
祇園×エンヴィ
白籠螢微(はくろうけいび)
愛と束縛の本質
鴉取 煌一(あとり こういち)
文士、美と耽美の探究者
美を求め、それを閉じ込めることで永遠にしようとする男。
繊細でありながらも支配欲が強く、「美しいものは守られるべき」という信念を持つ。
しかし、実際には彼自身が美に囚われ、手に入れるほどに恐れ、崩れることを避けるあまり、触れることすらためらう。
朱榴雀(あかるじゃく)
高級青楼 蜻蛉茶屋の男娼
夜の灯りに誘われる燈蛍のように、美を武器にしながらもそれに縛られぬ自由な精神を持つ。
美しさに囚われる者たちを弄ぶように微笑みながら、実は誰よりも鋭く、その本質を見抜いている。
鴉取の「美は護られるべき」という考えを嘲笑いながらも、彼の歪んだ執着を理解し、時には手のひらで転がすように翻弄する。
彼自身、檻の中に囚われているのか、それともその檻を作り上げたのが他ならぬ鴉取自身なのか——
鴉取:君はまるで、硝子の箱に封じ込められた白き蝶のようだ。
その薄い羽根が風に触れた瞬間、砕け散ることを運命づけられた、美の結晶。
朱榴雀:蝶……先生、それは違いますえ。
蝶は陽の下に咲く花に誘われるもの。
うちはそんな無邪気な生きもんとは違います。
鴉取:では、君は何だ?
朱榴雀:さしずめ燈蛍(とうぼたる)、どすなぁ。
月の下、光に焦がれながらも、決して触れられることのない夜の生きもの。
誘う灯火を頼りに飛び、やがては炎に焼かれるだけの……
鴉取:儚いものほど、美しい。
だからこそ、手に取る前に、その美しさを目に焼き付けねばならない。
朱榴雀:ふふ、せやけど先生……燈蛍は自らの意思で飛ぶんどすえ。
先生は、焼かれる側やと思てはります?
それとも、燃やす側やろか?
鴉取:私は、炎だ。
しかし——君のような燈蛍が私を見つめるとき、私は果たして炎なのか、それとも灯に誘われるもう一匹の燈蛍なのか、分からなくなる。
朱榴雀:先生は、ほんまは焼かれたいんやおへんか?
ただ、自分でそれを認められへんだけ。
鴉取:(M)朱榴雀は静かに杯を取り、私の前に差し出す。
白絹の袖がふわりと揺れ、そこから覗く指先が、淡く光を反射する。
(タイトルコール)
朱榴雀:祇園×エンヴィ「文豪メランコリア」
鴉取: 白籠螢微(はくろうけいび)
鴉取:美しい手だ。まるで白磁のように滑らかで、指先まで神経が行き届いている。
朱榴雀:せやけど、これもまた偽もの。
先生は白磁、言うてくれはったけど、白磁は冷たいもんどす。
ほんまの肌は、もっとぬくい。
もっと、ねっとりと熱を含んでいるもの。
鴉取:ならば、君は偽物なのか?
朱榴雀:偽もんやと言われれば、そうかもしれしまへん。
けど、先生が”ほんま”やと思う限り、うちは”ほんま”になれるんどす。
朱榴雀は微笑み、杯を傾ける。
喉がわずかに動く。その一瞬すら、計算された美しさを持つ。
鴉取:君は、“美しい檻の中のもの”だ。
朱榴雀:ふふ……先生、それは違いますえ。
ほんまに檻の中におるんは、先生のほうや。
鴉取:(M)酒が進む。朱榴雀の指が私の袖口を撫でる。
その細い指は、あまりにも軽く、まるで幽霊が衣の上をなぞるようだ。
白絹の袖の間から覗く手首は青白く、血の気の少ない肌が灯りを反射して光る。
私は杯を傾けながら、彼の指の動きをじっと観察する。
朱榴雀:先生、“美しいもの”を見つけたら、閉じ込めたくなるんやろ?
鴉取:閉じ込めるのではない。護るのだ。
美は、無造作に晒されるべきではない。
朱榴雀:ほんまに?
それは先生が自分でそう思い込んでるだけやないやろか。
“護る”と言いながら、先生はただ、自分のために檻を作ってるだけや。
鴉取:君は何か誤解しているな。
私は”美”を私有する気はない。ただ、それが乱されることが耐えられぬだけだ。
朱榴雀:せやけど、先生。美しさは、檻の中では育たんのどす。
それは鳥と一緒。籠に閉じ込められたら、羽ばたくことを忘れてしまう。
ほんまに美しいんは、今にも逃げ出しそうな鳥の、羽根の震えどす。
鴉取:君は、美に自由が必要だというのか?
朱榴雀:ええ。ほんまに美しいもんは、掴もうとした途端に指の隙間から零れてしまうものどす。
それを分かっとるくせに、先生は、“美しいもの”を手のひらに収めようとする
鴉取:(M)朱榴雀は静かに杯を傾け、くちびるを湿らせる。
紅の下にある唇がわずかに動き、滴が舌の上に溶ける。
朱榴雀:なあ、先生。
先生は、檻の中の鳥に恋したこと、あらはる?
鴉取:恋というものが、“手に入らないものへの執着”だとするなら、私はそれを感じたことがあるのかもしれない。
朱榴雀:ほな、檻の中の鳥は先生をずっと見つめてると思わはりますか?
鴉取:え?
朱榴雀:もちろんそうとは限りまへん。
先生がどんなに檻の鍵を握ってるつもりでも、その鳥は別の空を夢見てるかもしれん。
鴉取:(M)その言葉と共に酒が深く体に沈み込む。
障子の向こうには遠い伽羅女の喧騒が霞のように聞こえ、
この部屋の空気だけが異様に静謐で、伽羅の香りが水のように流れている。
朱榴雀は緩やかに袖を引き寄せ、くちびるに微笑を滲ませながら、私をまっすぐに見つめた。
その瞳は、まるで水底に揺れる月のように掴みどころがない。
朱榴雀:先生。“檻の鍵”は、檻の外にあると思てはりますか?
鴉取:……違うのか?
朱榴雀:檻の中のものが、ほんまに檻から出たがってると思いますか?
先生はいつも”檻の鍵”を持つ側やと思てるやろうけど……
ほんまに、鍵を握ってるんは檻の中のものやったら?
鴉取:君が言いたいのは、囚われる者こそが支配者だと?
朱榴雀:ふふふ。
鴉取:(M)朱榴雀は杯を取り、唇に寄せる。
滴る酒が喉を伝い、襟元へと流れ落ちる。
私はその一瞬を見逃さなかった。
朱榴雀はわざとらしく指先で喉をなぞり、うっすらと紅を引いた唇を舐める。
朱榴雀:“美しいもの”が檻の中におる限り、先生はずっとそれに囚われ続ける。
つまり、先生は”美しいもの”から離れられへん時点で、もう、檻の外には出られへんのどす。
鴉取:……君は、私を試しているのか?
朱榴雀:ふふ……“試されてる”と思てる時点で、もう先生は檻の中どす。
鴉取:(M)朱榴雀の声は、煙のように細く、甘く、そして湿っていた。
指先が滑るように私の袖を撫で、その動きはまるで意識の底へと沈める呪いのようだった。
朱榴雀:先生、“美しいもの”を欲しがる人ほど、ほんまに”美しいもの”にはなれまへんえ。
鴉取:それはなぜ?
朱榴雀:ほんまの美しさは、手に入れようとする者を振り落とすさかい。
先生は、“美”を描くことでしか、それに触れられへん人や。
ほんまは、その”檻”から出られへんのは先生のほうやのに——
それに気づかんふりをしてるんやろ?
鴉取:私は、“美”のためならば、檻に閉じ込められることも厭わぬ。
朱榴雀:そう……“美しいもの”が先生を誘うとき、先生はほんまに抗えるんやろか?
鴉取:(M)朱榴雀はわずかに身を寄せる。
彼の指が、私の指先をふわりと掠める。
指が交わるその一瞬、私は妙な眩暈を覚えた。
朱榴雀の手が、そっと私の頬に触れる。
指先は氷のように冷たく、それでいて妙に熱を感じさせる。
私は、その指を払おうとはしなかった。
朱榴雀:先生……うちのこと、ほんまに”人形”やと思てはります?
鴉取:いや…君は、人形ではない。人形よりも、ずっと残酷だ。
朱榴雀:おかしおすなぁ。
先生は、ほんまは人形を欲しがってるくせに、それが動き出すのを怖がってるんやなぁ。
鴉取:人形は怖くない。
怖いのは、それがいつの間にか、こちらを見返していることだ。
朱榴雀:先生……檻に入るのは、ほんまにこちら側だけやと思てはります?
鴉取:……。
朱榴雀:先生……檻の中は、案外、心地よろしおすえ。
鴉取:(M)私の指先が、わずかに震えた。
朱榴雀:——先生、“檻の中のもの”は、ほんまに、うちや思てはりますか?
鴉取:(M)私は答えない。
朱榴雀の指が、白絹の帯をゆっくりとほどく。
私の視線が、その細い指先に絡みつく。
白絹の香が揺れる。
朱榴雀:(M)祇園精舎(ぎおんしょうじゃ)の鐘の声、諸行無常(しょぎょうむじょう)の響きあり。
沙羅双樹(さらそうじゅ)の花の色、盛者必衰(じょうしゃひっすい)の理をあらはす。
おごれる人も久しからず。
ただ春の夜の夢のごとし。
たけき者も遂にはほろびぬ、ひとへに風の前の塵に同じ…。
鴉取:(M)京都、祇園…伝統が凝縮された明媚(めいび)で雅な美しい街。
しとやかな空気とは裏腹に、毒々しくも艶(あで)やかな場所である事は誰もが知っていて、知らないふりをしている。
「おこしやす。」と、にこやかに微笑むその笑顔を信じてはいけない。
表と裏、本音と建て前、白も黒も多様な色もすべてが混ざり合って混沌としたかつての花街。
鴉取:(M)意識が夜の街に静かに沈んでいく。
そして、甘美なる檻の扉が、そっと閉じられる——。
完
