top of page

#罪と罰と、円舞曲を-common-

 

時間30分

比率(♂:♀)1:2(もしくは1:3)


 

登場人物

柴本 はな(しばもと はな)/為政者専門の娼婦。実は公安の刑事。

J/片脚に傷のある、謎の多い不思議な男。

柴本 大志

不知火 シュウ(Jと兼ね役推奨)

 

 

 

 

 

はな:(M)京都祇園にある老舗ホテルの最上階の一室。
   ベッドでまどろむ私に、Jがシャンパンを差し出す。


J:飲む?


はな:うん…ありがと。


J:(シャンパンを飲む)


はな:ねぇ、後悔してない?


J:してない。


はな:……あのね?


J:ん?


はな:最後に、聞いて欲しい話があるの。


J:最後って…意地悪だな。


はな:嘘、優しいでしょ?


J:……。


はな:J?


J:おいで。話、聞くから。


はな:(Jの胸に擦り寄って)私の人生ってね、すごく歪んでるの。


J:そんな言い方するなよ。


はな:調べたんだからわかってるでしょ?
   両親のことも…『あの人』のことも…


J:…ああ。


はな:物心ついた時から多分、私は壊れてた。


J:父親のせいか?


はな:そう…アイツは幼い私の心もカラダも蝕んだ。
   最初はそれがどういうことかも分からずに、言われるがまま、されるがまま……


J:……。


はな:母は見て見ぬふりをして毎日酒を煽って、私の顔を見ると泣き喚いてた。
   「アンタなんか産まなきゃ良かった」
   それが口癖。
   食事もろくに与えてもらえなくて、お風呂に入る代わりに夏は水を浴びて、冬はタオルで体拭いて…。
   父が私を呼ぶとき以外は冷たい床で眠ったっけ。


J:……。


はな:誰も助けてくれなかった。


J:そうか…。


はな:ある日、やっと私は逃げることを選んだの。
   無我夢中で飛び出して…。

   だけどろくに教育も受けていない小娘がまともに生活できるわけもなくてさ。
   私は生きていくために、父親のような馬鹿な男に縋った。

   なんでもやった。
   盗んだり売春(うっ)たり…なんでもね。


大志:はなちゃん…だよね?


はな:そんな私を『あの人』が見つけた。


大志:初めまして。私は君のお父さんの弟なんだ。


はな:おと…うと…


大志:そうだよ。ご両親が亡くなったのは知ってる?


はな:……。


大志:ずっと…探してた。遅くなって本当にごめんね。


はな:そして、あの人…柴本大志(しばもと たいし)は父とは似ても似つかない優しい顔で、目に涙を浮かべて私に微笑みかけたの。


大志:もう大丈夫だから。


J:(M)祇園精舎(ぎおんしょうじゃ)の鐘の声、諸行無常(しょぎょうむじょう)の響きあり。
     沙羅双樹(さらそうじゅ)の花の色、盛者必衰(じょうしゃひっすい)の理をあらはす。
     おごれる人も久しからず。ただ春の夜の夢のごとし。
     たけき者も遂にはほろびぬ、ひとへに風の前の塵に同じ…。


大志:(M)京都、祇園…伝統が凝縮された明媚(めいび)で雅な美しい街。
      しとやかな空気とは裏腹に、毒々しくも艶やかな場所である事は誰もが知っていて、知らないふりをしている。
      「おこしやす。」と、にこやかに微笑むその笑顔を信じてはいけない。
      表と裏、本音と建て前、白も黒も多様な色もすべてが混ざり合って混沌としたかつての花街。


はな:この街で、あたたかい腕に包まれたあの日、彼が私の全てになった…。


J:その腕がおまえを裏切るとも知らずに。

 


(タイトルコール)
大志:祇園×エンヴィ


はな:罪と罰と、円舞曲(ワルツ)を

 


【過去回想・はな14歳、冬】

はな:あの人達が死んだって…本当?


大志:ああ、本当だよ。


はな:……ふふ、あはは…


大志:……


はな:あはははははははははは、はぁ……で?今さら私を連れ出して何がしたいの?


大志:これからは私が君を守る。


はな:は?


大志:君が望むなら社会復帰のサポートもするつもりだ。

 
はな:あんた、私が今までどうやって生きてきたか知ってるの?


シュウ:知ってるよ。だからなんだ?

 

 

【現実に戻る、はな】
はな:あ…(なにかに気づいて)


J:どうした?


はな:(苦笑して)あなたがね、すごく親しい人に似てるんだなって気づいたの。


J:叔父さんとは別に?


はな:そう…不知火さん。


J:ああ。


はな:それも調べた?


J:うん。


はな:顔が似てるとかそういうわけじゃないんだけど…あ、でも声が何となく似てるかもしれない。柔らかくて甘い声…でも怒ると冷たく響く。


J:そうか。


はな:ごめん、話が逸れたわね―――

 

【過去に戻る】
大志:シュウ、そんな言い方はやめてくれ。


シュウ:甘やかすだけじゃ育つもんも育ちませんよ。


はな:誰が甘やかしてくれなんて頼んだ?


シュウ:そうやって噛み付く元気があるなら安心だな。


大志:そう決めつけるな。私は彼女とゆっくり話がしたいんだ。


はな:……話す事なんてない。


シュウ:ひとつ言っておくぞ、お嬢ちゃん。


はな:なに?


シュウ:俺はガキが大嫌いだ。だが世話になってる大志さんの頼みでおまえの教育をする。


はな:へえ…どんな事?私のカラダに何を教えこもうって言うのよ……っ(水をかけられる)冷たっ、何するのよ!!


シュウ:ガキは大嫌いだが、ガキらしくねぇ奴はもっと嫌いだ。


はな:ふざけんなよ!誰が好き好んでこんな風になったと思ってる!?


シュウ:自分の人生卑下して被害者ヅラするな。ガキが。


はな:っ…私はガキでもねえし、被害者ヅラなんかしてねえよ!!


シュウ:そういう所がガキだって言ってるんだよ!


はな:は?!


シュウ:おまえは14の子供で「なんで自分がこんなことになるんだ」って腐って前を向こうとしないクソガキだ。


はな:なんだと…っ


シュウ:(はなを部屋にある鏡の前に連れ出して)自分の顔しっかり鏡で見てみろ。


はな:バカにして…どいつもこいつも、バカにしやがって!


大志:バカになんてしていない。君が生きるためにやって来たことを否定するつもりは無い。
   でもシュウが言うように、君はまだ子供で…守られて…大切にされるべき存在なんだ。


はな:……。


大志:はな…もう少し強かに、そしてもっと賢く生きなさい。


はな:そんな言葉、響かない。


大志:そうだね。これは私のエゴだ。
   そしてこれも完全に私の自己中心的な望みだけれど……(一筋の涙が流れ)はなに幸せになって欲しいと心から思ってる。


はな:……大人の癖に、なんで泣いてるの…


大志:ごめん。


はな:大人の癖に、なんで謝るの…


大志:はな……


はな:大人の癖にっ……おまえら、大人の癖にさ…っ!なんで、助けてくれなかったんだよ!!


シュウ:大志さんはおまえの事ずっと--


大志:(小声で制して)シュウ…。


はな:うあああああああああああ。(泣き崩れる、はな)

 

 

【現在】
J:……ごめん。


はな:ん?


J:言葉が見つからない。


はな:素直ね……好きよ、そういう所。


J:(優しく笑って)茶化すのはどうして?


はな:…続きを話すのが怖いからかな。


J:やめていいよ。


はな:そうね、もし…本当に辛くなったらやめるわ。


J:ああ……。


はな:(息を整えて)私が社会復帰するために色んな教養をつけてくれたのは不知火さんだった。
   彼は教え方が本当に上手くて、16の頃には高校受験ができるくらいの学力もついたの。
   …でも私は普通の高校生活を選ばず、通信制の高校に通いながら不知火さんから色んな事を教わった。

   最初は護身術から始まって、ありとあらゆる体術を教えこまれた。
   心理学やプロファイリングも学んだわ。


J:それって。


はな:なぜこれを教えられてるのか、すぐに理由はわかった。


J:それは誰の指示?


はな:不知火さんやあの人よりも上の指示なのは確かね。


J:……。


はな:私が引き取られた時からこうなる事は決まってたのかもしれない。だけどね……楽しかったの。

 

 

【過去】
大志:はな。


はな:…なに。


大志:今夜、なにが食べたい?


はな:仕事じゃないの?


大志:午後から休みを取った。


はな:そう…なんだ。


大志:ふふ。


はな:なによ。


大志:去年の約束忘れちゃった?


はな:わ、(言い淀んで)…忘れてない。


大志:良かった。私だけが楽しみにしていたのかと思った。


はな:そんなことっ……っ。


大志:うん。はなの誕生日を今年も一緒に祝えるのが嬉しいよ。


はな:あっそ。


大志:それと…(胸ポケットから縦長のギフトボックスを取りだしながら)これ。気に入ってもらえるといいんだけど。


はな:…なに。


大志:開けてみて。


はな:(包装を開けて)ネックレス……綺麗。


大志:気に入った?


はな:……。


大志:はな?


はな:気に入らないわけ……ない。


大志:良かった。


はな:(眩しそうにネックレスを見つめて呟く)…嬉しい。


大志:っ……


はな:大志さん?


大志:いや、気に入ってくれて良かった。つけてみる?


はな:うん。


大志:かして、私がつけるよ。


はな:ありがと…。


大志:(ネックレスをつけようとするが、なかなかつけられない)ん、案外難しいな…


はな:指ゴツいから難しいんじゃない?自分でやるよ。


大志:大丈夫だって。


はな:(微笑んで、苦戦する大志の指先に触れる)ねぇ。


大志:こら、邪魔してちゃつけれない。


はな:…私、18になったよ。


大志:おめでとう。


はな:そうじゃなくてさ。


大志:…はな。


はな:……なに?


大志:こっち向いて。


はな:うん……。


大志:……。


はな:……。


大志:よく似合ってる。


はな:え……


大志:はなの好きな店予約してくる。待ってて。


はな:っ……なんだよもう。


はな:(M)あの人は私を優しく見つめても、何ひとつ欲しい言葉はくれない。
      眼差しはすべてを語るようでいて、そうではない。
      やっぱり私が、罪深く汚れた女だからなのだろうか。

 

【間】

 

大志:(M)罪と罰が絡み合う二つの影のように、静かに揺れ踊り、決して触れ合うことはない。
      まるで私と彼女のように。
      足音もなく、軽やかなワルツに乗せて、ただ近づき、そして遠ざかる。
      その瞬間ごとに、空気は張り詰め、永遠に届かない距離だけが二人をつなぎ止めている。

      気の毒な兄さんの娘。
      本当に助けたかった…ただ、可哀想なあの子を助けたかった。それだけだったのに…。


シュウ:あいつをどうするつもりなんですか。


大志:シュウ…上からの話が耳に入ったのか?


シュウ:上が勝手なのはいつもの事ですけど、今回ばかりは酷すぎる。あなただってあいつをそういうつもりで育てたわけじゃないはずだ。


大志:…シュウ、おまえに言っておきたい事がある。


シュウ:……。


大志:罪は柔らかく笑い、罰は冷たく見つめ返す。
   互いに求め合うが、いつもほんの少しの隙間が二人の間にある。
   目が合えば、深い虚無が広がり、手を伸ばせば、影はすり抜ける。
   彼らは、同じ旋律に導かれながらも、異なる道をたどる運命にある。


シュウ:彼と彼女もまた、罪と罰のように踊り続ける。
    言葉にできぬ想いを抱えたまま、近づくことさえ許されない。
    愛に似た感情が胸を締め付けるが、それは語られることなく、ただ静かに流れていく。
    指先が触れる寸前で引き裂かれ、思い出は消えゆく夢のように形を失う。


はな:そして、ワルツは続く。
   罪と罰、彼と彼女。触れ得ぬまま、ただ舞い続ける。
   終わることのない旋律に包まれ、永遠に結ばれることなく、二人はただ影のように揺れている。

 


【過去】
シュウ:はな、今日は大志さんの特別授業だ。


はな:え?


大志:(何かを取りだして)これを君に教えようと思ってね。


はな:ヘアピン…?え、もしかしてピッキング?
   ねぇ、今時どこもオートロックでしょ…そんな古風な……


シュウ:はな、アナログ舐めんじゃねえぞ?


はな:……時代錯誤もいいとこ。


大志:手厳しいね。


シュウ:あのなあ、どれだけ進化したって所詮人間がやることなんだよ。原点を知ってるか否かで色々変わってくんの。


はな:これがなんの役に立つの?


シュウ:しのごの言ってねえで、この鍵、開けてみな。


大志:指示を出すからその通りにやってみて。


はな:…わかった。


大志:ヘアピンを広げ、L字型に。


はな:うん…


大志:ピンの先を鍵穴1cmほど差し込み、表面にぴったりくっつくまで折り曲げて先端に角度をつける。


はな:こう?


大志:そう。もう一つヘアピンを用意して、3分の1を曲げて、鉤のように曲がった形状する。
   そして先端が折り曲がった短い方を鍵穴下部に差し込む。


はな:……。


大志:圧力をかけて反時計回りに。内部にあるピンを感じるはずだ。


はな:来た。


大志:先に作ったヘアピンを先端が上を向くように差し込んで。
   ピンは鍵穴の中の上側にあるから、鍵穴の中に入れたヘアピンの取っ手を下に押しながら内部のピンを探る。


はな:うん……。


大志:ピックの取っ手を下に押し込んでピンを上げて。


はな:これ……案外難しいな。


大志:ヘアピンを押し下げると簡単に上がるピンもあれば、抵抗を感じるピンもあるだろ?
   抵抗のあるピンは押さえピンだから、まずは抵抗が強いピンに集中して。

   押し上げるのが難しいピンを見つけ、ガチャッと音がなるまでゆっくりとヘアピンの取っ手を押し下げるんだ。


はな:……。


(ガチャ)


はな:あ…!


大志:上出来。


シュウ:へぇ、初めてにしてはやるな。


はな:意外と面白いね。


大志:じゃあ、次が本番。


はな:え?


大志:この鍵を開けてみて。


はな:……見るからに難しそう。


大志:その通り。今夜までには開けておくこと。


はな:……。


大志:できるね?


はな:やる。


大志:(微笑んで)開かない鍵はないからね。


はな:……。


大志:では私は仕事に戻るよ。シュウ、あとはよろしく。


シュウ:了解。


はな:(笑って)さ、さっさと開けちゃお。


シュウ:楽しそうだな。


はな:楽しいよ?


シュウ:…なんで?


はな:なんでも!


シュウ:そうかよ。


はな:久しぶりに柔らかい笑顔見た気がして…


シュウ:ああ。


はな:最近、忙しいの?


シュウ:……。


はな:ねぇ、不知火さんまで、そんな目で見ないでよ。
 

シュウ:……どんな風に見える。


はな:静かに黙ったまま、「おまえはどう動く?」って心の奥を試すみたいに。
   まるで……“正解じゃなかったら、もう全部取り上げる”って言われてるみたいで、息が詰まるの。


シュウ:……。

 


(目を逸らさずに)
 

はな:昔からずっと変わらないね。
   ただ見てるだけなのに…私の中の“弱い部分”を全部見透かしてくる。
   (唇を噛んで)言い訳もできないし、泣くことも許されない気がする。
   あなたの前では、いつも私だけが裁かれてる気分になるんだよ。

 

シュウ:…俺はおまえを裁いたことなんか、一度もない。
 

はな:でも……あなたの瞳は許してなんかくれなかった。
   一度だって。


(沈黙。視線が交錯する)


シュウ:…俺の瞳がそう語ったか?


はな:そんな気が…してるだけ。


シュウ:はな、語るのは見られる側の“心”だ。


はな:え……?


シュウ:俺が何を見ていたかより、おまえがその目に何を映したか…そこにしか“答え”はない。


(はな、ふっと息を吐き、目を伏せる)

 
はな:…今日さ。
   私、誕生日なんだよね。


(シュウ、ゆっくり目を細めて、何も言わない)

 
はな:出逢ってから、もう6年。
   毎年、どこかぎこちないやり方でも
   お祝いしてくれてたのに。
   今年は……そういうの、やめたんだね。
   (少しだけ笑う)“今日から次の段階に行け”って、そういう意味なのかな?


(沈黙。やがて彼女の指先が鍵を回し始める)


シュウ:…はな、ちょっと待て。
 

はな:ん?なに?あ、もうすぐ開くよこれ。


シュウ:待てってば。


(ガチャッ)
 

はな:ほら、開いた…!


シュウ:マジかよ……


はな:なに…?これ……着物?成人式もあるから―――


大志:(遮るかのように音声が流れる)はな、お前に任務を与える。


はな:…は?


大志:今日までお前を鍛えてきたのはこの日の為だ。


はな:任務って…


大志:それは……


はな:(M)ハタチの誕生日。私は娼婦として為政者専門の娼館への潜入を命じられた。
      到底飲み込めない、理解が及ばない理由で私の手にそっと置かれた着物。


大志:任務の開始は今夜からだ。※


はな:…今、夜?ねぇ不知火さん、これ…本当なの?※


シュウ:そうみたいだな…


はな:そうみたいって…知らなかったの?


シュウ:いや……


はな:どっちよ!!


シュウ:…大志さんにもう一度、確認を取る。

 


はな:あの人はきっと本当の事は言わない。

 

はな:(M)そう、決してあの人は言葉で真実を紡がない。
      代わりに、目に見えない合図を私に送りつけてくるの。
      その合図は、解き明かす者に呪縛をもたらし、言葉なき問いを胸に植え付ける。

      そして私を惑わせるように、真実は闇の中に隠され、問いは封じられる。


大志:これからは私が君を守る。


はな:(M)あれは、どういう意味だったんだろう。


大志:君が望むなら社会復帰のサポートもするつもりだ。


はな:(M)何が真実だったんだろう。


大志:君が生きるためにやって来たことを否定するつもりは無い。
   でも君はまだ子供で…守られて…大切にされるべき存在なんだ。


はな:(M)嘘つき。


大志:はな…もう少し強かに、そしてもっと賢く生きなさい。


はな:(M)嘘つき…っ。


大志:そうだね。これは私のエゴだ。
   そしてこれも完全に私の自己中心的な望みだけれど……(一筋の涙が流れ)はなに幸せになって欲しいと心から思ってる。


はな:(M)彼は私をどう思っていたんだろう。
      もしかすると私たちは出逢ったあの日から互いを裏切っていたのでないだろうか。
      確かめたいことは山ほどあるのに、彼の前では霞み消え、私はただ、彼を好きになり過ぎてしまったことだけを痛感していた。


シュウ:…はな?


はな:っふふ、あはは、あはははははははっ


シュウ:……。


はな:やるわよ。やってやるわよ…


シュウ:おまえ、大丈夫か?


はな:…心配?らしくないことしないで。

 

 

 

【現在】
窓の外、京都の夜景が滲む。
Jとはなが静かにシャンパンを傾けている。

J:ずっと、抱えてきたんだな。


はな:言えなかったわ。
   言ったところで、汚れた女の“独りよがり”って笑われるだけ。


J:…笑わないよ。


はな:ふふ……優しいのね。
   その“優しさ”…あの人たちにそっくり。


【間】


はな:不思議よね。
   顔も違う。声も、年齢も。
   なのに……あの人たちの匂いが、あなたの中に時折、ふっと混ざってくる。

 
J:叔父さんに最後に会ったのはいつ?


はな:一度も会ってない。


J:そう……


はな:初めての任務が終わって…一度だけ、連絡を取ろうとしたの。


J:うん…。

 
はな:だけど返事はなかった。
   メールを一通送っただけ…でも私は何日も待ってた。
 

J:会いたかった?


はな:そうね…死ぬほど怒ってやりたかったし、ぶつけたい想いも、たくさんあった。
   でも…何より、『さよなら』と『ありがとう』を言いたかった。


J:きっと届いてる。

 
はな:どうしてわかるの?
   私はずっと、彼のことが(言いかけて、言葉が詰まる)
 

J:会わなかったのは責められたくなかったんじゃなくて、これ以上はなを傷つけたくなかったんじゃないかな。


はな:なによそれ…今さら…私はただ、あれを最後にしたくなかっただけなのに…
 

J:愛した人だからこそ、不器用になる人種もいるんだって。

 
はな:…あなたもそう?


J:(笑って)そうだよ。


はな:皮肉ね。あれだけ教養を詰め込まれて、冷静で理論的に“動く”ことばかり学んできたのに。
   大事なところでは、感情ばかりが暴れだすの。


J:人間らしい証拠だよ。
 

(窓辺に立ち、夜景を見つめるはな)


はな:(M)会いたくて、会えなかった人。
      愛していたのかさえ、わからなくなった人。
      でも、私の人生にとって彼の存在こそが罪であり、罰だった。
 

J:これからどうするの?

 
はな:どうもしない…私の居場所はここよ。
   でも、ようやく私の“罪と罰”に名前をつけられた気がする。


J:名前……?


はな:そう、あの人の名前。

 
J:彼の名前、教えてくれる?
 

はな:…柴本 大志。


J:それが君の…罪と罰。

 

はな:(M)祇園精舎(ぎおんしょうじゃ)の鐘の声、諸行無常(しょぎょうむじょう)の響きあり。
      沙羅双樹(さらそうじゅ)の花の色、盛者必衰(じょうしゃひっすい)の理をあらはす。


シュウ:(M)おごれる人も久しからず。ただ春の夜の夢のごとし。
       たけき者も遂にはほろびぬ、ひとへに風の前の塵に同じ…。

大志:(M)京都、祇園…伝統が凝縮された明媚(めいび)で雅な美しい街。
      しとやかな空気とは裏腹に、毒々しくも艶(あで)やかな場所である事は誰もが知っていて、知らないふりをしている。

 

J:(M)「おこしやす。」と、にこやかに微笑むその笑顔を信じてはいけない。
     表と裏、本音と建て前、白も黒も多様な色もすべてが混ざり合って混沌としたかつての花街。

 

 
はな:この街で私たちは、罪と罰を纏って生きている。
   誰かを赦せず、自分も赦せず、今日もまた“踊り続けて”いる。

   ワルツのように、近づいては離れて、その距離は決して交わらないまま…。
 

 

 

 

 

 

 


 完

ありがとうございます!メッセージを送信しました。

bottom of page