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#片脚に刻まれた輪舞曲(ろんど)×罪と罰と、円舞曲を -common-

 

時間50~60分

比率(♂:♀)1:2(もしくは1:3)


 

登場人物

柴本 はな(しばもと はな)/為政者専門の娼婦。実は公安の刑事。

J/片脚に傷のある、謎の多い不思議な男。

柴本 大志

不知火 シュウ(Jと兼ね役可能) 

 

 

 

 

J:(M)京都祇園にある老舗ホテルの最上階の一室。
     肌触りのいいガウンを羽織り、シャンパンを片手に窓辺に腰掛ける女。
     名を柴本はなと云う。
     彼女の後ろ姿をベッドから眺めるのが俺……名前は言えない。
     はなは俺を『J(ジェイ)』と呼ぶ。
     何故“J”なのか尋ねると“名無しの権兵衛だから”と、艶やかに笑って言った。

 

はな:祇園の朝は早い。ネクタイの似合う通勤途中のおじさま。料亭の仕込みのために走る可愛い少年。
   朝帰りとは思えないほど凜とした祇園のお姉さん方。
   ホテルの最上階からそんな祇園の街を見下ろし、あたしは目覚めのシャンパンをあおる。
      そんなあたしを後ろからJが抱きしめる。名前も名乗らない、素性も言おうとしない不思議な男。
   片脚にひどい傷跡があり、ずっとプロテクターをしている。
   まぁ、そんな事はあたしの知ったことじゃないけれど…。

 

 

J:祇園×エンヴィ

 
はな:片脚に刻まれた輪舞曲(ろんど) 

 
J:朝っぱらからシャンパン?

 
はな:そうよ、だめ?

 
J:誰も駄目とは言ってない。

 
はな:J、あなたも飲む?

 
J:いい、仕事もあるし。

 
はな:そんなの、あたしだってそうよ?

 
J:ほどほどにしとけよ?

 
はな:こんなの食前酒みたいなものでしょ。

 
J:メインディッシュは?

 
はな:あなた。

 

J:(M)はなは優しく微笑むと俺をそっと押し倒す。
     ガウンをするりと脱ぎ、しなやかに腰を曲げ、しっとりした白い肌をすり寄せてくる。
     そんな彼女に、俺はお決まりのセリフを言う…。

 
J:メインディッシュは夜にしない?

 
はな:昨日もそう言ってた。

 
J:そう?

 
はな:明日にしようて言ったじゃない。

 
J:…忘れた。

 
はな:ほんと、約束を守らない男ね。据え膳食わぬは男の恥じゃないの?※

 
J:武士は食わねど高楊枝(たかようじ)?

 
はな:(溜息)帰って。

 
J:行くとこないよ。

 
はな:じゃあ仕事行けば?

 
J:まだ時間ある。

 
はな:あたしをなんだと思ってるの?

 
J:…どう答えたら正解?

 
はな:もういいわ。

 
J:(M)彼女は俺の上から降りると、身支度を始める。可愛い顔が歪んでいるのが見えた。

 
はな:(M)Jはあたしを抱こうとしない。唇も合わせない。いつも優しく抱きしめて、髪に触れて、頬に軽くキスを落とす。
      眠る時もそう…ただ、優しく、ぎゅっと抱きしめるだけ。
      …それがどれほどあたしを傷つけているか、この男はわかっているのだろうか。

 

J:はな?

 
はな:…。


J:怒ってるの?


はな:(M)ああ…そんな子犬のような瞳で見つめないで欲しい。そうやって数多の女を虜にしてきたんでしょう?
      それを計算じゃなくて、本気でやってるから質が悪い。

 

J:はな?

 
はな:…怒らないとでも思う?

 
J:怒らないでよ。


はな:無理な相談ね。


J:ごめん。

 
はな:何に対して?


J:それは…

 
はな:いい、忘れて。

 
J:はな…。

 
はな:それと…もう謝らないで?辛くなるから。

 
J:…わかった。

 

はな:ちょっと出てくる。


J:え、朝ごはんは?

 
はな:いらない。

 
J:そう…。

 
はな:そのまま仕事に行くかも。わかってると思うけど鍵は勝手にかかるから。
   好きにしてて。


J:はな…

 
はな:ん?

 
J:今の仕事いつまで続けるの?

 
はな:……それ、あなたに関係ある?

 
J:それは……、ごめ…

 
はな:だから!…聞きたくないって言ってるでしょ?

 
J:…

 
はな:…だめね、なんだか調子狂う…じゃあね。

 
 
J:(M)怒っているような…笑っているような、それとも泣いているような…
  なんとも言えない、そんな表情を残して、彼女は部屋を出て行った。

 
はな:(M)仕事で時折、祇園を訪れるというあの男…。
      片脚の大きな傷に驚かなかったと言ったら嘘になるけれど、もっとやっかいなのは心の方だった。
      掴めそうで掴めない。掴んだと思ったら逃げていく。手に入らないならばと思って突き放すと、淋しそうにあたしを見る。
      出会って随分経つけれど、未だに何を考えているのかわからない。
      今朝のアレは失敗だった…あたしらしくもない。いや…あれが本来のあたしの姿なのかもしれない。
      わがままで、余裕もなくて、それでもあの人に理解して欲しいと…。
      自分のことを語ろうとしないあの人に、一体何を期待しているんだろう。※


はな:愚かだわ…


はな:(M)不意にそんな言葉が口をついて出た。自分の声に驚いて顔を上げると、鏡に無防備な女の顔が映る。
      こんな顔で客の前には出られない…今日は少し明るい色で肌を染めよう。
      金を持て余した寂しい男たちの欲求を満たす。人間の欲望に忠実でシンプルなあたしの仕事。
      他の女たちと少し違うのは、その男たちから『金以外にも貰う物』があるという事。
      それがあたしの本当の目的…勿論、肉欲にまみれた彼らは知る由もない…。

 


J:(M)夜。祇園、花見小路の石畳をゆっくりと歩く彼女の姿が見えた。
     声を掛けようかと思ったがなんとなくできず、そっと彼女の背中を追った。

 

はな:(M)仕事を終えて行きつけの店へ寄るこの道のり。石畳の冷たさがあたしを現実に引き戻す。
      …普段紳士面している男ほど、質の悪いものはない。
      表の顔と裏の顔にギャップがあればある程、普段のストレスをあたしたちにぶつけてくる。
      抱き方がいちいち乱暴だ。

 

はな:今日はほんと…ろくでもない日…。

 

J:(M)大きな溜息をつく彼女…よっぽど疲れたのだろう。もともと細い肩がやけに小さく見える。
     ふいに、彼女に初めて会った時感じた匂いがした。
     淋しい匂い。
     抱き寄せないと、今にでも消えてしまうのではないか…そう思って近づいた時、
     はなの携帯電話が鳴った。

 
はな:……はい。お疲れ様です。…ええ、データはいつもの所に。

 
J:(M)彼女の話し方が違うのはすぐに気がついた。
     表情も、声色も、何もかも、初めて見る彼女。

 

はな:…え?どうしたんです急に。
   (微笑)問題ありません。もう2年ですよ?
   ……娼婦の真似事も板につきましたし、あのオーナーも売れっ子が出来て助かるでしょう。

 

J:(M)電話の相手との距離の近さが、はなの表情を見ていると手に取るようにわかる。
     胸にチリチリとした痛みが走った。


はな:……はい。後悔はしていません。…ご心配痛み入ります。…はい、では。

 
J:(M)電話を切り、深く深呼吸をしている彼女。
     気持ちを切り替えているのだろうか…いつものはなに戻ると、またゆっくりと歩いて行った。
     不思議と先ほど感じた淋しい匂いが消えている気がした…。

 


 

はな:…居ない…か。仕事だって言ってたし……ん?

 

はな:(M)ホテルの部屋の片隅にJの鞄が置いてある、こんなことは初めて。
      あたしはそれにそっと触れた。


はな:ご丁寧に鍵が掛かってる…。

 

はな:(M)髪に差していたピンを取ると、ぐにゃりと形を変えて鍵穴に差して動かす。
      こんなこと慣れるものではないけれど…罪悪感よりも好奇心の方が勝っていた。

 
はな:ごめんね…。
   “開(あ)かない鍵はない”ってあの人言ってたっけ。


はな:(M)ふと昔の上司の言葉を思い出していると、カチャリという音が響いた。

 
はな:…大したものは入ってない…か。…写真?

 
はな:(M)ボロボロになった何枚かの写真。
      家族写真らしきものと…なんだろうこれは、ピントがずれていてわかりにくいが…美しい女性の写真。

 
はな:隠し撮りでもしたの?

 
J:そうだよ。


はな:!!


J:でも俺が隠し撮りしたわけじゃない。もらったんだ…彼女の写真はこれしかなくて。

 
はな:J…。


J:いい趣味してるね?

 
はな:……。


J:どうしたの?

 
はな:謝らないわよ。

 
J:どうして?


はな:…わざとなんでしょ?


J:え?


はな:この写真、わざとあたしに見せたんでしょ?あたしがこの鞄を開ける事もわかってた。


J:そう思う?


はな:どうやって入ったの?


J:どうやって?
 

はな:鍵を渡した覚えはない。


J:ああ、窓をね?開けておいたんだ。


はな:窓から…入ってきたって言うの?
 

J:京都は建物が低いから助かる。


はな:あなた…何者?
 

J:……。


はな:……。


J:知ってると思ってた…それともお得意の駆け引き?


はな:何が言いたいの?


J:為政者(いせいしゃ)専門の娼婦。高貴で美しい容姿と妖艶な魅力で、政界人や権力者を虜にしてる。
  でも本当の君は…。

 
はな:…ほんとのあたし…?

 
J:公安の人間なんだろう?

 

はな:っ…。…いつからわかってたの?


J:ついさっき、ごめんね?たまたま…はなが電話で話してるの聞いちゃってさ?

 
はな:あの時、近くに居たってこと?


J:うん。声かけようか迷ってたんだけど…なんとなくかけれなかったんだ。

 
はな:…ほんと、なんてろくでもない日なの。

 
J:…。


はな:で?あなたの目的は何?

 
J:聞きたいのは俺の方。


はな:なにを?

 
J:何故俺に構うの?


はな:…?祇園に来る度にここに来てるのはあなたでしょ。

 
J:その前の話だよ。どうして俺に近づいた?

 
はな:…仕事は…関係ない。

 
J:…。


はな:2年前にこっちに戻って来て、あたしはあのサロンに潜入した。
   いつまでたってもカラダを売るなんて慣れないからね。何度洗い落としても感触が消えなくて…落ち着かない。
   お酒でも呑まなきゃ眠れなくて…だから、いつも花見小路のあの店で飲むのが習慣だった。
   …その馴染みの店に、あなたがたまたま居ただけの話。

 
J:初めて出会った時、なんで俺の隣に座ったの?

 
はな:…匂い。

 

J:?


はな:同じ匂いがした。あなたからは「秘密」と「後悔」と「憎しみ」と…「悲しみの匂い」がした。

 
J:匂い…。


はな:そう…あたしと同じ『淋しい匂い』…。


J:…本当に俺の事は知らない?


はな:知ってたら、その拳銃で撃つの?それとも、そのナイフで?


J:…。

 
はな:片脚の大きな傷に巻かれたプロテクターの下に、何かあるのは知ってた。裸になってもそれだけははずさない。
   はずしたのは一度だけ…その傷を見せられたら、誰もはずせなんて言わないでしょ。


J:そうだね。


はな:J…あなたが何者かなんて管轄外。あたしが今追ってるのは政界絡みの厄介ごと。

 
J:…知ってるよ、もう調べはついてる。

 
はな:知ってるならどうして?あたしの事全部調べてわかったなら…殺すつもりもないなら、どうしてここにいるの?
   名前も名乗れないようなあなたが…どうして?

 
J:何も知らない男の来訪を受け入れ続ける、本当の目的が知りたかった。
  公安の仕事以外何か請け負ってるのかと思って。

 
はな:だから鞄を?

 
J:ああ。でもはなは写真にしか興味がなかったみたいだから…アテは外れたよ。

 
はな:…バカね。

 
J:え?


はな:あなたはバカよ。

 
J:何でだよ。

 

はな:ねえ?気づいてるんでしょ?

 
J:…。


はな:あたしがあなたを受け入れてたのは、ずっと…ほんとはずっと…


J:…言うな。


はな:あなたが、好っ…ん。
 

J:(M)自分の唇で無理やり彼女の言葉を塞いだ。
     はなは抵抗することなく優しく俺を受け入れる。彼女の柔らかい唇と甘い香りに眩暈がした…。


はな:…女を黙らせるのに、随分古風な手…使うのね。


J:うるさい。

 
はな:(M)そう言って彼はあたしを抱きしめる。強く…優しく…そして耳元で囁く。

 

J:約束、初めて守るよ。

 

はな:え?それってどういう…っ


J:もう…黙って。


 
【間】

はな:(M)朝、シャンパンを片手に私は最上階から祇園の街を見下ろしている。
   ふと、携帯電話が鳴った。

 

はな:はい。おはようございます。
   …ええ……お久しぶりです、長官。
   彼は……もうここには来ないと思います。
   申し訳ありません。お孫さんがご心配でしょうが…お力には…。
   はい……失礼します。


J:(眠たそうにベッドから体を起こして)…誰?


はな:誰でもない。


J:そう…。シャンパン飲む?


はな:うん…ありがと。


J:(シャンパンを飲む)


はな:ねぇ、後悔してない?


J:してない。


はな:……あのね?


J:ん?


はな:最後に、聞いて欲しい話があるの。


J:最後って…意地悪だな。


はな:嘘、優しいでしょ?


J:……。


はな:J?


J:おいで。話、聞くから。


はな:(Jの胸に擦り寄って)私の人生ってね、すごく歪んでるの。


J:そんな言い方するなよ。


はな:調べたんだからわかってるでしょ?
   両親のことも…『あの人』のことも…


J:…ああ。


はな:物心ついた時から多分、私は壊れてた。


J:父親のせいか?


はな:そう…アイツは幼い私の心もカラダも蝕んだ。
   最初はそれがどういうことかも分からずに、言われるがまま、されるがまま……


J:……。


はな:母は見て見ぬふりをして毎日酒を煽って、私の顔を見ると泣き喚いてた。
   「アンタなんか産まなきゃ良かった」
   それが口癖。
   食事もろくに与えてもらえなくて、お風呂に入る代わりに夏は水を浴びて、冬はタオルで体拭いて…。
   父が私を呼ぶとき以外は冷たい床で眠ったっけ。


J:……。


はな:誰も助けてくれなかった。


J:そうか…。


はな:ある日、やっと私は逃げることを選んだの。
   無我夢中で飛び出して…。

   だけどろくに教育も受けていない小娘がまともに生活できるわけもなくてさ。
   私は生きていくために、父親のような馬鹿な男に縋った。

   なんでもやった。
   盗んだり売春(うっ)たり…なんでもね。


大志:はなちゃん…だよね?


はな:そんな私を『あの人』が見つけた。


大志:初めまして。私は君のお父さんの弟なんだ。


はな:おと…うと…


大志:そうだよ。ご両親が亡くなったのは知ってる?


はな:……。


大志:ずっと…探してた。遅くなって本当にごめんね。


はな:そして、あの人…柴本大志(しばもと たいし)は父とは似ても似つかない優しい顔で、目に涙を浮かべて私に微笑みかけたの。


大志:もう大丈夫だから。


J:(M)祇園精舎(ぎおんしょうじゃ)の鐘の声、諸行無常(しょぎょうむじょう)の響きあり。
     沙羅双樹(さらそうじゅ)の花の色、盛者必衰(じょうしゃひっすい)の理をあらはす。
     おごれる人も久しからず。ただ春の夜の夢のごとし。
     たけき者も遂にはほろびぬ、ひとへに風の前の塵に同じ…。


大志:(M)京都、祇園…伝統が凝縮された明媚(めいび)で雅な美しい街。
      しとやかな空気とは裏腹に、毒々しくも艶やかな場所である事は誰もが知っていて、知らないふりをしている。
      「おこしやす。」と、にこやかに微笑むその笑顔を信じてはいけない。
      表と裏、本音と建て前、白も黒も多様な色もすべてが混ざり合って混沌としたかつての花街。


はな:この街で、あたたかい腕に包まれたあの日、彼が私の全てになった…。


J:その腕がおまえを裏切るとも知らずに。

 


(タイトルコール)
大志:祇園×エンヴィ


はな:罪と罰と、円舞曲(ワルツ)を

 


【過去回想・はな14歳、冬】

はな:あの人達が死んだって…本当?


大志:ああ、本当だよ。


はな:……ふふ、あはは…


大志:……


はな:あはははははははははは、はぁ……で?今さら私を連れ出して何がしたいの?


大志:これからは私が君を守る。


はな:は?


大志:君が望むなら社会復帰のサポートもするつもりだ。

 
はな:あんた、私が今までどうやって生きてきたか知ってるの?


シュウ:知ってるよ。だからなんだ?

 

 

【現実に戻る、はな】
はな:あ…(なにかに気づいて)


J:どうした?


はな:(苦笑して)あなたがね、すごく親しい人に似てるんだなって気づいたの。


J:叔父さんとは別に?


はな:そう…不知火さん。


J:ああ。


はな:それも調べた?


J:うん。


はな:顔が似てるとかそういうわけじゃないんだけど…あ、でも声が何となく似てるかもしれない。柔らかくて甘い声…でも怒ると冷たく響く。


J:そうか。


はな:ごめん、話が逸れたわね―――

 

【過去に戻る】
大志:シュウ、そんな言い方はやめてくれ。


シュウ:甘やかすだけじゃ育つもんも育ちませんよ。


はな:誰が甘やかしてくれなんて頼んだ?


シュウ:そうやって噛み付く元気があるなら安心だな。


大志:そう決めつけるな。私は彼女とゆっくり話がしたいんだ。


はな:……話す事なんてない。


シュウ:ひとつ言っておくぞ、お嬢ちゃん。


はな:なに?


シュウ:俺はガキが大嫌いだ。だが世話になってる大志さんの頼みでおまえの教育をする。


はな:へえ…どんな事?私のカラダに何を教えこもうって言うのよ……っ(水をかけられる)冷たっ、何するのよ!!


シュウ:ガキは大嫌いだが、ガキらしくねぇ奴はもっと嫌いだ。


はな:ふざけんなよ!誰が好き好んでこんな風になったと思ってる!?


シュウ:自分の人生卑下して被害者ヅラするな。ガキが。


はな:っ…私はガキでもねえし、被害者ヅラなんかしてねえよ!!


シュウ:そういう所がガキだって言ってるんだよ!


はな:は?!


シュウ:おまえは14の子供で「なんで自分がこんなことになるんだ」って腐って前を向こうとしないクソガキだ。


はな:なんだと…っ


シュウ:(はなを部屋にある鏡の前に連れ出して)自分の顔しっかり鏡で見てみろ。


はな:バカにして…どいつもこいつも、バカにしやがって!


大志:バカになんてしていない。君が生きるためにやって来たことを否定するつもりは無い。
   でもシュウが言うように、君はまだ子供で…守られて…大切にされるべき存在なんだ。


はな:……。


大志:はな…もう少し強かに、そしてもっと賢く生きなさい。


はな:そんな言葉、響かない。


大志:そうだね。これは私のエゴだ。
   そしてこれも完全に私の自己中心的な望みだけれど……(一筋の涙が流れ)はなに幸せになって欲しいと心から思ってる。


はな:……大人の癖に、なんで泣いてるの…


大志:ごめん。


はな:大人の癖に、なんで謝るの…


大志:はな……


はな:大人の癖にっ……おまえら、大人の癖にさ…っ!なんで、助けてくれなかったんだよ!!


シュウ:大志さんはおまえの事ずっと--


大志:(小声で制して)シュウ…。


はな:うあああああああああああ。(泣き崩れる、はな)

 

 

【現在】
J:……ごめん。


はな:ん?


J:言葉が見つからない。


はな:素直ね……好きよ、そういう所。


J:(優しく笑って)茶化すのはどうして?


はな:…続きを話すのが怖いからかな。


J:やめていいよ。


はな:そうね、もし…本当に辛くなったらやめるわ。


J:ああ……。


はな:(息を整えて)私が社会復帰するために色んな教養をつけてくれたのは不知火さんだった。
   彼は教え方が本当に上手くて、16の頃には高校受験ができるくらいの学力もついたの。
   …でも私は普通の高校生活を選ばず、通信制の高校に通いながら不知火さんから色んな事を教わった。

   最初は護身術から始まって、ありとあらゆる体術を教えこまれた。
   心理学やプロファイリングも学んだわ。


J:それって。


はな:なぜこれを教えられてるのか、すぐに理由はわかった。


J:それは誰の指示?


はな:不知火さんやあの人よりも上の指示なのは確かね。


J:……。


はな:私が引き取られた時からこうなる事は決まってたのかもしれない。だけどね……楽しかったの。

 

 

【過去】
大志:はな。


はな:…なに。


大志:今夜、なにが食べたい?


はな:仕事じゃないの?


大志:午後から休みを取った。


はな:そう…なんだ。


大志:ふふ。


はな:なによ。


大志:去年の約束忘れちゃった?


はな:わ、(言い淀んで)…忘れてない。


大志:良かった。私だけが楽しみにしていたのかと思った。


はな:そんなことっ……っ。


大志:うん。はなの誕生日を今年も一緒に祝えるのが嬉しいよ。


はな:あっそ。


大志:それと…(胸ポケットから縦長のギフトボックスを取りだしながら)これ。気に入ってもらえるといいんだけど。


はな:…なに。


大志:開けてみて。


はな:(包装を開けて)ネックレス……綺麗。


大志:気に入った?


はな:……。


大志:はな?


はな:気に入らないわけ……ない。


大志:良かった。


はな:(眩しそうにネックレスを見つめて呟く)…嬉しい。


大志:っ……


はな:大志さん?


大志:いや、気に入ってくれて良かった。つけてみる?


はな:うん。


大志:かして、私がつけるよ。


はな:ありがと…。


大志:(ネックレスをつけようとするが、なかなかつけられない)ん、案外難しいな…


はな:指ゴツいから難しいんじゃない?自分でやるよ。


大志:大丈夫だって。


はな:(微笑んで、苦戦する大志の指先に触れる)ねぇ。


大志:こら、邪魔してちゃつけれない。


はな:…私、18になったよ。


大志:おめでとう。


はな:そうじゃなくてさ。


大志:…はな。


はな:……なに?


大志:こっち向いて。


はな:うん……。


大志:……。


はな:……。


大志:よく似合ってる。


はな:え……


大志:はなの好きな店予約してくる。待ってて。


はな:っ……なんだよもう。


はな:(M)あの人は私を優しく見つめても、何ひとつ欲しい言葉はくれない。
      眼差しはすべてを語るようでいて、そうではない。
      やっぱり私が、罪深く汚れた女だからなのだろうか。

 

【間】

 

大志:(M)罪と罰が絡み合う二つの影のように、静かに揺れ踊り、決して触れ合うことはない。
      まるで私と彼女のように。
      足音もなく、軽やかなワルツに乗せて、ただ近づき、そして遠ざかる。
      その瞬間ごとに、空気は張り詰め、永遠に届かない距離だけが二人をつなぎ止めている。

      気の毒な兄さんの娘。
      本当に助けたかった…ただ、可哀想なあの子を助けたかった。それだけだったのに…。


シュウ:あいつをどうするつもりなんですか。


大志:シュウ…上からの話が耳に入ったのか?


シュウ:上が勝手なのはいつもの事ですけど、今回ばかりは酷すぎる。あなただってあいつをそういうつもりで育てたわけじゃないはずだ。


大志:…シュウ、おまえに言っておきたい事がある。


シュウ:……。


大志:罪は柔らかく笑い、罰は冷たく見つめ返す。
   互いに求め合うが、いつもほんの少しの隙間が二人の間にある。
   目が合えば、深い虚無が広がり、手を伸ばせば、影はすり抜ける。
   彼らは、同じ旋律に導かれながらも、異なる道をたどる運命にある。


シュウ:彼と彼女もまた、罪と罰のように踊り続ける。
    言葉にできぬ想いを抱えたまま、近づくことさえ許されない。
    愛に似た感情が胸を締め付けるが、それは語られることなく、ただ静かに流れていく。
    指先が触れる寸前で引き裂かれ、思い出は消えゆく夢のように形を失う。


はな:そして、ワルツは続く。
   罪と罰、彼と彼女。触れ得ぬまま、ただ舞い続ける。
   終わることのない旋律に包まれ、永遠に結ばれることなく、二人はただ影のように揺れている。

 


【過去】
シュウ:はな、今日は大志さんの特別授業だ。


はな:え?


大志:(何かを取りだして)これを君に教えようと思ってね。


はな:ヘアピン…?え、もしかしてピッキング?
   ねぇ、今時どこもオートロックでしょ…そんな古風な……


シュウ:はな、アナログ舐めんじゃねえぞ?


はな:……時代錯誤もいいとこ。


大志:手厳しいね。


シュウ:あのなあ、どれだけ進化したって所詮人間がやることなんだよ。原点を知ってるか否かで色々変わってくんの。


はな:これがなんの役に立つの?


シュウ:しのごの言ってねえで、この鍵、開けてみな。


大志:指示を出すからその通りにやってみて。


はな:…わかった。


大志:ヘアピンを広げ、L字型に。


はな:うん…


大志:ピンの先を鍵穴1cmほど差し込み、表面にぴったりくっつくまで折り曲げて先端に角度をつける。


はな:こう?


大志:そう。もう一つヘアピンを用意して、3分の1を曲げて、鉤のように曲がった形状する。
   そして先端が折り曲がった短い方を鍵穴下部に差し込む。


はな:……。


大志:圧力をかけて反時計回りに。内部にあるピンを感じるはずだ。


はな:来た。


大志:先に作ったヘアピンを先端が上を向くように差し込んで。
   ピンは鍵穴の中の上側にあるから、鍵穴の中に入れたヘアピンの取っ手を下に押しながら内部のピンを探る。


はな:うん……。


大志:ピックの取っ手を下に押し込んでピンを上げて。


はな:これ……案外難しいな。


大志:ヘアピンを押し下げると簡単に上がるピンもあれば、抵抗を感じるピンもあるだろ?
   抵抗のあるピンは押さえピンだから、まずは抵抗が強いピンに集中して。

   押し上げるのが難しいピンを見つけ、ガチャッと音がなるまでゆっくりとヘアピンの取っ手を押し下げるんだ。


はな:……。


(ガチャ)


はな:あ…!


大志:上出来。


シュウ:へぇ、初めてにしてはやるな。


はな:意外と面白いね。


大志:じゃあ、次が本番。


はな:え?


大志:この鍵を開けてみて。


はな:……見るからに難しそう。


大志:その通り。今夜までには開けておくこと。


はな:……。


大志:できるね?


はな:やる。


大志:(微笑んで)開かない鍵はないからね。


はな:……。


大志:では私は仕事に戻るよ。シュウ、あとはよろしく。


シュウ:了解。


はな:(笑って)さ、さっさと開けちゃお。


シュウ:楽しそうだな。


はな:楽しいよ?


シュウ:…なんで?


はな:なんでも!


シュウ:そうかよ。


はな:久しぶりに柔らかい笑顔見た気がして…


シュウ:ああ。


はな:最近、忙しいの?


シュウ:……。


はな:ねぇ、不知火さんまで、そんな目で見ないでよ。
 

シュウ:……どんな風に見える。


はな:静かに黙ったまま、「おまえはどう動く?」って心の奥を試すみたいに。
   まるで……“正解じゃなかったら、もう全部取り上げる”って言われてるみたいで、息が詰まるの。


シュウ:……。


(目を逸らさずに)
 

はな:昔からずっと変わらないね。
   ただ見てるだけなのに…私の中の“弱い部分”を全部見透かしてくる。
   (唇を噛んで)言い訳もできないし、泣くことも許されない気がする。
   あなたの前では、いつも私だけが裁かれてる気分になるんだよ。

 

シュウ:…俺はおまえを裁いたことなんか、一度もない。
 

はな:でも……あなたの瞳は許してなんかくれなかった。
   一度だって。


(沈黙。視線が交錯する)


シュウ:…俺の瞳がそう語ったか?


はな:そんな気が…してるだけ。


シュウ:はな、語るのは見られる側の“心”だ。


はな:え……?


シュウ:俺が何を見ていたかより、おまえがその目に何を映したか…そこにしか“答え”はない。


(はな、ふっと息を吐き、目を伏せる)

 
はな:…今日さ。
   私、誕生日なんだよね。


(シュウ、ゆっくり目を細めて、何も言わない)

 
はな:出逢ってから、もう6年。
   毎年、どこかぎこちないやり方でも
   お祝いしてくれてたのに。
   今年は……そういうの、やめたんだね。
   (少しだけ笑う)“今日から次の段階に行け”って、そういう意味なのかな?


(沈黙。やがて彼女の指先が鍵を回し始める)


シュウ:…はな、ちょっと待て。
 

はな:ん?なに?あ、もうすぐ開くよこれ。


シュウ:待てってば。


(ガチャッ)
 

はな:ほら、開いた…!


シュウ:マジかよ……


はな:なに…?これ……着物?成人式もあるから―――


大志:(遮るかのように音声が流れる)はな、お前に任務を与える。


はな:…は?


大志:今日までお前を鍛えてきたのはこの日の為だ。


はな:任務って…


大志:それは……


はな:(M)ハタチの誕生日。私は娼婦として為政者専門の娼館への潜入を命じられた。
      到底飲み込めない、理解が及ばない理由で私の手にそっと置かれた着物。


大志:任務の開始は今夜からだ。※


はな:…今、夜?ねぇ不知火さん、これ…本当なの?※


シュウ:そうみたいだな…


はな:そうみたいって…知らなかったの?


シュウ:いや……


はな:どっちよ!!


シュウ:…大志さんにもう一度、確認を取る。


はな:あの人はきっと本当の事は言わない。

 

はな:(M)そう、決してあの人は言葉で真実を紡がない。
      代わりに、目に見えない合図を私に送りつけてくるの。
      その合図は、解き明かす者に呪縛をもたらし、言葉なき問いを胸に植え付ける。

      そして私を惑わせるように、真実は闇の中に隠され、問いは封じられる。


大志:これからは私が君を守る。


はな:(M)あれは、どういう意味だったんだろう。


大志:君が望むなら社会復帰のサポートもするつもりだ。


はな:(M)何が真実だったんだろう。


大志:君が生きるためにやって来たことを否定するつもりは無い。
   でも君はまだ子供で…守られて…大切にされるべき存在なんだ。


はな:(M)嘘つき。


大志:はな…もう少し強かに、そしてもっと賢く生きなさい。


はな:(M)嘘つき…っ。


大志:そうだね。これは私のエゴだ。
   そしてこれも完全に私の自己中心的な望みだけれど……(一筋の涙が流れ)はなに幸せになって欲しいと心から思ってる。


はな:(M)彼は私をどう思っていたんだろう。
      もしかすると私たちは出逢ったあの日から互いを裏切っていたのでないだろうか。
      確かめたいことは山ほどあるのに、彼の前では霞み消え、私はただ、彼を好きになり過ぎてしまったことだけを痛感していた。


シュウ:…はな?


はな:っふふ、あはは、あはははははははっ


シュウ:……。


はな:やるわよ。やってやるわよ…


シュウ:おまえ、大丈夫か?


はな:…心配?らしくないことしないで。

 

 

 

【現在】
窓の外、京都の夜景が滲む。
Jとはなが静かにシャンパンを傾けている。

J:ずっと、抱えてきたんだな。


はな:言えなかったわ。
   言ったところで、汚れた女の“独りよがり”って笑われるだけ。


J:…笑わないよ。


はな:ふふ……優しいのね。
   その“優しさ”…あの人たちにそっくり。


【間】


はな:不思議よね。
   顔も違う。声も、年齢も。
   なのに……あの人たちの匂いが、あなたの中に時折、ふっと混ざってくる。

 
J:叔父さんに最後に会ったのはいつ?


はな:一度も会ってない。


J:そう……


はな:初めての任務が終わって…一度だけ、連絡を取ろうとしたの。


J:うん…。

 
はな:だけど返事はなかった。
   メールを一通送っただけ…でも私は何日も待ってた。
 

J:会いたかった?


はな:そうね…死ぬほど怒ってやりたかったし、ぶつけたい想いも、たくさんあった。
   でも…何より、『さよなら』と『ありがとう』を言いたかった。


J:きっと届いてる。

 
はな:どうしてわかるの?
   私はずっと、彼のことが(言いかけて、言葉が詰まる)
 

J:会わなかったのは責められたくなかったんじゃなくて、これ以上はなを傷つけたくなかったんじゃないかな。


はな:なによそれ…今さら…私はただ、あれを最後にしたくなかっただけなのに…
 

J:愛した人だからこそ、不器用になる人種もいるんだって。

 
はな:…あなたもそう?


J:(笑って)そうだよ。


はな:皮肉ね。あれだけ教養を詰め込まれて、冷静で理論的に“動く”ことばかり学んできたのに。
   大事なところでは、感情ばかりが暴れだすの。


J:人間らしい証拠だよ。
 

(窓辺に立ち、夜景を見つめるはな)


はな:(M)会いたくて、会えなかった人。
      愛していたのかさえ、わからなくなった人。
      でも、私の人生にとって彼の存在こそが罪であり、罰だった。
 

J:これからどうするの?

 
はな:どうもしない…私の居場所はここよ。
   でも、ようやく私の“罪と罰”に名前をつけられた気がする。


J:名前……?


はな:そう、あの人の名前。

 
J:彼の名前、教えてくれる?
 

はな:…柴本 大志。


J:それが君の…罪と罰。

 

はな:(M)祇園精舎(ぎおんしょうじゃ)の鐘の声、諸行無常(しょぎょうむじょう)の響きあり。
      沙羅双樹(さらそうじゅ)の花の色、盛者必衰(じょうしゃひっすい)の理をあらはす。


シュウ:(M)おごれる人も久しからず。ただ春の夜の夢のごとし。
       たけき者も遂にはほろびぬ、ひとへに風の前の塵に同じ…。


J:(M)京都、祇園…伝統が凝縮された明媚(めいび)で雅な美しい街。
     しとやかな空気とは裏腹に、毒々しくも艶(あで)やかな場所である事は誰もが知っていて、知らないふりをしている。


大志:(M)「おこしやす。」と、にこやかに微笑むその笑顔を信じてはいけない。
      表と裏、本音と建て前、白も黒も多様な色もすべてが混ざり合って混沌としたかつての花街。

 

 
はな:この街で私たちは、罪と罰を纏って生きている。
   誰かを赦せず、自分も赦せず、今日もまた“踊り続けて”いる。

   ワルツのように、近づいては離れて、その距離は決して交わらないまま…。
 

 

 


 完

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