

朔良:っ…なぁに?

 

アタル:おまえの寝息…安心する。

 

朔良:(涙ぐんで)そっか…。


 

アタル:(M)祇園精舎(ぎおんしょうじゃ)の鐘の声、諸行無常(しょぎょうむじょう)の響きあり。
    沙羅双樹(さらそうじゅ)の花の色、盛者必衰(じょうしゃひっすい)の理をあらはす。
    おごれる人も久しからず。
    ただ春の夜の夢のごとし。
    たけき者も遂にはほろびぬ、ひとへに風の前の塵に同じ…。

朔良:(M)京都、祇園…伝統が凝縮された明媚(めいび)で雅な美しい街。
   しとやかな空気とは裏腹に、毒々しくも艶(あで)やかな場所である事は誰もが知っていて、知らないふりをしている。
   「おこしやす。」と、にこやかに微笑むその笑顔を信じてはいけない。
   表と裏、本音と建て前、白も黒も多様な色もすべてが混ざり合って混沌としたかつての花街。

 


​アタル:(M)この街で電話を待つ。

 

​朔良:(M)決まった日に電話をかける。

 

アタル:(M)毎週金曜、PM9:17…

 

朔良:(M)俺はこの時のために…生きている。

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