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滅刻美刃(めっこくびじん)

美と滅びの執念

【登場人物】

御影 正吾(みかげ まさご)
文士
美と死に取り憑かれた男。
肉体の美を絶対視し、醜さや衰えを忌み嫌う。
武士道や滅びの美学に傾倒し、「完璧な美は永遠でなければならない」と信じている。
彼にとって、美の完成形は「滅び」であり、「生」は美を腐敗させるものに過ぎない。
美を永遠に留めるためには、その最も美しい瞬間で止めることが必要だと考える。


蘭染(らせん)
高級青楼 蜻蛉(かげろう)茶屋の男娼
御影が「完璧な美」と信じる男。
白粉に染めた肌、端正な顔立ち、流れるような所作全てか計算された美しさを纏う。
しかし、それは彼にとって「生きるための美」であり「滅びの美」とは異なる。
彼は、美とは決して固定されたものではなく、移ろい、変わり続けるものだと知っている。
御影の異常な執着を静かに受け止めながらも、彼の歪んだ美学に一石を投じる。
美とは、滅びることで完成するのか、それとも生き続けることで深まるものなのか・・・

彼の微笑みの奥に、その答えは秘められている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


【祇園 高級青楼「蜻蛉茶屋」】

御影:(M)夜の祇園。
   湿った石畳に、灯籠の光が淡くにじむ。
   三味線の音が、どこか遠くで揺れている。
   すれ違う舞妓たちの白い襟足が、朧な月の下で仄かに光っていた。

   この界隈には、時間が緩やかに溶けるような、そんな感覚がある。

   そしてここ、祇園の地下深くにある「蜻蛉茶屋(かげろうぢゃや)」

   知る人ぞ知る、為政者専門の高級青楼として名を馳せるその奥座敷は、まるで異界のごとき静寂に包まれていた。

 

   障子越しに滲む影。
   燭台の灯がゆらめきが畳の影を長く引き伸ばし、部屋には焚かれた蘭の香が静かに立ちのぼる。
   凛とした甘さが空気を満たし、それはまるで絹の衣をまとったような滑らかさだった。
   仄かに湿り気を帯びた香りが優雅な余韻を残す。

   中央には蜻蛉(かげろう)と呼ばれる男娼、蘭染(らせん)が座している。
   鏡の前でゆっくりと櫛を通し、艶やかな黒髪を整えていく。
   その動作には迷いがなく、どこか儀式的な厳かさがあり、私はその背後の座卓で彼を眺めるのが堪らなく気に入っていた。

 

 


(タイトルコール)
蘭染:祇園×エンヴィ「文豪メランコリア」

 

御影:滅刻美刃(めっこくびじん)

 

 


蘭染:なぁ、御影先生…
   そんなに眺めてばっかりであきまへんか?

 

御影:美しい。

 

蘭染:(ゆっくりと振り向く)何が、どす?

 

御影:この瞬間の君だ。

 

蘭染:(微笑み)ほんなら、今のうちは世界で一番美しい?

 

御影:(静かに頷く)そうだ。

 

御影:(M)蘭染は静かに櫛を置き、ゆっくりと立ち上がる。
   私は盃の酒をゆらしながら、懐紙を取り出し、万年筆を走らせる。
   蘭染はその背後に歩み寄ると、肩越しに自らの姿が描かれる様を覗き込んだ。

 

蘭染:また、うちを描いてくれはるんどすなあ。

 

御影:(筆を止めずに)そうだ。君は、ただそこにいればいい。私は、君の最も美しい瞬間を留めたい。

 

蘭染:(囁くように)そやけど……そんなこと、ほんまにできると思てはるんどすか。

 

御影:(筆を止め、じっと蘭染を見つめる)できるさ。
   美は、完成された瞬間にこそ永遠となる。
   ——生の中にいる限り、人は変わり、老い、汚れていく。
   美もまた、そうだ。
   だからこそ、私は君を最も美しいままで、時の流れから救いたい。

 

蘭染:(静かに微笑む)時の流れから?

 

御影:そうだ。例えば、この絵の中に君を封じ込めることができたなら。あるいは——

 

蘭染:ほんまに、先生は恐ろしいお人やなぁ。

 

御影:(静かに)何故?

 

蘭染:ご自分の欲望の為なら、なにをしてもええと思たはるん?

 

御影:(微笑を浮かべ)究極の美の完成させることの何が悪い。
   儚さや、消えゆく様、そして絶望が真の美を際立たせる。朽ちる前に散る桜のように。

 

蘭染:美しいお人やね、御影はん。

 

御影:恐ろしいのではなく?

 

蘭染:恐ろしいほど、美しおす。
   先生の美しさは滅びと引き換えのもんや。
   もし、うちが今ここで散ってしまえばそれで完成なんどすか?

 

御影:…ああ。

 

蘭染:それはどうでっしゃろ?
   散ってしもうたら、美はそこで止まる。
   せやけど、生命さえあれば、美はどんな形でも咲き続ける。

 

御影:それは私の求める美ではない。

 

蘭染:先生はほんまに、美を愛したはるんどすか?

 

御影:どういう意味だ?

 

蘭染:美しさは、生きてこそ育つものや。
   うちらが毎日、舞や琴、仕草を磨くのも、もっと美しくなりたいと思うからどす。
   美は完成したら終いやない。
   変わり続けるから、美しいんどす。

 

御影:変わることが、美であると?

 

蘭染:ええ。人の心も、姿も、時の流れに合わせて変わる。
   けど、それが消えるわけやあれへん。
   変わり続けるからこそ、美しゅうあるんどす。

 

御影:理解しがたいな。

 

蘭染:せやろなぁ。——せやけど、御影はん、先生も変わりはるんとちゃいますか?

 

御影:私が?

 

蘭染:(頷く)ええ。今まで、うちの言うことなんか、聞こうともせんかったやろ?


 

 

御影:(M)盃の酒が静かに揺れる。燭台の灯がわずかに揺らぎ、私たちの影を畳の上に落とす。
   障子越しに、外の風が木々を揺らす音が微かに響く。
   だが、この部屋の中は、まるで時が止まったかのように静かだった。

 


蘭染:(微笑み) せやから今日はこのまま、美を楽しみましょ。

 

御影:(M)蘭染は盃を手に取り、ゆっくりと口をつける。
   その仕草は極めて静かで、まるで夜に溶け込むようだった。


御影: ……君の言う通りだ。生きることで、美は変わり続ける。
   しかし、私は……美が完成されたその瞬間を永遠に閉じ込めたいのだ。

 

蘭染:ふふふ、執念深いお人どすなぁ。

 

御影:(自嘲気味に笑う) そうかもしれない。

 

御影:(M)そう言って私は懐からもう一枚の懐紙を取り出し、筆を走らせる。
   蘭染はじっとそれを見つめていた。

 

蘭染: 何を描いてはるん?

 

御影: 君だ。—— だが、さっきとは違う君だ。

 

蘭染:(少し首を傾げる) さっきと違う?

 

御影:(筆を止め、じっと彼を見つめる) さっきの君は、「今この瞬間」の美だった。
   しかし、今描いているのは、「これからも変わり続ける君」だ。

 

蘭染:(微笑む) それやったら、最初からそう描けばよかったのに。

 

御影:(小さく笑い) 私には、そんな発想はなかった。

 

蘭染:(じっと彼を見つめ) 先生は、ほんまに美しいものを愛してはるんやなぁ。
   —— せやけど、美しさを「閉じ込める」ことでしか、愛せへんのやね。

 

御影:(静かに息を吐く) ……そうかもしれない。なあ、蘭染。
   幼い頃、私はとても病弱だった。外で遊ぶこともほとんどなく、いつも家の中で本を読んでいた。

 

蘭染:(盃を傾けながら)それで?

 

御影:私の祖母の部屋には、ひとつの日本人形があった。
   艶やかな黒髪、白粉を塗った滑らかな肌、完璧な唇。
   何年経っても、その美しさは変わらなかった。

 

蘭染:(じっと彼を見つめる)

 

御影:それに比べて、人間はどうだ? 美しかった少女は大人になり、やがて老いていく。
   どんなに気をつけても、時間の流れには抗えない。

 

蘭染:(静かに)せやけど……

 

御影:私は悟ったんだ。
   美とは、時間の影響を受けないものこそが、最も価値がある。

 

蘭染:(小さく息をつく)御影はんは「美は滅びてこそ完成する」や言わはるんどすか?

 

御影:(静かに頷く)そうだ。

 

蘭染:(ふっと笑い)ほんまに子どもみたいやねぇ。

 

御影:(微かに眉を寄せる)なに?

 

蘭染:その人形、笑(わろ)うたことありますのん?

 

御影:(沈黙)……

 

蘭染:泣いたことは? なにかに怒ったことは?

 

御影:(静かに目を閉じる)……ない。

 

蘭染:そやろなぁ。美しいもんやけど、それは「生きてへん」からや。

 

御影:(M)その言葉に思わず私は立ち上がる。
   そんなつもりはないのに、自分の手が懐の刀に添えられた。
   蘭染が微かに息を飲むのが聞こえる。

 

御影: ——君を、永遠に美しいままでいさせる方法があるとしたら?

 

蘭染:それは、懐のもんと関係あるんどすか?

 

御影:そうだ。

 

蘭染:残酷なお人。

 

御影:残酷? 私は、ただ——

 

蘭染:(遮るように) 御影はん。
   もし、ほんまに先生の言うことが正しいんやったら、なんで今もこうして生きてはるんどすか?

 

御影:それは…

 

蘭染:もし、「滅びの美」が究極のもんやったら、なんで今こうして生きてるん?

 

御影:……。

 

蘭染:御影はんがまだ生きてるいうことは、どこかで「生きる美しさ」も捨てきれへんのとちゃいますか?

 

御影:(ゆっくりと手を下ろす) 

 

御影:(M)私はゆっくりと刀の柄から手を離した。
   己の瞳に映る蘭染がわずかに揺らいでいる。

 

御影:……負けたよ。

 

蘭染:(柔らかく微笑む) よろしゅうございましたな。

 

御影:(M)そう笑って彼は盃を取り、私に差し出す。
   それを受け取り、静かに酒を口に含んだ。
   その味は、これまでのどの酒よりも苦く、そして甘やかだった。

【間】


蘭染:(M)翌朝。彼は部屋を出る前に、机の上に一枚の懐紙を残していった。
   そこには、昨夜描かれた俺の姿がある。

   けれど、それは一つの「完成形」ではない。
   その筆致(ひっち)はどこか未完成で、余白が残されている。
   まるで、これからも変わり続けるものを描こうとしたかのように——。

   俺はそれを見つめ、そっと指で懐紙をなぞる。

 

 

御影:(M)祇園精舎(ぎおんしょうじゃ)の鐘の声、諸行無常(しょぎょうむじょう)の響きあり。
    沙羅双樹(さらそうじゅ)の花の色、盛者必衰(じょうしゃひっすい)の理をあらはす。
    おごれる人も久しからず。
    ただ春の夜の夢のごとし。
    たけき者も遂にはほろびぬ、ひとへに風の前の塵に同じ…。

 

蘭染:(M)京都、祇園…伝統が凝縮された明媚(めいび)で雅な美しい街。
   しとやかな空気とは裏腹に、毒々しくも艶(あで)やかな場所である事は誰もが知っていて、知らないふりをしている。
   「おこしやす。」と、にこやかに微笑むその笑顔を信じてはいけない。
   表と裏、本音と建て前、白も黒も多様な色もすべてが混ざり合って混沌としたかつての花街。


 

​御影:(M)この街で…

 

蘭染:先生も、変わりはったんやね…
   美しさは、変わり続けるからこそ、美しいんどす。


 

御影:(M)そう言って彼は盃を傾け、ゆっくりと口に含む。盃の中の朝日が、酒の波に揺れていた。

 

 

 


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