
祇園×エンヴィ
虚実輪廻(きょじつりんね)
狂気の自我
御堂 倫太(みどう りんた)
哲学する文士
自己の存在を疑う男。
彼が生み出した物語の登場人物たちが、次第に彼の手を離れ、意識が現実と虚構の狭間で崩壊していく。
だが、彼が創作を通して追い求めていたのは“真実”ではなく、“自分”そのものだったのではないか。
嵐月(らんげつ)
作家の創作物
彼の物語の中で生まれた男。
しかし、彼の意志を離れ、独自の意思を持ち始める。
彼は物語の中に閉じ込められた存在なのか、それとも、御堂の世界を侵食するために現れたのか——。
回想の男
実在した嵐月のモデル
御堂の思い出の中で曖昧になっている。
彼の顔を思い出せないのは、記憶が薄れたからか、それとも最初から存在しなかったのか。
【祇園 薄暗い旅館の一室】
御堂: ……君は、私の創作物だ。
嵐月: そう思いますか?
御堂:(机を叩き、苛立つ)そう思うも何も、事実だ!
私は君を作り出した……この筆で、この手で。
嵐月: ならば、先生。
どうして私は、こうしてここにいるのです?
御堂: ……戯言を。
嵐月: 先生は、私をただの”言葉”だと思っている。
でも、それならば……
御堂:(M)そう言って嵐月は指をすっと切る。
血の代わりに、黒い墨が滴り落ちる。
嵐月: 私は、どうして痛みを感じるのでしょう?
御堂: やめろ。
嵐月:(静かに)私はあなたの創作物ではない。私は、私。
御堂: やめてくれ!
(タイトルコール)
嵐月:祇園×エンヴィ「文豪メランコリア」
御堂:虚実輪廻(きょじつりんね)
(回想)高級青楼 蜻蛉茶屋
御堂:(M)赤い帳が垂れる静寂な部屋。
香が焚かれ、甘く鼻を刺す。
薄暗い灯りの中で、一人の美貌の男が盃を傾けている。
彼の名は嵐月。
かつて私が訪れた、ただ一度の夜。
回想の男: 先生……あんまり、見つめんといてください。
御堂: (戸惑いながら)君の顔は、どこか……。
回想の男: うちの顔がどうしはりましたか?
御堂:いや……
回想の男:先生の目は、えらい面白いわあ。
まるで、ここやない何かを見たはるみたい。
御堂:(苦笑しながら)……私は、たぶん、どこにもいないのかもしれない。
回想の男: せやったらうちは?うちは、ここにおるんやろか?
御堂: (沈黙)
回想の男:——なぁ、先生。
もしも、うちが物語の中の人間やったら、先生はどう思わはる?
(回想終わり)
御堂:(掠れた声で)……君は、いつから……?
嵐月: 先生が私を作ったのか……私が先生を作ったのか……。
その境界は、どこにあるのでしょうね?
御堂:(呆然と)馬鹿な……そんなこと……。
嵐月: 先生は”私は誰だ”と問い続けていますね。
でも、それを決めるのは、先生だけではありませんよ。
御堂:(M)私の背筋に冷たい汗が流れる。
机の上の原稿を睨みつけると、そこには、自分が書いたはずの言葉が、知らぬ間に別の文字へと変わっていた。
書かれているのは——
御堂:『君は誰だ?』
(息を詰まらせる)……誰が、書いた?
嵐月:……先生の手でしょう?
御堂:違う! それは……そんなはずは……!
嵐月:(ゆっくりと原稿に指を滑らせ)先生、誰がこの物語を書いたのですか?
御堂:(震えながら)……私だ……いや……違う。私は……私は……
嵐月:ならば、なぜ先生は、私の顔を思い出せなかったのです?
御堂:それは……
嵐月:先生は、私を見たことがないのかもしれませんね。
御堂:そんなはずはない……!
嵐月:そんなはずはない…?
御堂:(M)呼吸が乱れる。
机の上の原稿を睨むが、そこに書かれた文字は滲んでいくように変化し、まるで生き物のようにうごめく。
蝋燭の炎が一瞬大きく揺らぎ、障子の向こうの影が波のように歪む。
嵐月は静かに座っている。
だが、その顔は先ほどまでと微妙に異なっているように見える。
御堂: ……君は……誰だ?
嵐月: (微笑む)先生は、私を何だと思っているのですか?
御堂: 私は、君を書いたはずだ……私が創り出したはずの存在だ……。
嵐月: (静かに)ならば、先生。
私がここにいる理由を、先生は説明できますか?
御堂:(M)手が震える。
思い出そうとするが、記憶が霞んでいくように、思考がまとまらない。
御堂: (掠れた声で)……私は、覚えている……蜻蛉茶屋……あの夜……君を見た……
嵐月: (優しく首を傾げる)先生が、私を見た?
御堂: そうだ……私は、君を見たんだ……だから書いたんだ……!
嵐月: (ゆっくりと微笑みながら)先生、それは、本当に「見たこと」なのですか?
御堂: (目を見開く)……何?
嵐月: 先生は、私を見たと言う。でも、その記憶は、先生が「書いた」ものではありませんか?
御堂:(M)私はひどく混乱した。
蜻蛉茶屋での記憶を思い出そうとするが、そこにいる嵐月の顔がぼやけ、何度思い出そうとしても輪郭が定まらない。
まるで——初めから存在しなかったかのように。
回想の男: 先生…うちの顔を、見たはりますか?
御堂: もちろん……。
回想の男: ほな、うちの目の色は?
御堂: ……目の色?
回想の男: 先生は、うちの手の形を覚えたはりますか?
(御堂は言葉を失う。)
御堂:(M)確かに、彼を見たはずだった。
だが、細部を思い出そうとすると、まるで水に溶ける墨のように輪郭が曖昧になっていく。
御堂: 違う……私、私は、君を……見た…っ
嵐月: (静かに)本当に?
御堂:障子に映る嵐月の影が、徐々に大きくなり、私の影と重なり合うように伸びていく。
原稿の文字がゆっくりと変化し、新たな文章が浮かび上がる。
嵐月:『私は、嵐月を生み出したのではない。私は、嵐月によって生み出された。』
御堂: (激しく首を振る)違う……違う!
嵐月: 先生……本当に、そう言い切れますか?
御堂:(M)静寂の中、私は机の上の原稿を睨みつける。
紙の上には、見覚えのない文字が綴られている。
御堂:『私は……消える……』
御堂:(M)筆先が震える。自分が書いたはずの言葉が、自分の口からこぼれた瞬間、何かが変わった。
御堂:違う……!違う、私は……!
御堂:(M)言葉を吐き出すたびに、喉が乾く。
指先が黒く滲んでいく。
まるで墨が流れ出すように、身体の輪郭が揺らぎ始める。
嵐月:先生、さようなら。
御堂:待て……まだ……!
御堂:(M)触れられた瞬間、身体が波紋のように揺れ、薄れていく。
御堂:これは……?
御堂:(M)手の中に盃がある。
だが、酒の温度も重みも感じられない。
回想の男:先生……私のことを、覚えていますか?
御堂:君は……嵐月……?
回想の男:(微笑む)先生がそう思うのなら、そうなのでしょう。
御堂:いや、違う……これは……?
嵐月:先生……あなたは、私でしたか?
御堂:そんな……
嵐月:不思議ですね。
最初から、ここにいたのは私だけだったのかもしれません。
御堂:待て……私は……!
御堂:(M)言葉が続かない。
喉が干上がり、声が出ない。
嵐月:先生、あなたがいなくても、物語は続きますよ。
御堂:(M)原稿の最後の文字が、ゆっくりと滲み始める。
御堂:誰か……
嵐月:声は届かない。
御堂:違う……私は……!
嵐月:もはや誰も、先生の存在を認識できない。
御堂:(M)祇園精舎(ぎおんしょうじゃ)の鐘の声、諸行無常(しょぎょうむじょう)の響きあり。
沙羅双樹(さらそうじゅ)の花の色、盛者必衰(じょうしゃひっすい)の理をあらはす。
おごれる人も久しからず。
ただ春の夜の夢のごとし。
たけき者も遂にはほろびぬ、ひとへに風の前の塵に同じ…。
嵐月:(M)京都、祇園…伝統が凝縮された明媚(めいび)で雅な美しい街。
しとやかな空気とは裏腹に、毒々しくも艶(あで)やかな場所である事は誰もが知っていて、知らないふりをしている。
「おこしやす。」と、にこやかに微笑むその笑顔を信じてはいけない。
表と裏、本音と建て前、白も黒も多様な色もすべてが混ざり合って混沌としたかつての花街。
御堂:(M)この街のある旅館の部屋は、静けさが満ちていた。
机の上に、一冊の本が置かれている。
嵐月:先生……あなたの物語は、終わりました。
御堂:(M)表紙には、こう書かれていた。
『鏡の中の私——御堂倫太 作』
誰がそれを書いたのか——その答えを知る者は、もういない。
完
