
祇園×エンヴィ
命々遊戯(めいめいゆうぎ)
愛と死の誘惑
九条 響也(くじょう きょうや)
文士
死に憧れ、死に損ない続ける男。
人生に絶望し、愛に救いを求めながらも、その愛に溺れることを恐れる。
自ら「死にたい」と嘯きながらも、いつも最後の瞬間に足を止める。
彼の愛は激情と破滅の狭間で揺れ動き、女を道連れにすることで自らの存在を証明しようとする。
しかし、彼が抱いた女たちは次々と命を落とし、彼だけが生き残る。
それは運命か、それとも無意識の選択か——。
にいな
高級青楼 伽羅館の伽羅女
九条の嘘を見抜く女。その眼差しは冷静で鋭い。
彼の「死にたい」という言葉の奥にある「生きたい」という叫びを見抜き、嘲笑いながらも、彼が足を踏み外さぬよう静かに導く。
彼女の言葉は刃のように鋭く、甘美な毒のように苦い。
時に冷たく突き放しながらも、九条の根底にある恐怖を理解し、寄り添う。
にいな:先生…おまえさん、また死に損なったんだな。
九条:……どうして、私はこうも死ねないんだろうねぇ、にいな。
にいな:本当に聞きたいのかね?
九条:聞きたいとも。君なら、何か答えを知っているんじゃないか?
にいな:至極、簡単なことだ。
先生、おまえさんは本当は死にたくないのだよ。
(九条の指が微かに震える。だが、すぐにそれを誤魔化すように乾いた笑いを零す)
九条:そんなことはない。私は、死にたくてたまらないんだ。
にいな:ではなぜ、先生だけが生き残る?
九条:……。
にいな:三人目だろう?
先生が「一緒に逝こう」と言った女たちは、みんな死んでしまった。
そして先生はいつも生きている。
九条:……運が悪かったんだよ。
(タイトルコール)
にいな:祇園×エンヴィ「文豪メランコリア」
九条:命々遊戯(めいめいゆうぎ)
にいな:本当に?
九条:……。
にいな:先生、私はね、ずっと思っていたのだよ。
先生の死にたいという言葉は本心なのかとね。
九条:当たり前じゃないか。
にいな:先生の愛した女たちは、先生に抱かれて、先生の腕の中で死んだ。
先生と一緒に逝くつもりだった。
けれど先生は生きている。
それが『運』ですむ話だと思うのかい?
(九条は唇を噛む)
にいな:私はこう思うのだよ。
先生は本当に死にたかったのではない。
ただ、死にそうな男でありたかっただけ。
死にたいと言うことで、女を縛る男なのだと……
九条:……君は、時々、残酷だね。
にいな:おや、私は先生の心の奥底を語ったつもりだが?
(九条は煙草に火を赤く灯す。にいなの目が揺れる)
にいな:では、聞かせてくれないか。
先生は本当にに死にたいのかい?
九条:……ああ。
にいな:なるほど。では…(盃に酒のようなものをついで)飲みたまえ、毒入りだよ。
(九条は盃を見つめる)
にいな:……怖いのかい?
九条:(M)私は指先を震えを悟れぬよう盃を持つ。
しかし、唇に触れた瞬間、手が止まった。
にいな:ふふ…また死にぞこなったね。
九条:それでも私は、生きるのが怖いんだよ。
にいな:先生、死はそれ程、美しいものではないよ。
先生は、死にたいのではなく、生きている自分を悲劇に酔わせたいだけだ。
九条:……。
にいな:ではね、先生。
先生が死に損なった夜にまた会おう。
(彼女の姿が闇に溶ける)
(九条はひとり、沈める月を仰ぐ)
【またある夜。四条大橋の下】
鴨川沿いの石段。冷たい風が水面を揺らす
九条、ひとり。膝を抱えて座り、煙草を燻らせる。
九条:(M)私は、いったい何を求めているのだろう。
死にたい。ずっとそう思ってきた。
生きることは苦しい。
希望はすぐに色褪せ、愛も永遠には続かない。
どんなに求めても、満たされることはない。
だから、死にたい。そう願ってきたのに――
なぜ、私は生きている?
三度も女を誘い、三度も女は死に、三度とも私は生き残った。
いや、生き残ったのではない。
死ねなかったのだ。
私は、いつもぎりぎりのところで足を止める。
まるで、運命に弄ばれるように……
【そして、またある夜。祇園の裏路地】
柳が風に揺れる。川沿いの石畳に、細い月が斜めに光を落とす。
九条はひとり、欄干に凭れ、煙草を燻らせている。遠くの三味線の音が、水の音に溶けて消える。
にいなが静かに近づく。
足音は水の流れよりも静かだ。
にいな:先生、今夜はここでひとりかね。
九条:…君はどうして、こんな時に限って現れるんだ?
にいな:それはまあ、先生が死に損なっているからだね。
(にいな、欄干に凭れ、細い指で煙草を奪い取る。唇に挟み、ゆっくりと紫煙を吐く)
にいな:先生、また誰かを連れ込むつもりかね?
九条:何のことだ?
にいな:とぼけなくていい。
先生の瞳に映るものはいつも決まっている。
――悲しげな女抱きしめて、囁いて、一緒に死のうと誘うのだろ?
(九条は苦く笑う。夜風に煽られた煙が、二人の間を揺れる)
九条:私はただ、愛したいだけなんだよ。
死ぬほどに、狂おしく、すべてを捧げるほどに…!
にいな:先生の愛はね、熱くて冷たい。
九条:……どういう意味だ?
(にいなは煙草の灰を払う。煙管が欄干を軽く叩く音)
にいな:先生は、女を愛していると言う。
けれど先生の愛に触れた女は、みんな沈んでしまった。
――まるで、月の影のように。
九条:……そんなことはない。私は彼女たちと共に逝くつもりだった。
にいな:けれど。結局死ぬのは彼女たちだけ。
先生はいつも、ひとりだけ生きている。
九条:それは……運命が、私を弄んでいるんだ。
(にいな、ゆっくりと顔を寄せる。熱を持った息が、九条の頬をかすめる)
にいな:――本当に運命のせいだとでも?
九条:っ……。
にいな:先生。女が一緒に死のうと思うのは、その男が最後の希望だからだ。
先生は、その希望を与えて、ひとりだけ生き残っている。
結局、本当に死ぬ気なんてないんだよ。
本当に死にたい人間は他人を巻き込んだりしない。
ただ静かに、ひとりで沈むのさ。
九条:……君は、私を責めているのか?
にいな:それは違う。
私はただ、先生に教えたいだけだ。
――先生が本当にに怖がっているのは死ぬことじゃない。
……生きることだろう?
(沈黙。夜の気配が濃くなる。風が柳を揺らし、水面が波紋を描く)
九条:……私は、どうすればいい?
にいな:生きるんだよ、先生。
死ぬほどに、狂おしく、すべてを捧げるほどに。
本当に…誰かを愛したいなら。
(九条はにいなの瞳を覗き込む。その中には、沈まぬ月が光っていた)
にいな:では、私は行くよ。
また、生きている夜に会おう。
(彼女の姿が夜に溶ける。九条はひとり、沈める月を仰ぐ)
九条:(M)私は死ねなかった。
いや、死ななかった。
にいなの言う通り、私は誰かに止めてもらいたかっただけなのかもしれない。
生きることが怖い。
でも、死ぬことも怖い。
にいなは、私の嘘をすべて見抜く。
死にたがる男の演技も、悲劇の道化を気取る私の欺瞞(ぎまん)も。
それでも、私は彼女に会うと落ち着く。
なぜだ……?
(九条はふっと笑う。ゆっくりと煙草に火をつけ、紫煙を吐く)
九条:彼女の言葉だけが、私を「生かす」からか……
(夜の闇に沈む祇園へ、彼は静かに足を向けた)
【伽羅館 紫雲の間】
障子越しに月が滲む。燭台の炎がゆらゆらと揺れ、畳に長い影を落とす。
にいなはゆったりと座り、煙草の煙を吐く。
九条は盃を弄びながら、無言のまま床を見つめている
にいな:先生、ようやくそちらから来たね。
九条:ああ……
にいな:生きている証拠だ。おめでとう。
九条:……皮肉だね。
にいな:皮肉ではないよ。事実だ。
(にいなは盃を持ち上げ、九条の前に差し出す)
にいな:飲むかね?
九条:……毒でも入ってるのかい?
にいな:その方が良かったかい?
九条:(M)彼女の微笑みは、まるで月の影のように揺らめく。
盃を受け取り、ゆっくりと口に運ぶ。酒の苦みが舌を焼くように広がる。
九条:にいな……
にいな:ん?
九条:……私は、君のような女と出会わなければよかったのかもしれない。
にいな:なんだ、今さら。
九条:君は……私の嘘を見抜く。
私が「死にたい」と言うたびに、それが嘘だと暴く。
私は、それが苦しいんだ。
にいな:先生。私はね…先生が「死にたい」と言う度に、先生が「生きたい」と叫んでいたように聞こえたよ。
九条:そんなことは…
にいな:本当に?
九条:……。
にいな:先生の「死にたがり」は生きることへの憧れだ。
九条:そんなもの、あるはずがない。
にいな:ふむ……では仕方がない。
九条:……?
にいな:私が先生を殺そう。
(九条は目を見開く)
九条:(M)にいなはゆっくりと懐から短刀を取り出す。
月光が刃に反射し、冷たい光を放つ。
にいな:先生がそんなに死を望むなら、今ここで、私が刺し殺す。
九条:(M)私の呼吸がひどく乱れる。
自分自身が短刀の刃に吸い寄せられるのを感じた。
にいな:それとも……先生は、また「死に損なう」かい?
(静寂。九条の喉がごくりと鳴る)
九条:……君は、本当に……?
(にいなは微笑む。だが、その目はどこまでも冷えている)
にいな:先生が選ぶんだ。
(九条の手が、ゆっくりと短刀に伸びる。しかし、刃の冷たさに触れた瞬間、彼の指が震え、すぐに離れる。
にいなはその様子を見つめ、静かに短刀を引く)
にいな:答えが出たね。
九条:……私は、本当に…生きたがっているのか?
にいな:生きたい。けれど生きるのが怖い。
それは至極、人間らしいよ。
(九条は顔を伏せる)
にいな:恐怖を胸に生きればいい。
(にいなは懐からいつか夜に見た酒のようなものを出す。それで静かに盃を満たし、九条の前に置く)
にいな:『毒入り』だ。今度は、生きるために飲むんだ。
九条:(M)私は盃を見つめる。
震える手で、それを掴む。
そして、ゆっくりと口に運ぶ。
酒の熱が喉を流れる。
にいなは微笑む。
そして、私の頬にそっと手を添えた。
にいな:恐怖を胸に生きるのもまた、粋なものだろう?
(九条の目が揺れる。彼の唇が、震えながら微かに開く)
九条:……ありがとう
にいな:ではな、先生。
また生きてる先生に会いに行くよ。
九条:いや……私が……
にいな:なんだね?
九条:私が生きて……会いに来るよ。
にいな:(M)祇園精舎(ぎおんしょうじゃ)の鐘の声、諸行無常(しょぎょうむじょう)の響きあり。
沙羅双樹(さらそうじゅ)の花の色、盛者必衰(じょうしゃひっすい)の理をあらはす。
おごれる人も久しからず。
ただ春の夜の夢のごとし。
たけき者も遂にはほろびぬ、ひとへに風の前の塵に同じ…。
九条:(M)京都、祇園…伝統が凝縮された明媚(めいび)で雅な美しい街。
しとやかな空気とは裏腹に、毒々しくも艶(あで)やかな場所である事は誰もが知っていて、知らないふりをしている。
「おこしやす。」と、にこやかに微笑むその笑顔を信じてはいけない。
表と裏、本音と建て前、白も黒も多様な色もすべてが混ざり合って混沌としたかつての花街。
この街で…私は死ねないほど、生にしがみついていたのだ。
それでも、私はまた彷徨うだろう。
死ねないと呟きながら、恐怖を胸に生きる理由を探し続ける…。
完
