
祇園×エンヴィ
恋慟残歌(れんどうざんか)
無常の恋
【登場人物】
篠宮 斗真(しのみや とうま)
歌人
病に侵され、死を目前にしながらも、最後まで筆を握り続ける男。
生と死の境を見つめながら、恋の美しさを歌に託し、それが永遠のものとなることを願う。
だが、その想いの奥には本当に恋を知っていたのか、自らの詠む言葉に意味はあったのかという迷いがある。
彼の言葉は美しく人々の心を打つが、それは己の死を美化するための装飾なのか、それとも本当に愛を刻もうとした証か。
水蓮(すいれん)
かつての男娼、篠宮のそばにいる青年
かつて高級青楼「蜻蛉茶屋」の男娼だったが、今は篠宮の傍に寄り添う。
篠宮の才能を敬いながらも、彼が死を飾ることに苛立ちを覚え、何とかして生き永らえさせようとする。
だが、どれだけ手を伸ばしても、篠宮は彼の指の隙間からこぼれ落ちるように遠ざかる。
彼らの間にあったものは、本当に恋だったのか、それとも……。
【祇園・夕暮れの座敷】
篠宮:(M)障子の向こうに沈む夕陽。
畳の上に伸びる影は長く、蝋燭(ろうそく)の灯が微かに揺らぐ。
白粉(おしろい)と酒の香が仄かに漂い、時間の流れがゆるやかに滲む空間。
水蓮:(M)彼は床几(しょうぎ)に凭(もた)れ(もた)、筆を握ったまま虚空(こくう)を見つめている。
机の上には硯と和紙が散らばり、書きかけの和歌がある。
彼の唇には血の痕が滲み、息は浅く、不規則だった。
篠宮:(M)向かいに静かに座している男、水蓮——
かつて男娼と客として、そして弟子として…今ではただの友人とも言い難い存在。
彼の瞳は潤み、しかし微笑もうとしている。
(タイトルコール)
水蓮:祇園×エンヴィ「文豪メランコリア」
篠宮:恋慟残歌(れんどうざんか)
水蓮:……先生、また血を吐いたの?
篠宮:これくらい、慣れたものさ。
水蓮:そんなの、慣れるようなことじゃない。
篠宮:(静かに筆を走らせながら)人は、どんな苦しみも時間が経てば慣れるものだよ。
水蓮:慣れることと、諦めることは違う。
篠宮:(薄く笑う)どちらにせよ、死は近づいている……そうだろう?
水蓮:…そんな話、しないで。
篠宮:(ふと、水蓮を見つめ)君は……恋をしたことがあるかい?
水蓮:え……?
篠宮:この世で、ただひとつ、胸を焦がすほどの恋を。
水蓮:…そんなの、わかんないよ。
篠宮:(筆を止め、少し笑みを浮かべ)ならば、私と恋をしないか?
水蓮:(一瞬、呼吸を止める)……先生……?
篠宮:私は、もう長くはない。
水蓮:(息を詰まらせ)そんなこと言わないで!
篠宮:(微笑みながら)いいかい、水蓮……恋は、美しいものだ。
水蓮:先生、そんな……死ぬつもりで、恋をしろっていうの?
篠宮:違うよ。恋とは、死に近いものだ。
焦がれ、求め、そして叶わぬものほど、美しい。
水蓮:…俺には、わからない。
篠宮:君は、私を愛してくれていたかい?
水蓮:…好きだよ。
篠宮:それなら、恋をしよう。
水蓮:嫌だ。
篠宮:…嫌?
水蓮:恋が、美しいもので、叶わないほどに輝くものなら……。
先生は俺を好きにならないでくれ。
篠宮:…どうして?
水蓮:そんなの、わかるだろ?
(水蓮は手を伸ばし、篠宮の手を握る。その手は、あまりにも冷たい。)
水蓮:先生……生きて欲しい。
篠宮:水蓮……
水蓮:(M)先生は、いつもそうだ。
綺麗な言葉で、死を飾ろうとする。
でも、それが何になる?
どれだけ美しく歌を詠んでも、先生の身体は衰えていく。
あんたの美学が、俺にはただの虚勢に見えて仕方がない…。
俺は歯を食いしばる。
喉の奥から言葉がこぼれそうになるが、どうしても飲み込んでしまう。
篠宮:そんな顔をしないでおくれ。
水蓮:先生、俺にはわからない。
篠宮:何が?
水蓮:先生は、どうしてそんなに言葉にしがみつくんだよ。
筆があれば死を超えられるって、そんなふうに思ってるのか?
篠宮:(微笑みながら)そうだね、言葉は……人の心に残るものだから。
水蓮:そんなの、残された奴にとっては何の意味もない!
(水蓮は拳を握りしめ、震える声で続ける。)
水蓮:先生がどれだけ美しい言葉を残しても、俺は——
俺は、先生がいなくなったらどうすればいい?
俺にとっては、あんたの筆よりも、息遣いのほうがずっと大事なんだよ。
声が、手の温もりが、何よりも生きてる証なんだ。
篠宮:……水蓮。
水蓮:死んだら、何もかもが消えるんだよ。
先生の言葉がどれだけ残っても、先生はもう話さない。
もう、笑わない。
もう、俺の名前も呼ばない……。
(篠宮は静かに水蓮を見つめる。その瞳に、どこか哀れむような色が宿る。)
篠宮:……君は、優しいね。
水蓮:優しくなんかない!
ただ、あんたに死んでほしくないだけだ!
篠宮:(目を細める)そして……君は、愚かしいほどに美しいね。
水蓮:(嗚咽を噛み殺しながら)……ねぇ、死なないでよ。
俺は先生を見送りたくない。
篠宮:駄目だ。君は私を見送るんだよ。
水蓮:(涙を滲ませながら)どうしてそんなこと言うんだよ……先生。
篠宮:(柔らかく微笑み)君が、私を愛しているから。
水蓮:(M)先生の手が冷たい。
あんたの温もりが、今この瞬間にも消えていくのがわかる。
どれだけ手を握っても、どれだけ泣いても、先生は、遠くへ行ってしまう。
——俺は先生を止めることができないのだろうか。
篠宮:水蓮、筆を持ってくれ。
水蓮:え……?
篠宮:最期の一文字を、君と書きたい。
水蓮:それが先生の望み…?
篠宮:ああ…君の手を感じながら、最後の言葉を綴りたい。
水蓮:わかった。
篠宮:さぁ…おいで。
水蓮:うん…(筆を一緒に握る、篠宮に合わせて筆を動かす)……果つる?
篠宮:そう、君を恋ひ、ここにて果つる……夕まぐれ……
水蓮:(M)書き終えた2人の指先から筆が滑り落ちる。
落ちる音が、あまりにも静かで……まるで先生の呼吸が、筆とともに消えてしまうように。
何かを呼び止めようとしたけれど、喉の奥が詰まって声にならなかった。
この瞬間(とき)、先生は詠み終えたんだろうか。
それとも、まだ俺の知らない言葉がどこかに残っているのだろうか。
水蓮:先生……?
篠宮:……美しいな……。
【間】
水蓮:(M)翌日、夕暮れ時…俺は机の上に残された和歌をただ、時間が流れるまま見つめていた。
——夜が明けても、先生は目を覚まさなかった。
灯りが消えるみたいに、何の音もなく逝った。
言葉を紡ぎ続けた人が、最後はただ……静かに。
和紙の上には、先生の書き残した歌がある。
最期の筆跡。
最期の言葉。
それを読んでも、先生がここにいるような気はしない。
涙はつい先刻、枯れた。
水蓮:(和紙を指でなぞりながら)先生……。
水蓮:(M)逝ってしまった、あの時。
まだ、少しだけ温もりが残ってた。
それが、余計に苦しかった。
先生が、ほんの少し前まで生きていたことが、
この肌に残るぬくもりでわかる。
でも、それがすぐに消えてしまうことも。
水蓮:(囁くように)まだ、温もりが……少しだけ……
最後まで、言葉にこだわったんだな……先生は。
水蓮:(M)言葉を紡ぐだけで、死は乗り越えられるのだろうか。先生は、本当にそれでよかったのだろうか。
それで本当に…幸せだったのだろか。
俺は先生が恋した世界を、何一つわかっていないのかもしれない。
(水蓮はそっと筆を取り、和紙の端に小さな文字を添える。)
水蓮:「先生を恋ひ ここにて泣くる 朝ぼらけ」
水蓮:(M)先生は言った。
「恋とは、失われることで完成する」と。
ならば、この恋は叶ったのか…。
俺は先生を失うことで、この恋は成就したのだろうか。
篠宮:(M)祇園精舎(ぎおんしょうじゃ)の鐘の声、諸行無常(しょぎょうむじょう)の響きあり。
沙羅双樹(さらそうじゅ)の花の色、盛者必衰(じょうしゃひっすい)の理をあらはす。
おごれる人も久しからず。
ただ春の夜の夢のごとし。
たけき者も遂にはほろびぬ、ひとへに風の前の塵に同じ…。
水蓮:(M)京都、祇園…伝統が凝縮された明媚(めいび)で雅な美しい街。
しとやかな空気とは裏腹に、毒々しくも艶(あで)やかな場所である事は誰もが知っていて、知らないふりをしている。
「おこしやす。」と、にこやかに微笑むその笑顔を信じてはいけない。
表と裏、本音と建て前、白も黒も多様な色もすべてが混ざり合って混沌としたかつての花街。
篠宮:(M)この街にもう…未練はない。
水蓮:(M)それでも、俺は先生をもう一度抱きしめたい。
今度こそ…離さないように。
(水蓮は静かに立ち上がり、障子を開ける。そこには、静かな祇園の朝。)
篠宮:君を恋ひ ここにて果つる 夕まぐれ
水蓮:先生を恋ひ ここにて泣くる 朝ぼらけ
完
